6.RE:fuse-②
「鼻血止まった?」
なんだかよくわからないもふもふしたぬいぐふみに囲まれ戸惑う僕はさておき、仁藤さんはそう言って顔を覗き込んできた。流石に女性の家で二人きりなんてそうそう経験したことはないし(昨日は江口沙希と二人きりだったわけだけれども)僕は思ったよりも可愛らしい趣味をしている仁藤香織に内心ちょっとドキドキしていた。
「大丈夫です。本当にありがとうございます」
オレンジ色のマグカップに注がれたコーヒーを飲んで一息つきながら僕は今一度部屋をぐるりと見回す。
「しばらくはウチにいてもいいよ。勿論しばらくだけど」
「じゃあ一日だけお願いします、今日の夜だけ泊めてもらえればありがたいです」
そして今日また夢をみて現実を変えられれば。そう心の中で付け足して僕はポケットに入っているスマートフォンを取り出した。
柏尾梓の現在を確認する為である。僕は中学の頃一番仲のよかったと思われる友人の電話番号を選びボタンを押す。
もうその番号は使われていない、とのことだった。とことんダメだな今の僕は。そう思ってため息をつく僕をみて仁藤さんが声をかけてくれる。
「電話番号変わってることくらいよくある話でしょ。次かけよ次。で、何してんの?」
「いやちょっと確認したいことがありまして…」
僕は二人目の友人を選び電話をかけてみる。しばらくして、僕の願いが通じたのか「もしもし」と相手の声が聞こえてきた。
「よう冴山、元気か?」
「どうしたんだよ内間、珍しいな」
「いやちょっと聞きたいことがあってさ」
冴山なんとか君。まあ特筆すべきことなど何もない友人Bと言ったところ。そんな事を言ったら僕は友人Dくらいなのだろうけれど。
下の名前は忘れてしまった。電話番号も名字でしか登録してないからとりあえず名前は出さずにやり過ごすことにする。
「柏尾梓って覚えてる?」
「…………ああ、覚えてるよ」
不自然な間のあと、冴山はそう答えた。嫌な予感がする中僕は続けざまに「今どうなってるか知ってる?」と問いかける。
「何言ってんだよ、冗談キツイな」
冴山はそう言って考え込むかのようにまた沈黙してしまった。
「ごめん。確認したくて。柏尾梓は今どうしてるんだっけ?」
「どうしてるも何も、死んだだろ。柏尾梓は」
死んだだろ。柏尾梓は。
僕はその言葉を心の中で復唱する。
死んだだろ。柏尾梓は。
「どうしたんだよ内間。なんかあったのか?」
「あ、いや別に。ごめんありがと。そんだけ」
「あ、おい」
僕はそのまま電話を切ってしまった。冴山が嘘をついているなんてことはないだろう。柏尾梓は死んだらしい。死因はなんだったのだろう。聞けばよかった。
何もかも最悪だ。良いことなんてありゃしない。
中学時代の柏尾梓に優しくした結果がこれとはいささか神様も悪ふざけが過ぎるんじゃないだろうか、そう思ってスマートフォンをポケットに押入れまたため息をついたところで、仁藤さんにデコピンされた。
「痛い」
「はい、辛気臭い顔しない」
「いや友人の死はくるものがありますよ」
「それは…ごめん」
柏尾梓ら友人なのかよ、と自分にツッコミつつ僕は仁藤さんにちょっと出かけてくると言って仁藤家をあとにした。
散歩でもして時間を潰そう。仁藤さんと二人きりで部屋にずっといるわけにもいかないし。
僕の周りはこんなにも激変しているというのに街並みは相変わらずで、こうやって一人歩いていると実はこれが夢の出来事で家に帰ると何も変わらない我が家が待っている気がした。
気付くと日も暮れ始め、僕は退社になった会社の前に来ていた。この世界では会社そのものが潰れているようだが。仁藤さん、はやく職がみつかるといいけど。
ボケーっと突っ立っていたがやたら視線を感じるのでこの場を離れようした矢先、その視線の主に声をかけられた。
「あれ、内間?内間だよね?うわっ懐かし〜」
「ど、どうも」
その気さくそうな女性は見たことあるようなないようなといった感じだったので僕は曖昧に返事をする。
「何してんのこんなとこで」
「いや別に」と答えた僕の返事を聞いているのか聞いていないのか、彼女は「覚える?同期の朝倉だよ。うわー懐かしいなー。今何してんの?」とペチャクチャ喋り始めた。
もちろん僕は適当に受け答えなんとなく会話のラリーをいくらかした後、「君こそ何してるの?」と聞いてみる。
朝倉と名乗る彼女は「営業の帰りだよ。これから残業」と肩がこると言わんばかりに回してみせた。
「へえ、大変だね」
「ほんと大変だよ。あんたいなくなって、仁藤さん辞めちゃってから本当大変なんだから。困った話だよ」
ん?仁藤さんが辞めた?
「え、会社潰れちゃったんじゃないの?」
「は?何言ってんのまだ潰れてないんですけどってか潰れる予定もないんですけど!」
仁藤さんは会社が潰れて職を失ったといっていたはずだ。でも仁藤さんは自分から会社を辞めた?何故?いやそれよりもどうして仁藤さんは僕にそんな嘘をついたんだ?
返事をしなくなった僕に飽きたのか、「やばっ、こんなことしてる場合じゃなかった、はやく戻らなきゃ」と彼女は腕時計をみて走り始めた。
「またね〜」と言いながら走り去っていく朝倉というOLを見つめながら僕の頭はこんがらがっていた。
仁藤さんが僕に嘘をついていた。理由はさっぱりわからないが、完全な味方ではなかったのだ。その事実が地味にショックで僕はしばらくその場から動けなかった。どうして。どうして仁藤さんは僕を騙したというのか。会社が潰れた、なんて。
そのまま僕は仁藤さんの家には戻らず、自宅に戻った。あの暴力男と金髪になってしまった幼馴染のいる家である。
もう完全に日は落ち、あたりは真っ暗になっていたが二人とも不在のようだった。夜遊びしてそうだしな、などと思いながら僕は布団に倒れ込む。そういえばこの枕、仁藤さんから誕生日プレゼントで貰ったんだっけな。などと思いながら僕は襲い来る睡魔に身を委ねる。
案外散歩は効果的だったようで、僕はすぐに夢の世界へと飛び込んでいった。
そして、三度目の中学時代へ降り立つ僕を待っていたのはーー