調理室で
「しっつれいしまーす」
ガラッとドアを開けるとそこには食物部の面々が揃っていた。
「あ、部長代理~!柊さんが来ましたよ~!」
私を見るとすぐに部員が部長代理を呼ぶ。
「お前なぁ、どっから嗅ぎ付けてきたんだよ。」
調理準備室から出てきた部長代理こと越前谷燈也は面倒そうにしながらもこちらに寄ってきた。
「僕が連れてきたんですよ~。センパイに僕の作ったマフィンを食べてもらいたくて!」
ニッコニコの笑顔で答える夏樹。燈也は眉間に皺を寄せて溜め息をついた。
「でも、どうせ私の分も用意してあるんでしょ?」
謎の自信に満ちて言う私に燈也は更に深い溜め息をつく。幼馴染みである燈也の性格は知っている。いつもきちんと私の分も作ってくれる優しい子だ。
「ん?まだ誰かいるのか。」
やっと後ろの存在に気付いた燈也は少し背伸びをして覗き込む。私は
「転校生の案内の途中だったから。芸能科に転校してきた天使ネイロと鈴一二三。で、こっちは・・・」
「千賀くんだろ。知ってるよ。環が言ってた。」
順に説明していき、律のところで燈也が割り込んだ。環というのは燈也の双子の弟のことで、律と同じサッカー部に所属している。
「そっか。こっちは越前谷燈也。私の幼馴染みであり、食物部部長代理であり、美味しいご飯を恵んでくれる人。」
そう言いながら鞄からお弁当箱を取り出して燈也に渡す。
「その紹介やめろ。弁当箱をここで渡すな。家に帰ってから渡せ。」
私はめんどくさいから、と抗議してそのまま渡す。ここで受け取ってしまうのが燈也の優しいところだ。
「相変わらず夫婦みたいですね」
少し棘が混ざっているような言い方で夏樹が指摘した。
「な・・・夫婦って・・・バカなこと言うな!」
言われたとたんに顔を真っ赤にして燈也は夏樹の頭をペチンとはたいた。
「燈也がお嫁さんなら苦労しないね~」
「嫁は俺じゃなくてお前だろ!」
今日も燈也のツッコミが炸裂してるなぁなんてアホなことを思っている私に一二三が
「どういうこと?恋人同士なの?」
と、素朴な疑問をぶつけてきた。その疑問で限界だったのか、燈也がオーバーヒートした音が聞こえた。頭から煙が出ていそうだ。
「ただの幼馴染みだよ。家が隣なの。」
笑って返す私は食物部の面々の部長代理をあわれむような目に気付かない。やっと復活した燈也が
「今からマフィンを届けにいくんだが一緒に来るか?皆いるぞ。」
「マジで!?行きたい!」
届け先は分かっている。事務室だ。燈也の兄がそこでデスクワークなどをしている。皆というのは兄弟全員のことだろう。
「じゃあ、私はこれで!」
そう言って1人で燈也についていこうとすると、
「俺も行く。越前谷・・・環の方に用事があるんだ。」
「ボクも。別に食物部に興味ないし。」
「それじゃあ、オレも行こうかな。その方が面白そうだ。」
と、皆が口々についていくと言い出した。律と一二三はともかく、ネイロまでもが言ったのが予想外だった。
「でも、ほら!お前の隣の席の人いるじゃん!話してきなよ!」
「オレは楽しそうな方に行くから。」
と笑顔で断られた。顔にははっきりNOという文字が出て見える。
「センパイ、僕のマフィン、食べてくれないんですか~!」
夏樹が私に訴える。
「今日のところはごめんな!また次の機会に食わせてくれると嬉しい。」
色々と予想外のことに焦りながら答える。
「それじゃあ、今度の休日に一緒にお出掛けしません?そのときにマフィン持っていくんで!」
「え?あ、おう。良いけど・・・。」
なかば流されるように約束を取り付けられた。私は特に深く考えることもなく返事をして、皆とその場を去った。
何も気付いていない柊です。
約束もどうなることか。
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