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ミカンWorld~The Lost Memory~  作者: 方角真夏
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革命児

 キルシュと昼食を終えたススムは、彼女の案内でアトラス中央区へとやってきた。アトラス中央区はアトラス島のちょうど中央に位置する区域であり、アトラスに所属する人間であっても、階位の高いものしか入ることが許されない場所である。

 アトラス中央区には、アトラスの中でもかなり重要な施設が並んでいる。世界航空管理センターや、魔磁武装具開発研究所、世界貿易管理機構など、そして、その中でも特に有名なのがアトラスタワーの通称で呼ばれるアトラス統制管理機構総本部である。

 ススムは、キルシュの後をついていきながら周囲を見る。白衣を着た人々がベンチに座って、ビンに入った飲み物を飲みながら談笑している。作業服を着た女性が、故障したと思われる魔磁用具の傍で土下座をしている男性を怒鳴りつけている。ススムと同じ制服を身に着けた人々が、ススムの視界の先にある訓練場で鍛錬に励んでいる。各自ぞれぞれで自分の仕事をこなそうとしている外の人々とは変わらない風景である。

 しばらく歩くと、アトラスタワーが目と鼻の先の所にまで近づいた。アトラス中央区はその中の施設の多さ故に非常に広い。本部から、魔磁移動具を推奨されるほどである。今、ススムが横を見ても魔道二輪車に乗った男性が自分の職場へと向かっていた。また、魔磁移動車の免許を持っていない人間のために自転車も無料でレンタルすることのできる施設が存在している。幸い、ススムとキルシュの入った入り口はアトラスタワーと比較的近い位置にあったため借りずに歩いて向かっていた。とはいっても、相応の時間がかかるが。

『やめてください博士、それ以上は無理です!』

 何処からか悲鳴のような声が聞こえた。キルシュの方を見ると、どうやら彼女にも聞こえていたようで、音源と思われる方を見ていた。ススムも彼女にならって音源の方へと意識を向ける。その方向には、周りと比べると少々ボロボロな研究施設があった。そこのシャッターの上に設置された看板には『アトラス公認レオンハルト魔磁具開発研究所』と書かれていた。そこから先程とは違う、少々高い声が聞こえてきた。

『ふふふ、白衣君。限界だとおもったらそこで万事終了なのだよ。私は限界という物を信じていない。だからこそ、今、ここでこのようなことが出来るのだ!』

『冷静になってください博士、この前もここで全く同じことをして失敗したじゃないですかっ!それと、僕の名前は白衣ではなくキリーです!』

『そんな過去、私は知らんぞ』

『過去の過ちぐらい覚えておいてくださいっ!』

 聞いたことのある特徴的な高い声に、ブレーキの利かない猪突猛進な性格。そして、それに真っ向から反抗する男の声。ススムはこの二者のやり取りを聞いて特定の二者の姿を頭に思い浮かべた。

「あーー、また、やっているのですか」

 二人の会話を聞いたキルシュは、研究所の方へと歩き始める。ススムも、あの建物中で何が起きているのか大体見当がついているので、溜息をつきながら彼女の後を追いかける。

『だから、これ以上はやばいですって。まだ、戻れますから早く実験を中止してください!』

『ふっ、君も開発者の端くれとしてこの実験を為した先に行きたいとは思わないのかね』

『その先はいつものオチが待っているだけですって!』

『まったく白衣君は心配性だな、こうして、何の問題も……ん?』

 瞬間、ススムとキルシュの目の前にあった研究所は唐突に光輝き、爆発した。窓は弾け飛び、ガラスが粉々に降り注ぎ、建物の中からは黒い煙が出ている。建物の骨格や外壁はよっぽど丈夫に作られているのか、全くひび割れや倒壊も起こさずにそのままの姿をとどめている。爆音を聞いた周りの人々が徐々に集まってきた。

「全く、何回同じことを繰り返すのでしょうか」

 キルシュはそういうと、研究所の入り口であるシャッターの方へと歩いていく。

 『また、やったのかあの研究所は』『毎回毎回飽きずにやるわね』『もはや日課なんじゃないのか』そんな言葉を聞きながらススムもシャッターへと近づく。

 二人はシャッターから中を覗く。床には正体不明の色のしているいかにも怪しい液体や、何かの部品のようなものが転がっていた。焦げ臭い匂いのする研究所の中を、足元に気を付けながら二人で歩いていく。道中に誰もいなかったのはあまり気にしないことにした。

 少し歩くと、周囲の中で全く瓦礫がなく、むしろ更地の場所があった。おそらく、ここが爆心地であろうと予測した。ススムとキルシュは、二人で周囲を見渡す。すると、何かが瓦礫の中で動いているかのようなパラパラッという音がした。二人で音のした場所を見つめると、そこから白衣のやや華奢な体格の白衣の男と同じく白衣を身に纏った小柄な女性が姿を現した。二人は、少し咳をして、そのまま立ち上がり、自分の服についた煤や埃を払う。

「全く、あれほど止めたのに続けるからこうなるんですよ!」

 白衣の男は、攻めるような口調で白衣の女性に訴える。しかし、女性はそのことに反省する素振りを見せないどころか、ふっと鼻で笑う。

「まだわれわれには、この実験を成功に導く方程式の完成に至っていなかったということだ。私は、この実験を間違っているとは思っていないぞ。なぜなら、この私が算出した計算通りに行っているのだからな!」

 自慢そうに胸を張って、ドヤ顔で答える女性。その様子に「全くこのバカ博士は……」と手を頭に当てて溜息を吐く。

「少しよろしいでしょうか、お二方」

 キルシュは正反対の様子の二人に話しかける。彼女の姿を認識したとき、男性の顔が恐怖の色で染まり、女性のドヤ顔がこの世の終わりに直面しているかのような絶望した顔をしている。事実、キルシュのすぐ近くにいるススムからも彼女の恐怖のオーラを感じ取ることが出来ていた。表情は変化がないが、その眼には見つめただけで人を射殺すような力があるかのような錯覚も感じてしまうほどだ。その余りのとげとげしいオーラの前に二人の白衣は言葉すらも発することは許されなかった。下手なことを口走ったら確実にやられる。そんな予感をわが身に感じていたのだ。しかし、二人のその態度が余計にキルシュを苛立たせる結果となっていて、オーラの強さが高まっていっている。

「返事は」

「「は、はいいいぃぃぃぃぃいいい!!」」

 キルシュの声に二人は怯えきったように震えた声で答える。女性の方は今でも泣きそうである。

「全く、あなた方はいつもこんなことばかりして。だれが、この後処理をすると思っているのですか。あなた方は直接の被害だけでいいですが、私たち統制管理官はあなた方の破壊した器具の修理屋や再び注文をするために業者に連絡をしたりですね、周囲の人たちのクレームの対処であったり予算運用の変更とか大変なのですよ。あなた方のせいで何人もの渡世管理官が徹夜の犠牲になっているのです。そのことがお分かりですか」

 目の前にいる二人に対して、教師が生徒にするような説教をするキルシュ。

「だが、実験には失敗が付き物だぞ。キルシュ」

「でしたら、他の研究施設は実験をしていないことになりますね。あれ、おかしいですね。他の施設はあなた方よりもそれなりの成果を出していますよ。しかも、全く被害を出さずに。これは、研究所解体の可能性も視野に入ってしまいますね」

「そ、それは困る。そうしたら、私はどこで暮らせばいいのだ」

「アトラス島の外にある寂れた研究所ですかね、設備は何世代も前の物でしょうけど」

 「そ、そんな」と自分の将来に絶望する女性。そんな、彼女に見向きもせずに「それとキリー助手」と男性に向かって口を紡ぐ。

「あなたは優秀なのですから。このような結果になることは予想が出来たでしょう。羽交い絞めにしてでも止めるべきではなかったのではないですか」

「そ、それは、博士の命令で強行すると言われて、助手の僕では何も言えなくてですね」

「言い訳は結構です。博士になる日はまた遠のきましたね、キリー助手」

 「そんな」と上司の博士と同じようにキリー助手は非情な現実に絶望する。しかし、そんな心に致命傷を負った二人に対して、「まだ、話は終わりませんよ」と非常な言葉を投げつけるキルシュ。この状況をどうにかして打開しなくてはならないとススムは思った。このままでは、彼女特有の長い説教が始まり、いつまでたっても自分の予定が進まない。ススムは、あまり自分の時間を束縛されたくないので早く要件は済ませておきたかった。だからこそ、彼はキルシュに向かって言葉を紡いだ。

「それ、後にしてくれないか。俺にも予定があるんだけど」

 ススムの言葉を聞いたキルシュは「そうでしたね」といって白衣の二人への怒りの眼光を鎮めさせる。そのことに安心したのか、二人は、ほっと一息をつく。しかし、そんな二人に「また、来ますから。その時までにこの散らかった状態を何とかしてくださいね」と絶望的な一言をもらい再びうなだれる。しかし、女性はススムの方に近づき彼に向って口を開く。

「ススム、後で私のところに来てくれ。少々時間のかかる用でな。よろしく頼む」

 そう言うと、彼女は周りの瓦礫を掃除する作業に取り掛かり始めた。ススムは彼女に伝えられたことを頭の隅に叩き込む。約束は守るタイプなのである。

「少々時間を食いました。行きましょう」

 「ああ」とキルシュの声に答えて、建物の外へと向かって歩き出した。

「それにしても変わらないな」

 ふと、ススムは昔を思い出すかのようにキルシュに話しかける。

「はい、そうですね」とキルシュは同意する。

「相も変わらずにキリーの奴はあいつにこき使われているな、後始末とか大変そうだ。確かあいつ、最近彼女が出来たとか聞いたな。俺の旧知の中では一番に恋仲になったわけだ」

「この前の休暇で、深夜デートまで行けたようですよ」

 「へえ」と意外な情報とそのことを知っていた彼女に一瞬驚いたが、そういえば前からこいつは何でも知っていたなと思い出す。

「そして、あいつ。あいつの猪突猛進具合も変わっていない。学生時代は何度か巻き込まれたのもいい思い出だな」

「ですが、最近は不振が続かずに、中央研究室から左遷されました。彼女のこれからが心配で仕方がありません」

「だからこそのあの説教か、納得いった。でもな、キルシュ。お前はあいつのことを過小評価している。なんたって、あいつは革命児レオンハルトだぜ。この程度の状況どうとでもしてくれるさ」

 ススムは学園に在学中の時にレオンハルトのかましてきた奇行や発明を思い出しながら、そう断言する。そんな彼の言葉に「それもそうですね」とキルシュは答える。

「では、行きましょう。時間も押していますから」

 彼女がそのように言うと同時に、二人は研究所から外へと出た。


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