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地図のない街  作者: sq
21/29

21.

 久々の陽の光を目にして、暗いデッキ中間階を歩いていた目にはまぶしくてしかたない。

 この街にはビルに囲まれた小さな公園の類がよくある。その部分だけ壁が途切れて、多層デッキのどの階からも降りられる階段が備えられているのは、たぶん災害時の避難場所とかそういうのだと思うけど、狭すぎて実際に役に立つとは思えない。大抵の場合、嫌な匂いが染み付いていて不快だし、住宅地に近くもないから子供の遊び場というわけでもないから、近づく人も少ない。

 そんな公園に人影が見えたものだから、脇目でその姿を追ってしまう。

 控えめに言ってガラの良くない男性がザラザラとカバンの中身をゴミ箱へ捨てている。二階から見下ろしているだけだから詳しいことはわからないけど、一見してあからさまに怪しい。


 こういう時は、よくないとおもっていても、ついつい興味が勝ってしまう。

 ビルの影に隠れて、さっきの男が去っていくのを待つ。その間にカバンの中身を確かめる。

 彼が戻って来ないことを確かめた私は、階段を降りる。

 地面に降りると、四方が囲まれているせいで圧迫感を覚える。この公園が狭いこともその感覚を強めている。

 真正面の小道をもう一度確認する。ビルとビルの隙間を縫うように走る暗い小路に人影はない。

 公園のちょうど対角にあるゴミ箱へと近づく。被せられているビニール袋は真新しく、最近清掃されたばかりらしかった。

 彼が捨てていたのは電子回路の基板だった。サイズはたいして大きくない。ミントタブレットのケースくらい。

 ゴミ箱の中に入ってるものを拾うのはさすがに抵抗あるので、周囲にこぼれたいくつかを拾い上げる。

 流石に何に使うものかまではわからないけど、手にとって眺めてみる。見た目はどれも変わらない。真新しくてほとんど新品みたいだ。

 技術系の授業を多く取ってる子に見せれば何かわかるのだろうか。ロボット系の実習に参加してる人なら詳しいだろう。あるいはここが実家なら“兄さん”に聞くんだけどな。


 そんなことを考えていたときのことだった。


 自覚はあるんだけれども、どうしても忘れてしまうことというのがある。

 たとえば、気の緩んでるときは軽率なことをしがちで、軽率なことをしたときには大抵ひどい目にあうということとか。


「おい、オメー! そこで何してやがる!!」


 響いた大声に後ろを振り向く。さっきの男が戻ってきた! 左手をボトムスのポケットに入れたところ一瞬で血の気が引ける。学校支給の非常通報装置がない。どこに、と思ったところで制服から取り出していない事に気づいてパニックになる。シャツの派手な黄色がどんどん近づく。逃げる? でもここは公園の隅だ。出入り口は男の後ろ側にしかない。周囲を見回しても人影はどこにもない。私の足は縫い付けられたように地面から離れない。あっという間にすぐそばまで迫られた。男に右手首を掴まれる。痛みに思わずうめき声が出る。右手から落ちた基板が地面にぶつかる音。男の右手には折りたたみナイフが握られている。たぶんポケットから取り出した。左手はまだ私の右腕を掴んだまま。 


「オメー、ナニモンだ?」

 男はサムホールを使って片手でナイフを展開する。刃渡りは長くない。カッターナイフを全部出したのよりもずっと短い。それでも、他人から突きつけられたそれは何よりも恐ろしく映る。

「タダのガキか? いや、使いっ走りってこともあるか。あーくそわからねえ」 

 私は何かを言おうとする。さっきからずっと言おうとしてる。何を言えばいいかもわからないけど、とにかく何かを言わなければ。言い訳をして、言い逃れをして、この場を切り抜けないと。

「おい、なんとか言えよ!」

 でも、言葉が、出ない。怖い。電灯のない田舎道を一人で歩いたときよりも凍った路面でスピンしたときよりも手すりのないビル間歩道橋を初めて歩いたときよりも時速三百キロで暴走する車内にいるときよりも。目の前にある強い力が。自分が対抗する術を何も持たないことが。あらゆる選択肢を封じられただ相手の言うことに従わなければならない状況が。今まで生きていて一番怖いと、この時の私は思った。 

 

「クソッ、らちがあかねえ。人目につくところでハデな動きすんじゃねーぞって言われたばっかだしな……クソッ」

 掴まれた腕が強く引かれた。

「おい、オマエ、ちょっとこっち来いや」

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