8.RE:el
「起きる時間だよ?内間君」
「ん…」
女性の声が聞こえる。体がやけに重く感じるが僕はどうやらまた現実を変えたようで、そのダルさはきっと夢の中で頑張った証なのだろうと思った。
「朝ご飯、ここに置いとくからね」
「ああ…ありがとう…」
「う、内間君…!?」
ガシャン、と音がする。僕はまぶたを擦りながら女性の正体をこの目でみてやろうと一度強く目を瞑ってから見開いた。
そこには涙を流しながら笑みを浮かべる柏尾梓がいた。彼女は中学生の頃から順調に成長を遂げたようで、髪の毛は相変わらず長いもののポニーテールになっており少し明るくなっている。僕と彼女はそのまま視線を合わせた。ただし、鉄の棒越しであったが。
「内間君、やっと…やっと…!」
「おい柏尾なんでお前…」
そう言って右手を動かした時、ジャラと音がした。
「…?」
僕の右手には鉄の腕輪状の物が付けられていて、それは鎖によって地面と結びつけられていた。
「え、柏尾これは」
「久々にお話してくれたね内間君。いい夢でもみれたの?私はね、内間君と水族館に行った夢をみたよ。ふふ。内間君はイルカ好きだからちゃんと最前列でショー観れるように私席取ったんだから」
柏尾は僕を無視して夢の内容を語り始めた。中学の頃からは考えられないその饒舌ぶり僕はしばらく呆気にとられていたが、目の前に広がる鉄の棒が“檻”であることを気づくのに時間はかからなかった。
僕は今、檻の中にいる。外には柏尾梓。
「なあ柏尾、ちょっと出してくれないか」
「ダメだよ。内間君、話せば私が優しくなると思った?私内間君が逃げ出したこと許してないんだからね」
どうやら僕は本当にこの柏尾梓に監禁されているらしい。
昨日よりも悪化していないかこの状況。こっちのほうが夢だと思いたいくらいである。
檻は僕が立ってギリギリ頭がつかない程度の高さで、横幅ひその二倍くらいあるかなり大きめのものだった。頑丈そうで僕の力では到底壊せそうもない。気付けば自分の手が異様に細いことに気が付いた。
「私今日お仕事お休みするね。だって内間君がお喋りしてくれるんだから応えてあげないとね。内間君、お話しましょ?私はね、内間君と公園に行ってブランコを二人乗りしたいなあ。あ、勿論内間君が上だからね」
柏尾の声は全く耳に入ってこなかった。
柏尾梓を不登校にさせないために友達になろうとしたら、監禁されていた。このあまりにも非現実的な状況に僕の頭は完全に混乱していたのだ。まさかそんな事をするとは思うまい、しかし僕の両手には拘束するための腕輪がついていておまけに足にも付いている始末。いつから監禁されているかはわからないが、僕の身体状況からみるにそれなりの長さなのだろう。体が重いと感じたのは栄養失調かストレスなのかもしれないなと思い、自嘲気味に笑う。
柏尾が生きていることはありがたい話だが流石にこれは犯罪レベルである。というか何故僕を監禁するというのか。あの時遊園地に一緒に行ったことで好意が生まれた…ということになる、のか。
「ねえ聞いてる?内間君」
「あ、ああ…」
「それでね私フランクフルトが食べたいって言ったら内間君が買ってきてくれたんだよ」
「そう、か」
僕はどんな顔をしたらよいのかわからずに声だけで返事をする。それでも彼女は満足したのかニッコリと笑って檻から立ち去った。
ここから抜け出したいところがそんな無茶をするよりもまた夢をみてそちらで解決したほうがよい、そう確信した僕は今日一日大人しくしていることにした。幸い昨日の健斗とかいう男とは違って暴力をふるわれるわけではなさそうだしーー
「お待たせ内間君、久々に良い声聞かせてよ」
ーー前言撤回。人一人を監禁するような人物がそんな平穏にいくはずがないのである。柏尾の手に握られた鞭のようなものをみて僕は気を失いそうになったが残念ながらそうなることはなく、その後僕は柏尾梓の相手を散々させられそのまま泥のように眠りについた。
金属の床は、ひんやりと冷たかった。