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あなたとともに歩めること

作者: 桜庭碧葉

「あなたとともに歩めること」

 ひとみは俺の少し先を歩きながら呟いた。

「あなたとともに歩こうと思った」

 俺の方を振り向いて、彼女は言う。その姿がやけに苦しそうで、儚くて、何からも守りたいと思わせた。だが、同時に彼女は途方もなく俺のことを嫌っているような気がした。

 春に良く似合う桜色のワンピースの裾を遊ばせながら、彼女は続ける。

「けれど」

 短く切ったその言葉に、次に何を言い出すのかと不安に駆られる。

「わたしとあなたでは」

 何処かで聞いたことのあるような詩だと思った。

「歩幅も」

 ひとつ、歩いて。

「はやさも」

 先ほどの緩慢な動きから、一転。素早く一歩。

「みる風景も」

 俯いていたのを、顔を上げて。

「みえぬ場所も」

 又、俯いて。

「何もかも違った」

 一回転。ワンピースのスカートが、ふわりと――けれど、何処か残酷さを匂わせながら――舞う。

 ひとみ。彼女の名前を呼んだ、はずだった。けれど、その儚い姿に、喉は震えることを拒否した。

「それを考えていたら」

 随分と、とおくに行ってしまった。俯き顔は、見える。その顔は、なんとも表現出来ない。

 悲しいのか? 寂しいのか? それとも、楽しいのか?

 問い掛けたくなったのに、それより先に手が伸びていた。

「なんだか」

 手を伸ばしたのに、届かなくて、足も動かした。ひとみ、ひとみ。

「無性に寂しくなった」

 何とかたどり着いてひとみを抱きしめる。

「寂しいなんて言うな。」

 俺がそう言うと、無機質に、悲しそうに。

 彼女は微笑を湛えた。

「だいじょうぶだよ。」

 これは、わたしの――。

 肝心なところが聞こえなくて、眉を寄せる。

「ひとみの、何だ。」

 今度こそ悲しそうに彼女は口元に弧を描いた。

「わたしの、おはなし、かもね。」

 最後は不思議と安心する微笑みを浮かべてくれた。それに心の底から安堵して、ひとみの肩に顎を置いた。

「その体勢、きつくない?」

 今度こそ、いつも通りに笑って、彼女は言った。それに軽く首を振って「いい。」と言えば、穏やかに頭を撫でられた。

「じゃあ、帰ろうか。」

 ひとしきり撫でられたところで、ひとみの提案により、俺らは湖のほとりから移動した。




 今日、ひとみがうたったものを思い出す。

 詩かと思ったが、少しリズムがついていた気もする。歌だろうか。わからない。

『わたしとあなたでは――何もかも違った』

 その言葉が胸に深く刺さる。抉られる。

 俺とひとみは、三十五と二十一。

 俺はとっくの昔に成人式を迎えたが、ひとみはまだ成人式を迎えたばかり。SNSのアイコンが、その時の振袖を着た彼女の笑顔だった頃が、懐かしい。

 ゆるゆると思考回路を巡らせながら、今日得た傷に悪戯をしていると、ひとみが二階から降りてきた。

「ひとみ。」

 思わず呼べば、「はあい?」とこちらに寄ってきてくれる、愛しい恋人。

 そのまま俺の隣に座っても、俺が何もしないのを見て、きょとんとしている。

「どうしたの?」

 なんだか傷ついた顔をしてる。

 図星を突かれて、思わず「不安なのか。」問うた。

「不安?」

 困ったように眉尻を下げられた。

「そうだ、不安だ。

 ほら、俺らは、年の違いがありすぎるだろう。」

 それが原因で、付き合って五年になるというのに、まだ結婚を言い出せていない。まあ、その頃はまだひとみも幼かったが、今は立派


に成人している。

「確かに不安だよ。」

 呆れたような、でもやはり困っているような顔と声色で彼女は言う。

「不安だから、あんな唄をうたったのかも。」

 やはり、不安なのか。その事実が、深く、ふかく、刺さる。

「――ひとみ、別れよう。」

 それはこの数年で何度言ったかわからない台詞だった。

「いやだよ。」

 この言葉を言う度に、ひとみは目を潤ませた。

「でも。」

 でも、だって。そういった言い訳じみた台詞はいけないとわかっているのに。

「お前は、俺なんかよりも良い奴を……見つけられるだろう?」

 ぽろりと、ひとみの瞳よりも先に、俺の目から涙がこぼれた。


 ほんとうは、わかれてほしくなどない。

 でも、じゆうに、おれにしばられずに、生きてほしい。


「いやったら、いや。

 わたしは、あなたと生きるって決めたの。

 歩幅も、はやさも、みえる景色も、みえない所も、全部違ってもいい。

 ときには置いていかれたり、置いていったりするよ、きっと。

 今だってそう。」

 わたしは、きみにおいていかれそうになってる。

 真っ直ぐに俺を見つめる彼女に、心が揺さぶられる。

「でもね、わたしは、あなたと、いきたい。」

 気が付けば二人でぼろぼろ涙を溢れさせていた。

「――ごめん。」

 謝ったのは俺だ。俺がおかしなことを言い出したから。

「わたしも、ごめんね。」

 抱き合って、涙が止まるまで、二人でソファの上。

 気が付けば、そのまま眠りこけている彼女。

 その無邪気な無防備さに、ささくれだっていた心が穏やかになった。

若干自分が重なったり重ならなかったり。

書いててちょっと泣きたくなりました。

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