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ピエロ  作者: 縣.
1/3

一人のピエロが、路上ライブをしていた。

昼下がりの大きな公園のきれいな路上で。

老若男女の大きな人だかりができる中。


大きなボールに乗って逆立ちをしようとし、

ピエロがボールから落ちた途端、どっと笑いが起こる。


その中で私、シェリアは泣いていた。

背後には、別れたくても別れられない彼、グランツが

ピエロに嫉妬しながら私を見ていた。


いわゆるDV男。

別れると口に出せば殴る脅すでドロ沼化していた。


ピエロは、音楽に合わせて陽気に踊る。

小さい子どもが彼に合わせて上機嫌に踊る。


仮面の下の目と、シェリアの目が合った気がした。


踊りながら華麗なステップでシェリアに近づいたピエロは、

そっとシェリアの涙をぬぐい、ステッキを取り出す。


驚いた顔のシェリアがピエロからステッキを受け取った瞬間、

ステッキはきれいな花束に変わった。


“笑って”


そう言われた気がして、へたくそながらにシェリアが微笑むと、

ピエロは嬉しそうにまた観客の真ん中へ戻る。


シェリアが持った花束を振り回し、飛ばしながら。

花束が宙を舞うだけ、観客から笑顔があふれる。


シェリアの顔も、いつの間にか笑顔になっていた。


最後にピエロは小さいブラックボードを取り出し、絵を描く。

かわいいピエロと、店の名前と開店時間、店への地図を

書いた後、横に帽子をそっと置いて片づけを始めた。


小さい子どもまでもが、手に握りしめたチップを帽子に入れ

ピエロの真似をして踊り始める。


それを見たピエロが子どもの真似をし、子どもはまた笑う。

シェリアもそっとチップを帽子に入れたが、グランツは入れなかった。


「入れないの?素敵だったじゃない」

「いや。絶対入れない決まりでもあるのか?」

「ないけど…」

「じゃあいいだろ。ほら、行くぞ」


怒ってる。

本能が危機を察知し、シェリアはグランツに従った。

後ろでピエロが、帽子とブラックボードをしまっていた。




「…来ちゃった…」

シェリアは、昼間見たピエロが書いた店の前にいた。

そこは小さな酒場で、中に入るとトラスに囲まれた、

つまづく程度に盛り上がった大きなステージが奥にそっとあった。


少し薄暗い、レトロな店だ。


注文を取りに来た若い男性にうながされ、この店の新作を頼む。

料理が届いたのと同時、ステージにピエロが現れた。


昼間とは違うパントマイムを演じ、観客を沸かせる。

薄暗さが逆にいい味を出す、素晴らしい演劇だった。


彼がひっこんだ後、舞台で劇が始まった。

今日はこの店オリジナルの悲劇の日らしく、舞台はハラハラの

連続でこちらまでひどくヒヤヒヤした。


劇の区切りの間にシェリアはワインを頼んだ。

間もなくワインは運ばれてきた。


「えっ!?」

ワインを運んできたのは、昼間のピエロだ。

軽く一礼し、ワインを置こうとしていたが、シェリアの大声にびっくりして、

ワインを持った手をビクッ!と震えさせた。


困ったように見上げるピエロに、シェリアは何故か安堵感を覚えた。

昼間の嫌なこと──グランツの束縛を思い出し、思いがけず

涙が頬をそっと伝う。


困惑した様子で、ピエロはそっとシェリアの涙をぬぐう。

そして、思い出したように、昼間シェリアに渡したステッキを渡す。


「昼見たわよ。花でしょ?」


首を横に少しかしげるだけのピエロに少々のいらだちをこめ、

ステッキを受け取った瞬間、ステッキがポン、と弾け

大きなバナナのような形になった。


いつの間にか、シェリアはまたも笑顔になっていた。

笑顔になる分、思い出すグランツの嫌な束縛。


またも涙はそっとこぼれた。


バナナを回収しながら、ピエロが困った雰囲気を出す。

頭を撫でたり、小さいパフォーマンスを繰り返してくれるが、

私の目には何も映りこまなかった。


悲劇が始まってもこんな調子だったシェリアを、ピエロは店の

外の人気のあまりないところに連れ込んだ。


涙を拭ったり、頭を撫でてもらったり、ピエロは優しかった。

にこにこ笑う仮面の下は分からないが、シェリアには

その優しさがとても嬉しかった。


「ありがとう、ピエロさん。もう大丈夫よ」

そうかな?と、ピエロは両手を顔の横で少し揺らす。

「本当に大丈夫。何だか元気出てきた」

すると、彼は右手の親指と小指を立て、口元でグッグッと揺らす。

飲み過ぎた?とバカにされているのだ。

「そんなんじゃないわよ、もう!」

腹を抱えて笑うモーションをするピエロに若干腹立ちながらも、

心にあたたかい風がそっと吹き込む。


「また来てもいいかしら?」

ピエロは首を縦に大きく振り、店までまた案内してくれた。


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