表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地図のない街  作者: sq
29/29

29.

「そう、シナリオBの通りに処分しておいて。車両盗難の後犯罪者のアシとして使われる。郊外まで無茶気味に走ったせいでチューンドカーらしく炎上。その間私は居室から出てない。ビルからの入出場記録もなし」

 車の中は涼しくて、道に渋滞はなくて、窓の外、今河さんの向こうを流れる景色はいつもと何にも変わらない。この間は非日常の象徴だった車内と同乗者が、今は完全に身近な世界の一部として感じられた。

「まったくさー、人使いの荒さひどくない? 人を配車サービスのドライバーにしてさあ。私を一時間働かせるのにいくらかかるか知ってる? 自分で運転すればよかったでしょ?」

「しかたないじゃないですか。事情わかってて確実に安全な人なんて限られてるんですから。それにこれからは人の手が必要だってわかるでしょう」

「問題は態度よ、態度。人に物を頼むのであればさ――」

 友達とするみたいな通話。とても自然で、とても滑らか。でもその相手はさっきまで私が話していた自称アシスタント。

 何もかもに現実感が感じられなかった。


「法律なんて別にどうでもいいんだけどさ、いい加減、シートベルトくらい締めたら?」

 それが私に向けられた言葉だと気付くのに、少し時間を要した。言われて初めて、駆け込んだ姿勢のまま、横向きに座っていたことに気付く。

 真正面を向いて座り直した。シートベルトを締める。

「普通に喋るんですね。その、未織さん、と」

「そりゃそうさ。でなきゃアシスタントの意味がない。でも前回は君がいたからね。どう、驚いたでしょう?」

 もっとも、ここまで驚かせるつもりもなかったんだけどさ。その言葉のどこまでが本心か、濃い色のついたグラスの向こうがわにある瞳からは推し測ることができない。

 車は街をほぼ一周して、西地区のターミナルへ近づく。運転自体は悠々といった調子で、少しも焦る様子もない。あたりを見回すことさえない。

 環状線を降りる。超高層ビルの地下を通る道に入る。ミニトの通りがない通りに入ったところで、今河さんがハンドルから手を離す。車は壁に突っ込む、なんてこともなく、するするとカーブを抜けていく。

「駐車場のゲートで車が止まったらすぐ降りるよ。ドアハンドルに手を掛けて。10秒しか停まらないから」

 暗い車道に、ぼんやりと黄色い無人ゲートが浮かび上がる。進入車を制止するバーの直前で車はゆるやかに停止した。

「いま!」

 声に合わせてドアを開ける。さっきまでと同じ。いまの私はただ言われたことに従うだけの人形だった。

 車の前を回ってきた今河さんに手を掴まれる。そのまま、私の側にあった、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアを押し開ける。

 内側は眩しい。白く塗られた壁のそこはリネン室のようだった。ドアが空いた瞬間、中の作業者が一斉にこちらを向く、が、彼らの目線はすぐ手元に戻る。徹底した無関心。

 そんなことを気にもせずに、今河さんはグリーンに塗られた通路の真ん中をづかづかと歩いていく。

 正面に業務用エレベータが見えたかと思えば、その扉がひとりでに開いていく。私達が乗り込んだ瞬間を計算したかのようにドアが閉まり、上昇を開始。

 無愛想で無機質な内装。耳がつんとする。おそらくは結構な速度で上昇している。階数表示がないからわからないけど、明らかに学校の最上階よりも高いところまで登っている。

 そんな建物はこの街にも多くない。


 エレベータの上昇が止まった。ドアが開くと、じゅうたん敷のシックな廊下。ホテルか高級アパートメントのような。

 こんどはゆっくりと私の手が引かれていく。並んでいるドア、その一つに彼女が手をかける。その瞬間、鍵が開く音がする。

 かくして、また扉は開かれ、ひとりでに錠が落ちる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ