かみさま
放課後の教室、誰もいなくなったはずの空間に、AとBだけがぽつりと世界から取り残されたように立っている。
どちらともなくAとBは教卓の側に集まると、いつものように雑談話を始めた。しかしそれは、休み時間にみんなとぺちゃくちゃ喋るようなトーンではなく、少しだけ抑えがちで、お互いにお互いの出方を伺っているようにも見えた。
「ねえ、夏休みの課題、全部出せた?」
Aの問い掛けに、Bは頭をポリポリとかきながら、「逆にお前、俺が出すと思うか?」と軽口を叩く。Aの方も、「だよねーっ」と言いながら、大げさにお腹を抱えて笑うようなリアクションを取る。Bも笑い返すが、その後、会話は続かなかった。
そしてしばらくの合間、二人の間に沈黙が訪れた。
気まずそうに俯くAと、意味もなく黒板消しを指先で弄るB。傍から見てももどかしい二人の距離感は、決してそれ以上縮まることはなかった。
「あのさぁ、B……もしよかったら、こんなん、いる?」
Aが恐る恐るポケットから取り出したのは、「合格祈願」と書かれた青色のお守り。二人は受験生で、いわゆる神頼みというものをしたいお年頃なのだろう。そんなことをしても意味はないのに。
「Bも同じ大学受験するって聞いてさ、なんか他人事じゃないなーって思ってついオソロで買っちゃったんだよね……ほ、ほら、神頼みしたくなる時ってあるじゃん?」
わりと整った顔立ちのAは、その頬を朱に染めながら、遠慮がちに俯く。Aが買ったのは、本当は合格祈願のお守りではなくて、薄桃色の可愛らしい恋愛成就のお守りだった。彼女の神頼みは、Bとの恋を成就させること……だった。Aは薄桃色のお守りを後ろ手に握りしめながら、Bに青色のお守りを押し付けるように手渡す。
Bは戸惑いがちにもそれを受け取ると、はにかみながら「ありがとう」と答えた。ぱっと明るくなるAの表情。
「なあ、これのお礼ってわけじゃないけどさ……今日帰りに、どっか店寄って勉強していかね?」
「う、うん!」
慌てて鞄を片付けて、Bの隣に並ぶA。近づく距離。Aのつぶらな瞳は、Bにだけ向けられている。そしてもちろん、Aの想いも。
ずっとAのことを手に入れたくて仕方がなかった『私』は、耐え切れなくなって、手を伸ばす。ぐっと二人を握りしめると、手の中でずるりと、何かの物体が擦れ合う感触がした。
神頼みとは、こうもあっけない。
そうしてAとBのいたいけな恋は、終わりを遂げたのだ。
意味が分かると怖いお話です。
『私』に好かれてしまったのが運の尽きでした。