10:見えざるその死神の視線は
「嘘はあまり好かんな」
「よく言うものだよ。赤色の君は騎士団各部隊隊長の中で一二を争う女誑しのくせに、嘘は好かないのか」
「ふっ……!」
赤色の騎士がエルヴィラに向けてそう言うと、何の意も介さぬず事実を述べる。
ぐうの音も出ずに黙らされた彼にレインは笑いを堪えられず思わず吹き出してしまった。
隣ではモルドーに大笑いされている。
「貴様、ランサス様に何と言うことを!」
「お前達は黙っていろ。もしお嬢さんがあのエルヴィラだと言うのなら、その証拠はあるのか?」
「ふむ、ならばこうしよう」
赤色の騎士、基ランサスの問い掛けにエルヴィラは腕と指を動かす。
不思議な動きをし始めた彼女をレイン以外の人間は何をするのかじっと見詰めていた。
約十秒という短い時間でし終えたのか、腕を下ろして今までと同じ体勢に戻る。
何をしたのか尋ねられると不敵に笑いながら後ろの騎士達を見ろと言った。
「君達、動くことは出来ないだろう」
「な、何だこれは! 貴様何をした!」
「動けない……!」
「どういうことだ、何が起きている」
「へぇ、これが手前がウォリー・ディブァイネアを殺した技ってことか」
「お察しの通りだよモルドー」
必死に何かの拘束から逃れようと踠く騎士達を嘲笑うかのように締め付けを強くする。
「あまり動かないでくれ、きれてしまうだろう」
「そんな程度の物ならばこのまま!!」
すると騎士達の身に付けていた鎧が次々と斬れていく。
ガシャンと大きな音を立てて床へと叩き付けられた。
ランサスもモルドーも驚きで目を見開く。
エルヴィラは自身の操っていた糸を緩めると胸元に仕舞いこむ。
彼女の"きれる"という忠告は、自分の使用している糸が切れてしまうことではなく、彼らの鎧や体の一部が斬れてしまうことを示していた。
「だから言っただろう? 君達の脆弱な鎧が斬れてしまうからやめておけ、と」
にやりと笑ったエルヴィラにランサスと聖騎士達は絶句する。
彼女の言った脆弱とは本来彼らの鎧には使われるような言葉ではない。
国に忠誠を誓っている騎士ということもあり、頑丈な薄い鉱石や金属を何枚も重ねるようにして作り上げられたそれはとてつもなく硬かったのだ。
しかしそれを目に見えぬ得体の知れない物に斬り刻まれてしまった。
「エルヴィラ、手前が使った武器は糸とか紐の類か?」
「ご名答だよモルドー。私特製の無色透明な糸だ。力の角度や込め方によって普通の糸としても、鋭利な刃物としても使えるのさ」
「へぇ……でも手前はどうやってその糸の場所を判別するんだ? 下手したら自分を殺しちまうだろう」
企業秘密だ、と意地悪そうに、だが少し悲しそうな表情で笑って口元に人差し指を当てる。
笑顔の仮面を作って貼り付けてはいるが、瞳だけは絶対に話さないと物語っていた。
こうなったら彼女は絶対に話さないことを知っており、尚且つそれに気付いたレインは肩を叩いて自分の方へと意識を逸らさせる。
あぁ、と一つ頷くと彼女は再び口を開いた。
「それで、君達は私をなぜ探していたんだい?」
「……エルヴィラ嬢は何故だと考える」
「ふむ。あの下衆を殺した罪で投獄する為か、それか身柄を拘束する為だと考えるよ」
「ある種正解だ。アタシらは手前を騎士団長の下へと連れて行けと命を受けている」
「多少手荒なことをしても構わない、ともな」
先程のエルヴィラの実力を踏まえてモルドーとランサスは己の剣を抜く。
それに続いて後ろで控えていた聖騎士達も武器を構えた。
レインは遂に殺気を隠さずに鎖鎌を突き付けた。
たった一人何も行動を起こさなかった彼女はモルドーをしっかりと見詰めて言葉を紡ぎ始める。
「レインを含めたある三人に絶対に危害を与えないと誓えるのならば大人しく応じよう。唯、それが誓えないと言うのならば、私は迷わず君達を手段を問わずに殺す」
彼女はそう言って聖騎士達の足下にトランプをばら撒く。
じっと見詰められたモルドーは、背中に何か薄寒い冷たいものを感じた。