9.RE:sidual
今日もうちの中学校は平和だった。
僕の周りを除いて。
「なあなあお前柏尾と付き合ってるって本当ー?」
「最低…沙希ちゃんに告白しといて酷すぎるよね…」
耳元で騒ぐ男子の声と遠くで呟いている女子の非難も嫌が応にも耳に入ってくる。僕が何をしたっていうんだ。確かに柏尾梓と遊園地に遊びに行ったよ。でも友達だってそういうことをするじゃないか。
当の柏尾は澄ました顔で本を読んでおり、僕の視線に気付いたのかふっと顔を上げるとニコリと笑ってまた本に戻ってしまった。彼女にとっては他人にどう思われようが気にとめることではないらしい。
しかし僕は耐えられずに席を立ち上がり教室を出た。後ろで「柏尾のどこが好きなんだよー?」と声がしたが無視して僕は目的もなくズンズンと歩いた。まったく。ちょっと遊んだからってこれだ。皆馬鹿にしやがって。
そんな風にイライラしていた僕は前から歩いてきていた人物に気付かず、その人と正面衝突してしまった。
「うあっ。ご、ごめんなさい」
「あ…内間君」
「…江口」
僕がぶつかった相手はこの前告白した相手、江崎その人だった。勿論江口も僕と柏尾梓の話は耳にしているはずで、僕は思わず怯んでしまう。
「いいよ、じゃあね」と立ち去ろうとする江口に僕は思わず「待って」と声をかけてしまった。かけてどうするかなんて考えてもいないのに。
「何?」
「いや、えっと」
江口は怒っているでもなくかといって機嫌が良いというわけでもなく、至って普段通りに僕を見つめている。対して僕はオドオドして江口の目すらまともに見れていない体たらくだ。しっかりしなくては。
「その、柏尾との事だけど。友達だからさ」
「え?」
「あのほら柏尾梓。友達、だから。僕が好きなのは江口だから…」
そう言ってから僕はおずおずと江口の目をみた。江口は。
「そう。別に私に関係ないし。じゃあね」
と。
そう言って歩き出し僕の視界から姿を消してしまった。
僕は何も言えずその場に立ち尽くしていた。最悪だ。確実に嫌われてしまったやつだ。誤解を解くとかそういうレベルではないのかもしれない。多分江口沙希は、怒っている。告白の価値を下げるような行為を僕はしたのだ、と今更ながら気付いたのだった。
「ねえ内間君。今のどういうこと?」
「…柏尾」
後ろに、柏尾梓が立っていた。本を読んでいなくてよいのだろうか。
「どうもこうも…僕は江口が好きなんだ。柏尾とは良い友達になりたいって話だよ」
「ふうん。そうなんだ、ふうん」
柏尾は僕を見つめたまま何の感慨もなさそうに言葉を吐き出し、「私は、内間君の事ちょっと気になってたんだけどな。勘違い…しちゃったね」と言って教室へと戻って行ってしまった。
廊下に一人取り残された僕は、二兎を追う者は一兎をも得ずという諺は本当だったのだな、と一つ賢くなったと自分を慰め教室へと足を向けた。
教室の扉の前に、男が立っていた。
「残念だったな。今回はどっちもダメで。けどま、元の生活に戻ると思えば良いんじゃねえか?仁藤もそっちのが喜ぶし。俺の言った通りになったなあ」
僕はその言葉を聞きながら、男の黒い顔に意識を吸い込まれていった。