↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

焼き石風呂(前編)

 強大な力を持った生き物が、喉をうならせた。

 硬い鱗を全身に身にまとい、牙や爪は鋭く大きい。それは古代から人々に恐れられてきたドラゴン。その中でも上位に位置するマウントアースドラゴンであった。


 長年地中で眠っていた巨大な魔獣の背には、森のように草木が茂り、その名の通り動く山のような魔獣である。


 翼は退化し、飛べはしないが、その分重量感のある前足の攻撃は石壁や鉄の鎧などもろともしない。

 かのドラゴンの前足の下には、鎧や剣などの武器が積まれた騎士団の馬車があったが、全てぐしゃぐしゃに踏みつぶされていた。

 鉄製の鎧では、かのドラゴンの前では紙屑も同然である。

 紙のように踏みつぶされた鎧と同じものを着ている王国の騎士たちは、一様にして戦慄した。


 それでも騎士たちは、逃げ出さずに呪文を唱えて守護の壁を張っていく。

 少しでもドラゴンの歩みを遅らせるために。

 この先には、大きな町がある。

 そこにドラゴンが辿り着いてしまったら、町が壊滅するのは明らかだった。


「あきらめるな! 魔法壁が張れる者はひたすらに呪文を唱え続けよ!」

 マウントアースドラゴン殲滅戦に挑む騎士団は100名ほどの人員を抱える1団のみ。

 若き英雄ジョルジュ=アッカムを団長に据える『静寂の白鳥騎士団』である。


「守護壁を張り続けよ!一秒でも長く!ドラゴンの進行を抑えるのだ!」

 守護壁の魔法を唱える呪文の詠唱が響く中、騎士団長の声がこだまする。


 しかし、魔法の障壁を張れども張れども、ドラゴンは、それを前足の一振り、鋭いキバの一突きでたやすく壊していく。

 騎士達は壁を破られれば後退し、また壁を張る。

 しかし、また破られ後退する。


 じりじりと確実に町へと突き進むドラゴン。

 隙を伺って放つ攻撃魔法も固い鱗を前にすれば、かすり傷すら与えられない。


 もう絶望しかない状況で、あきらめずただただ守護壁を張る騎士達であるが、あきらめずにいられるには、理由がある。


 そう、時間を稼げば、彼女が来てくれる。

 鳥弓チョウキュウの勇者、エレン=ホーエンベルデン。

 彼女が到着してくれれば……。


「ジョルジュ団長! もう、守護壁を張るための魔力が尽きようとしています!」


 副団長が、団長であるジョルジュに向かって報告をした。

 守護壁を張るために自ら呪文を詠唱していたジョルジュは、呪文を唱え終えると、副団長の言葉を受けて周りの様子を見やった。

 どの騎士も疲労の色が顔に出ており、中には既に魔力を使い過ぎて昏倒している者さえいる。


「魔力補填のエリクサーはどうした!?」


「それもすべて使い果たしました!」

 魔力を微小ながらも補てんする薬剤を持ってきていたが、それも使い切ったらしい。

 ジョルジュは、下唇を噛んだ。


「魔力が尽きたものは離脱せよ! 最後は私が食い止める」


 ジョルジュはそういうと、他の騎士団員達が唱えた守護壁魔法とは違う呪文の詠唱に入った。


 それは高位の守護魔法の詠唱。魔法の鎖を生み出し、魔物をとらえたうえで、四方から発生する強固な魔法壁で相手を閉じ込める。

 若くして彼が英雄といわれる所以はこの高位守護魔法が使えるからであった。


 騎士団の者たちが一人また一人と魔力が尽きて離脱する中、ドラゴンを前にしてジョルジュは詠唱を続ける。

 そして騎士団員達の魔力が尽きかけたころ、呪文が完成した。


 魔法の鎖が、ドラゴンに向けて放たれ、それぞれの四肢に、首に、口に、鎖が巻き付いていく。


 ドラゴンは不快そうに声を上げようとしたが、口もとに絡まった鎖のせいで口を上げられずに、苦しそうな唸り声だけが響いた。


 そして、魔法の障壁が、四方から魔物を囲う。

 魔物が苦しそうに再度喉を鳴らした。


「いけたか!?」

 団員の誰かがそう声をあげ、期待を込めて見守ったが……。


「ウアアアアアアアアアウ!」


 まず魔獣の口元の魔法の鎖が引き裂かれた。

 魔獣は咆哮を放つと、そのまま体を揺らして、ジョルジュが作った魔法壁を壊し、前足の鎖を引き抜いた。


「だめか……!」


 ジョルジュの悔しそうな声が、小さく漏れる。

 彼の魔力も、先ほどの魔法でほとんど使い切ってしまった。

 まだ、ドラゴンの首と後ろ脚に魔法の鎖がつながっているとはいえ、それらがちぎれるのは時間の問題だった。


 団員たちに絶望が走る中、凛とした声が上から降ってくる。



「すみません、お待たせいたしました」


 可憐な女性の声だった。

 何者かが、空からすっと地に降り立った。

 ジュルジュがそちらに視線を向けると、そこには炎のような赤い髪とそれと同じ赤い瞳を持つ少女が立っている。


「あれが、アースドラゴン。噂にたがわず、随分と大きい」


 そう言って、ドラゴンを見上げた少女は右手を左肩に持って行った。


 左肩には青い小鳥と赤い小鳥が止まっている。

 彼女の右手の人指し指に青い小鳥が止まると、左手に持っていた弓を構え、そして、小鳥を載せた右手で矢をつがえる動作をした。


 すると不思議なことに小鳥だったはずの者が、青白く輝く棒に変化する。


「古の契約にもとづき、エレン=ホーエンベルデンが願う。絶対零度の祝福を、美しく朽ちぬ幸福を、永遠の甘美を与えたまえ。カジュガルの大木、古の契り……」


 少女が詠唱を唱えている間につがえた矢の輝きがどんどん増していく。

 そしてドラゴンも、後ろ脚の鎖を引きちぎり、ドラゴンの動きを止めているのは、もう首に巻かれた鎖のみ。

 しかしその鎖も直にちぎれるだろう。ドラゴンは、じりじりと少女との距離を詰めていく。


 もう少女との距離は、10mもないほどだった。

 ドラゴンの鼻息で、彼女の長い髪が流れていく。

 ドラゴンの首輪の鎖がちぎれるのと、少女の詠唱が終わるのはほぼ同時だった。


 呪文の詠唱とともに彼女の弓から放たれた矢は流星のように青白く輝いて、ドラゴンの脳天を貫いた。


 何が起きたのか分からないドラゴンは、そのまま一度動きを止め、目をぎょろりと回す。そして、その体が徐々に霜に覆われはじめ、一瞬にして、その霜がドラゴンの全体を包んだ。

 まるで氷像のように固まったドラゴンは、バランスを崩して盛大な音とともに、山のような巨体が横に倒れた。

 地響きとともに、凍らされたドラゴンは砕け散っていく。


 一瞬、あまりの出来事に声が出なかった騎士団員達も、しばらくしてやっと状況を理解し、勝利の雄叫びを上げた。


「うおおお! やった! 勝ったぞ! ドラゴンを倒した!」

「あれが鳥弓の勇者様! 何と凄まじい!」


 団員たちの喜びの言葉が響く中、空から青い小鳥が戻ってきた。


 先ほどは矢に変化したが、今はすでに小さな可愛らしい小鳥だ。


 鳥弓の勇者と呼ばれた少女は、右手を掲げて青い小鳥の戻りを迎えると労うように微笑んだ。


「鳥弓の勇者殿……! いえ、エレン殿! よくぞ来てくれました! 本当に、ありがとうございます! あなたのおかげで最悪の危機を退けることができました!」


 静寂の白鳥騎士団の団長であるジョルジュが、微かに頬を紅潮させて鳥弓の勇者を迎える。


「すみません、急いできたのですが、被害は大丈夫ですか?」

「魔力切れで昏倒しているものや多少の裂傷を受けたものはいますが、命に別状があるものはおりません! エレン殿は他の勇者の方々よりも、いつも迅速に動いてくださって、本当に助かっております!」

 と言って、ジョルジュは鳥弓の勇者、エレンの手をとって硬く握りしめた。


「いや、私の場合は移動手段があるので……」


 と大げさな感謝を示すジョルジュに苦い顔をしながらエレンはそう答えると、おもむろに手を引き抜いた。


「では、私はそろそろ戻る。片付けは任せてもいいだろうか?」

「もちろん、ドラゴンの後始末は私共に! しかし、既に日も暮れたので、作業自体は明日の明朝になりましょう。なので、その! よろしければ! 今宵はドラゴン討伐を祝して軽い宴でも! 大したものはありませんが! いかがですか!?」

 期待を込めた目でジョルジュはエレンを見つめたが、エレンはあっさりと首を振った。


「悪いが、既に食事は済ませてきている」

 そう言いながら、エレンは懐から時計を取り出し、時計の針を見て、わずかに眉を寄せた。


 すげなく断られたジョルジュであるが、「ええ!? しかし、あのせっかくですし、お酒だけでも! その、一杯だけでも!!!」となおも熱心に声をかける。


「すまないが、湯が冷めてしまうので、では」


 そう言って、エレンは、肩に止まった黄色い鳥を右手に止まらせて、弓をつがえた。


 黄色い小鳥は矢に変化し、そして呪文の詠唱ののち、放たれた矢は巨大な鳥へと姿を変える。


 巨鳥は梓達の頭上を旋回させるとこちらに戻ってきて、梓はその背中に飛び乗った。そしてそのまま自分がきた方向に飛んで行く。


「本当に行ってしまうのですかー!? エレン殿ー!? エレンどのーーー!?」


 ジョルジュの声がこだまするが、エレンの耳には入らない、

 何故なら今エレンの頭の中は、家に帰ってからのことで頭がいっぱいだからだ。


 そう、お風呂のことだ。

 エレンはここに来るまでに、お風呂を沸かしていた。


 適度な温度になっていざ湯船につかろうとしたときにドラゴン退治の依頼がやってきたのだった。


 体も心も大好きなお風呂に向いていたが、しかしドラゴンを後回しにはできない。

 苦渋の思いで、準備をし、ここまで駆けつけたわけだが、さっきからずっと今日のお風呂のことで頭がいっぱいだった。


 お風呂に入りたい。

 しかも先ほどのドラゴンとの戦闘で、エレンはドラゴンの生臭い息を正面から受けてしまった。

 もう、お風呂に入りたくて仕方ない。

 アツアツのお風呂。沸かしたばかりのお湯に入る一番風呂を堪能したくてたまらない。


 それに今日はいつもと違って、焼き石を使ってお湯を沸かしていたのだ。

 アツアツに焼いた石をいくつか水に入れて湯にする風呂である。

 焼き石で沸かせた湯は、お湯が滑らかになって、体の芯まで温まるらしい。

 しかもミネラルというものが溶け出て、お肌もいつもよりもすべすべになるという噂だ。


 あの時ドラゴン討伐の知らせが来なかったら、アツアツのお風呂に身をゆだねていたはず。

 温かい湯に全身を包まれて、最高にリラックスできる至福の時間になるはずだったのだ。


(どうしようか。今から帰っても、先ほど焼き石で沸かした湯は冷めている気がする。また一から焼き石を焼かなくていけないのか。いや、メイドのアンがもしかしたら気を利かせてまた石を焼いていてくれているかもしれない。ああ、せめて去るときに、一言再度の温め治すようにお願いしていれば! お願い、アン! 焼き石の準備を! 焼き石をーー!)


 鳥弓の勇者はドラゴン退治に向かう時よりも必死の形相で、自宅へと向かうのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。