バラ風呂(前編)
ものすっごく久しぶりになってしまった!
ということで、今回登場する人物の紹介を簡単に…
エレン
女勇者、強い。最近大きなドラゴンを退治した。国中の人気者。
アン
エレンに仕えるメイド
ジョルジュ
若き騎士団の団長。かっこいい。
ドラゴン退治では、エレンが駆けつけるまで、町にドラゴンがたどり着かないように守り抜いた。
エレンが好きらしい。
癖のある銀髪を香油で整え、王国騎士の制服をきっちりと着こんだ男が緊張した面持ちで、とある屋敷に向かってカクカクとした動きで歩いている。
その男の隣で様子を見ていた同じく王国騎士の制服を着こむ男は思わず苦笑いを浮かべた。
緊張している男の名はジョルジュ。勢いに乗る静寂の白鳥騎士団の団長その人であり、その隣で苦笑いを浮かべている中年の男は、その副団長のエリアムであった。
「坊ちゃん、さすがに緊張しすぎですぜ。なんか見ているこっちまで、緊張してきましたよ」
「だ、だが! エリアム! こ、ここはエレン殿の屋敷なんだぞ。しかも、今日の私は……見ろ!」
と言って、ジョルジュは、腕に抱えた真っ赤な薔薇の花束を掲げた。
「こ、この、薔薇の花束で、私は! 今日こそ、エレン殿に自分の気持ちを伝えるのだ……!」
とジョルジュはその真っ赤な薔薇の花と同じくらい顔を赤くさせた。
「まあ、伝えるのはいいんすけど、気落ちして、仕事に支障を出さないようにしてくださいよ? 頼みますよ? 坊ちゃんはもう100人の騎士を抱える団の団長なんですから」
「気落ちって、なんでダメになること前提なんだ! まだ、まだ分からないだろう!?」
「静寂の白鳥騎士団は、この前のドラゴン退治、つっても足止めだけでしたけれど、その功績で報酬もいただいて、王国からは結構期待もかけられてて、団員達もやる気にあふれてます。それなのに女に振られてトップの団長に勢いがなくなったら困るんすよねぇ」
「いや、だからなんで、振られる前提なんだ!」
ジョルジュは憤慨して鼻から勢い息を吐き出し、その様子をエリアムは微笑ましそうに見て口を開く。
「いや、それにしても、感慨深い。まさかジョルジュの坊ちゃんが、恋にうつつを抜かす時が来るとはねぇ」
「外で坊ちゃんていうなっていつも言ってるだろう! いや、むしろ中でも言うなよ!」
とジョルジュは、不満そうに眉をしかめた。
今でこそ静寂の白鳥騎士団の団長、副団長という立場になっているが、もともとエリアムはジョルジュの家に勤める使用人で、ジョルジュの剣の師匠でもある。
ジョルジュにとって、エリアムは生まれた時から常に側にいる兄弟のような存在だった。
エリアムも自分が15歳の時に生まれたジョルジュを弟のようにかわいがっているし、他の騎士団員がいる時は、さすがに控えてはいるが、昔から良くからかって遊んいる。
「いや、でもですよ、坊ちゃん、あ、じゃねえ、団長、どう考えても、エレン様は団長に興味ないっていうか。そもそも男にまだ興味なさそうじゃないですか。そりゃあ、強いし、綺麗だとは思いますがね、俺から見たらガキですよ。……あ、もしかして団長って、幼児趣味でした?」
と、それは坊ちゃんを育てた俺としては悲しいなぁ、などとぼやくエリアムにさらにジョルジュは肩を怒らせる。
「そんなことあるか! 断じて、幼児趣味ではない! それに私は23歳だし、エレン殿は16歳だ! 年齢的にも、そこまで離れていないだろう!?」
「なんか、ムキになるところが余計怪しいなぁ」
などと二人で言い合いながら、エレンの屋敷の表玄関までの外回廊を歩いていくと、とうとう玄関先にまでついてしまった。
先ほどまで言い合いをしていたジョルジュは、改めて扉を見つめてゴクリと唾を飲み込む。
「とうとう、ついちゃいましたね、団長。ベル鳴らしましょうか?」
「あ、いや、いやちょっとまて。少し、整える。髪は平気か? 寝癖もないよな?」
「大丈夫ですよ。団長は、顔だけはいいですから。顔だけは」
「どうして顔だけと強調する!」
「じゃあ、ベル鳴らしますね」
「い、い、い、いや、ちょっと待て! まだ心の準備が! スーハースーハー……エレン殿は、屋敷にいるだろうか……」
「え、何、言ってるんですか? 今日ここに来ることは、先方に伝えてるんでしょう? ……まさかアポなしですか?」
愕然とした様子でエリアムが確認するが、ジョルジュは得意げな笑顔で頷いた。
「ああ、そのまさかだ! 突然来た方が、驚くし、嬉しいに違いないと思って!」
「うわぁ。団長、それはダメですよ。こういう時はちゃんと事前に前振れ出さないと! 大体本人いなかったら、元も子もないじゃないですかぁ。何やってんだか! やっぱ、育て方間違えたかなぁ」
とつぶやいて、エリアムは頭を抱えた。
「エリアム、それはどういう意味だ……」
と何かしら、ジョルジュが反論を返そうとしたとき、目の前の扉がゆっくりと動いた。
まさかエレン本人が来たのだろうかと持ったジョルジュは思わずビクッと体を上下させ、扉の向こうの人物に視線を向けた。
しかし、扉を開けたのは、男が思い描いていた人物ではなく、白いエプロンを前にかけている知らない少女。格好からしてメイドだろうと思って、安心したジョルジュはゆっくりと息を吐き出した。
よく考えれば、主人自ら玄関先に出るはずもない。
「先ほどから玄関の前にいらっしゃったようですが、どちら様でしょうか?」
メイドは完全に不審人物を見るような目でジョルジュ達を見つめている。
前振れを出さないからこんなことになるんですよ、とエリアムは盛大にため息を吐いたが、ここは自分が何とかしなければならないと、メイドに向き合った。
「すみません。怪しい者ではないのですが、静寂の白鳥騎士団の副団長のエリアムと申します。そこにいるのは団長のジョルジュです。それで、今日、突然、伺ったのはですね、その、先日の御礼をと思いまして」
実際は、ジョルジュが求婚しに来たのだが、アポなしの状態で、そんなことを言ったら怪しまれるし、もともと可能性の薄い恋の成功の確率がもっと低くなると思ったエリアムがそう慌てて答えた。
だが、一介のメイドが騎士団の団長の顔を把握しているかどうかも微妙である。
幸運なことに顔だけはいいジョルジュは若い女性に人気があるし、覚えられている可能性はあるが、もし知らなかったら、出直してほしいと追い返される可能性が高い。
「静寂の白鳥騎士団……確かに、襟元に飾っている団章も静寂の白鳥騎士団のもの。マウントアースドラゴンの時に居合わせたという騎士団ですね。その時のお礼ということですか?」
「はい! その通りです!」
まさか、団章まで把握しているメイドが対応してくれたとは運がいいとエリアムは上機嫌で頷いた。
だが、メイドの顔は渋い。
渋い顔で、ジョルジュの腕の中で咲き誇っている赤い薔薇の花束に注がれている。
「お礼に薔薇の花束ですか?」
と明らかに疑っている口調で、メイドはジョルジュに尋ねる。
赤い薔薇の花は愛の花で有名だ。異性に愛の告白をするときなどによく使われるものである。
「あ、その、この花は私の、き、きも」
「あ、すみません通りすがった花屋でずいぶん綺麗に咲いてたもんですから、思わず。深い意味はありません」
とジョルジュが何事か口走る前にエリアムが慌てて遮った。
ジョルジュが、何故邪魔をするという目でエリアムを見るが、エリアムはそれを無言の笑顔で抑える。
「アン、どうしたのだ? お客様がいらしているのか?」
そこに凛とした声が響いて、ジョルジュは思わず、背筋を伸ばした。
アンと呼ばれたメイドは、困った顔で声の主に向き合う。
「エレン様、ダメですよ。私が言うまではじっとしていてください。怪しいものかもしれないんですから!」
と、本人たちを前に怪しいもの扱いするメイドが、主人に詰め寄った。
「ああ、そうか。そうだったのか。だが、問題ない。彼らは顔見知りだ。確か……静寂の白鳥騎士団の方だっただろうか」
そう言って、エレンは、ジョルジュ達に微笑みを向けた。
そう、彼女こそ、ジョルジュが薔薇の花束を捧げたい人物、勇者エレンである。
家の中ということもあって、防具などは装着せず、ゆったりとした作りの男物の服装に身を包んでいた。
目的の人物の鮮やかな登場に、思わず感極まったジョルジュは、さらに顔を赤くさせ、「え、エレ、殿、あ、花」と言葉にならない何かをつぶやいている。
それを見て、これはダメだと咄嗟に判断したエリアムは早々に撤退する決心をした。
「突然に訪問ですみませんでした。先日のマウントアースドラゴン退治では大変お世話になったもので、そのお礼を一言伝えたくて。勇者様がいらっしゃらなかったら我々の命はなかったでしょうからね。それに、私どもの騎士団もマウントアースドラゴンの足止めで、陛下からお褒めの言葉も頂き、素材を頂きました。自分達が倒したんじゃないんで、なんとも恥ずかしい思いもあるんですがね」
「いや、貴殿たちがあそこで凌いでくれたからこそ、周辺の村や町に被害を出さなくて済んでいた。私の力は、武器の性能によるものが大きい。貴殿らの戦いぶりは十分素晴らしいものだと思う」
「そう言っていただけると、ありがたい。それで、お礼がこんなもので申し訳ないんですが、綺麗に咲いていた花を見つけたものですから」
とエリアムは言って、硬直するジョルジュからスポッと薔薇の花束をとって、エレンに渡した。
「薔薇の花か。恥ずかしながら、あまり花を愛でる習慣がないものだから、近くで薔薇を見るのは実は初めてだ」
そう言って、エレンは、嬉しそうに薔薇の花束をエリアムから受け取った。
「そうなんですか? マウントドラゴンアース退治の報酬で、桜の木を選んだって聞いたんで、花が好きなのかと思ってました」
エリアムは意外そうにそういった。
ジョルジュが、告白するための贈り物に薔薇を選んだのも、勇者が花好きだという噂を聞いたからだった。
「ああ、あれは、愛でるためというよりも、いや、十分愛でさせてもらったが……。それにしても、薔薇の花というのは何とも素晴らしく華やかな香りがするのだな」
花束を抱えて、香りを楽しんだ勇者が驚きの表情で、薔薇の花を見つめた。
「薔薇の花の香りは女性に人気ですよ。香水とかでも有名ですしね」
「そうか、そうなのか……薔薇。本当に素晴らしい香りだ。これを、湯に浮かべたら、どんなに……」
そうだれに言うでもなくつぶやいたエレンは、心ここにあらずといった具合で斜め上を見上げた。心なしか、顔がニヤついている。
不思議そうにエリアムは首をかしげたか、自分の隣には、緊張のあまり放心状態になっている団長がいる。
あまり長居はできない。
早々に退散するべくエリアムは軽く会釈をした。
「それでは、お礼もお伝えできたので、私どもはこれで。突然来てしまってすみませんでした」
エリアムは、硬直した状態の団長を小脇に抱えて、その場を後にした。
メイドのアンは二人を厳しい目で見送ると、「あの男、絶対にエレン様に気がある」と禍々しくつぶやいて、塩をまいた。