案内の前に
「で、具体的にはどう案内するつもり?」
食堂に着き、3人が料理を取ってテーブルに座る。うちの学校の食堂はバイキング形式で、早い者勝ちなのだ。私はお弁当を開けながら律に聞いた。
「あー、どうすっかなぁ。考えてなかったわ。」
ガクッとリアクションをとる。やはりか。律は猪突猛進型なので、たまに考えなしなところがある。
「とりあえず必要なところだけまわれば良いんじゃない?時間も昼休みちゅうじゃないと・・・」
私の言葉を遮り、律は
「あ、時間なんだけどさ!らっくん先生がこのあとの授業は免除してあげるって。学園長にも許可をとったからって。」
なんじゃんそりゃ。転校生に案内をするという理由で授業が免除になるのか。相変わらず規格外な学校だ。
「じゃあ、ゆっくりまわるか~。」
その後、10分ほどで弁当を食べ終わり、3人も順に食べ終わって食堂を出た。
一般的な音楽室、美術室、自習室などから特殊なレコーディング室、ジム、レッスン室などがあるこの学校。まず向かったのは放送室だった。理由はひとつ。私がすっかりお昼の放送のことを忘れていたからだ。防音のドアをノックして放送室に入る。
「失礼します・・・」
放送を終えた千歌が振り返った。
「やあ。珍しく遅かったね。心配してたんだよ。どうしたのかな。」
少し早口になっているのは心配しつつも遅刻したことに怒っているのだろう。申し訳なさで顔が見れない。
「今日、転校生が来まして・・・その・・・校舎の案内をしてたので遅れました・・・」
「じゃあ、忘れてた訳じゃないんだね?」
私はその問いに目をそらすことしかできない。そんな態度を見て千歌は察したようで、
「寂しいな。忘れていたなんて・・・放送部員だって、二人しかいないのに・・・」
とあからさまにシュンと落ち込まれてしまった。私は何も取り繕うことができずに手と目線だけが忙しなく動く。すると、千歌はクスッと笑って
「まあ、冗談なんだけどね。」
私は意味が分からず、へ?っと阿呆な声を出してしまった。
「神野音先生から聞いてたよ。だから遅刻したことは怒ってない。ただ、久しぶりに独りで放送をしたから寂しかったのは本当だけど。冗談は寂しい思いをさせた・・・お仕置きかな。」
何故か凄く距離を縮めてきて私は後ずさる。すると後ろの棚にあたり、そのまま棚と千歌で挟まれてしまった。逃げられないように千歌が棚に手をついて緩く拘束された状態になる。そのうえ、お仕置き部分はいわゆるウィスパーボイス、囁き声で言われて顔がこわばった。千歌はニコニコしたまま手を退けようとしない。
「顔が赤くなってるよ。ふふっ、かわいいね。」
さらに顔の色を指摘されて熱が急上昇する。これだから乙女ゲーのイケメンは苦手なんだ。距離感がおかしすぎる。
「触らないで。邪魔。トオル、大丈夫?」
あまりにも時間をかけて帰ってこないから心配したのか、一二三が迎えに来た。千歌の腕を払い、間に割って入る。そのあとに律も間に入ってきた。
「天星先輩。セクハラで訴えられますよ。怖がってるじゃないですか。」
よく見れば律が千歌を睨んでいた。千歌は相変わらずニコニコしている。
「先輩・・・そのおふざけは心臓に悪いのでやめてくださいって言ってるでしょう。遅刻したことは謝りますから。」
はー怖かった、とドキドキする心臓を押さえつけながら私は千歌に言った。
「この子達が転校生?」
千歌の問いに頷くと、千歌は転校生2人を見た。その視線は鋭い。
「はじめまして。放送部部長であり、生徒会長の天星千歌です。以後お見知りおきを。柊さんとは部活の先輩後輩の関係になるかな。」
再び爽やかな笑顔になると、簡潔な自己紹介をした。しかし、転校生は全く反応しないので、仕方なく私が
「こっちが天使ネイロ。そしてこのずっとくっついてるのは鈴一二三です。リン、挨拶。」
私が促すと一二三は嫌々挨拶をした。
「はじめまして。トオルはボクの世話係なんだから気安く触らないで。以上。」
余計なことも言っている気がするが、まあ、良いだろう。
「先輩、本当に遅れてすみませんでした。でも、このあとも案内をしなければならないので、もう行きますね。」
そう言うと、私達は千歌の言葉を待つことなく放送室を出た。
初回から案内とは少しずれてしまいました。
なお、透は攻略対象に囲まれていることに気付いていません。
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