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地図のない街  作者: sq
19/29

19.

 結局その週末は休息と課題で終わってしまった。そのまま試験週間が近づき、私たちはその対策に追われた。

 その間、長々と外出する余裕はなかったし、屋上についても補修工事だかなんだかで、外部の作業員が入ることとなった。女子フロアを通るので戸締まりを念入りに、という指示があったことを知ったら、彼らはどう思うのだろうか。

 当然、そんな状況では屋上に立ち入るわけにはいかず、かといってラウンジはいつも以上に混雑しているわけで、結果として私は実にストレスフルな日々を過ごすことになった。


 例のビジネスカードは、ミニノートのページに挟み続んだままにしていた。そして、勉強の合間の小休憩に、周囲に誰もいないことを確認してからそれを取り出しては、ケータイへ読み込ませるでもなく、ただぼんやりとそれを眺めた。

 あの日以来、彼女――今河さん――からの連絡はない。何らかのアクションがあるものとばかり思っていたので、実のところ拍子抜けした思いだ。私のあずかり知らぬところで捜査や対応の検討が行われていない限り、通報するつもりがないという彼女の言葉は、どうやら本当らしかった。

 その好意とも無関心ともつかない態度に甘えて、私は判断保留を続けていた。

 ひとつ言い訳をすると、特に私に関して言えば、生活上のいろいろなものが掛かっている以上、試験に手を抜くわけにはいかなかった。

 でも、それ以上に、決めあぐねている、決めたくない、判断を下すこと自体から逃げ出せたらいいのに、という思いを抱いていたのは、確かなことだった。


 そうして、試験週間を無事に乗り切り、試験最終日に帰ってきた成績も、やや下降気味ではあるものの自然な変動の範囲内ですねという程度に収めることができた。

 その日の放課後は機械採点のコメントをチェックすることもなく、そのまま四人で東へ遊びに行き、学校へ戻ってきた後も私たちの部屋で夜中まで喋り通していた。

 そうして今は土曜日の午後だ。悠乃と久子は夜のうちに部屋へと戻り、仁望はまだベッドで眠っている。健全な生活とは到底言えないが、試験明け最初の週末くらいはこれくらい羽目を外すのも許されるだろう。

 当面の課題から開放された私が思ったのは、とにかく外へ出たいということだった。 ろくに外出もできず、屋上にも出られず、ずっと息が詰まっていたのだ。

 すぐに手早く身支度をする。動きやすい格好で、荷物は最小限。電子ノートも置いていく。今はとにかく身軽でいたかった。

 そうしてドアノブに手をかけたところで、その手が止まる。振り返って、机の上に降ろした荷物の方を向く。

 しばらくの思案の後、ため息をついた私は、机へと戻り、紙のミニノートを手に取った。それをバッグにしまうと、瑞月を起こさないようにドアを開けて、同じようにゆっくりと閉める。


 廊下に出たところで、男女二人組がこちらへと向かってくる。

 男子生徒の方に見覚えはなかった。おそらくは別のフロアから来た生徒だ。一方、女子生徒の方はこのフロアに部屋がある後輩だ。染髪もパーマもなし、制服の改造もなし、スカートの丈も野暮ったさ直前、というおとなしい外見で、性格もその印象から外れることなく奥手そうに見えていたから、ちょっと意外。

 とはいえ、多少の出入りはあれど、ほぼ同一のメンバーで数年間をともに過ごしているのだから、こういうことだって普通にありえるのだ。


 この学校では成績上位者ほど高層階に集まる、というのは事実だけど、それは一年ごとの見直しの際に部屋を選べるからであって、成績の悪い生徒が積極的に下のフロアへ配置されるわけではない。

 こと十二階十三階に関してはやや事情が違う。身体的な理由で移動が制約されているため、少しでも避難が容易なフロアが望ましいとか、あるいは(本当は全然平気みたいだけど)仁望のような心理的な理由とか、そういう、何らかの事情がある生徒が配置されることが多い。私の馬鹿な希望が通ったのも、もしかしたら仁望と組み合わせるのにちょうどよかったからなのかも、なんて考えたりもするけど、本当のところはわからない。

 とにかく、そういう事情があるから、高層階と同じくらいには二人部屋を一人で使っている生徒も少なくない。

 で、そういう生徒に恋人ができたらどうなるかというと、さっき見たとおりだ。ちょっとした抜け穴――というほどのものでもない、単に二人同時にチェックポイントを抜けるだけ――でこのフロアに入れば、あとは部屋でいちゃいちゃし放題だ。


 私は、心の中で、お幸せに、なんて思ってもないことをつぶやきながら、外見では極力なんでもないですよという風を装って彼らとすれ違い、エレベータホールへと向かった。

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