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彼女の行方

56 伊知の屋敷の前


   私服の笠置と真奈が通用門の前に立っている。

   中から出てきた麻衣が首を振る。


真奈「いるんでしょ?」

笠置「会わせて下さい。伊知に会わせて下さい」

麻衣「もう、いないものと思って下さい。あの子はもう、この世にいないものと」

笠置「それでいいんですか? 本当にそれでいいんですか?」

真奈「あなた母親でしょ?」

麻衣「運命なのよ! どうしようもないのよ!」


   喚き散らす麻衣。


真奈「入れて下さい。とにかく中へ」

麻衣「いけません。なんぴとたりとも通しません!」


   乱れた髪で睨み付ける麻衣の気迫に圧せられる真奈。


笠置「僕らは決して諦めませんから」


   そう言って、真奈の肩を引く笠置。



   

57 ワンルームマンションの一室(夜)


   黒い服の笠置が両側から男達に抑え込まれながら入ってくる。

   部屋の中にいるのは公安の白石。

   後から入って来た男がリュックを床に投げる。


白石「逸る気持ちは分からないでもない。しかし、俺達の監視の目をかい潜るなんて出来やしない。こっちもプロなんだ」

笠置「あんたら警察だろ? 市民を守るんじゃないのかよ?」

白石「国家の治安を守るんだ。神の子は恐れられ、そして待ち望まれている。安らかに産ませなくてはならないんだ」

笠置「安らかに? 安らかにだと? 人が死ぬんだぞ?」

白石「世の中にはどうしようもない事があるんだ。それを知るんだな」

笠置「伊知は絶対に助け出す。絶対だ」

白石「不可能だ。高城の奴もどうにかしようとしたが、どうにもならなかった。無駄死にだ」

笠置「でもどうにかしようとした。あんたらとは違う」

白石「お前に何が分かる! 俺とあいつとは三十年来の付き合いだ。三十年だぞ? それをあいつは一言の相談もなしにやりやがった。結果、あの様だ。どうにか出来るならとっくにやってるんだ!」

笠置「ならどうしたらいいだよ!」

白石「だからどうしようもないんだよ! 神だなんて俺は本気にしていなかった。だが本当にいやがった。なら上の連中が言ってることも本当なんだろうよ。あれが本気で怒り狂えばとんでもない災厄がやって来る。何十万人と死ぬんだそうだ。はっ、信じられるか? 何十万人だとよ。しかも楽観的な数値だと抜かしやがった」

笠置「伊知はそれを知っていたのか?」

白石「そんな事、俺が知るか。くだらない因習に縛られているだけかもしれない。神の力を感じ取ったのかもしれない。未来を観たのかもしれない。知るかよ。ただあの少女は全てを受け容れる覚悟を固めたんだ。俺達は馬鹿面下げて見守るしか出来ないんだよ!」


   白石が側にあった椅子を蹴り飛ばす。


笠置「うおおおー!」


   暴れる笠置だが、男達に抑え込まれていて身動き出来ない。


笠置「諦めるなんて出来ない。出来る訳ないだろ!」


   白石が笠置の前にしゃがみ込んで静かに言う。


白石「お前に残された道は一つしかない。糞みたいな道だが、一つしかないんだ」


   声を押し殺して泣く笠置。


白石「ここで諦めるか。まだ食らい付くかだ」


   笠置が黙り込む

   やがて顔を上げる。


笠置「分かった。どうあろうとも、伊知には絶対会う」

白石「そうだ、これしかないんだ。お前も受け容れるんだ、糞運命とやらをよ」


   白石が目配せをして、笠置の両脇を抑えていた男達が手を離す。

   笠置が床を殴り付ける。



   

58 笠置の家の前


   新興住宅地の一戸建て。

   配達人から、郵便小包を受け取る笠置。

   送り主が『大峰伊知』

   慌てて箱を開けると、古めかしい金の懐中時計と、クリスマスカード。

   『時はあなたと共に』と手書きのメッセージ。

   プレゼントとカードを抱き締める笠置。

   



59 伊知の屋敷の最寄り駅前

   三年半経った春の日。

   かつて伊知と来た牛丼屋Aのある駅前。駅に向かう母子が通り過ぎる。

   改札前に立ち、懐中時計で時間を確かめる笠置(22)。安いジャケットにスラックス。髪は短く無精ヒゲ。

   そこへリクルートスーツ姿の真奈(21)が改札口から走ってくる。


真奈「悪い遅れた、笠置君」

笠置「大変そうだね、室生」

真奈「三流大学だとね」

笠置「じゃあ、行こうか」


   二人並んで歩き出す。



   

60 伊知の屋敷の前


   笠置と真奈が通用門の前に立っていると、麻衣が出てくる。


笠置「県警警備部警備第一課霊威対策係の笠置です。職務により、面会に上がりました」


   警察手帳を開ける笠置。

   ジッと笠置を見る麻衣。




61 伊知の部屋


   変わらない伊知の部屋。

   パジャマ姿の伊知(21)がベッドに腰掛けている。しかし視線は定まっていない。

   入り口で少しためらってから、笠置と真奈が中に入る。


真奈「来たよ、お伊知」

笠置「ごめん、遅くなった」

真奈「ううん、来れただけ良かった」


   伊知の頬を撫でる真奈。しかし魂の抜けた伊知は無反応。

   笠置も伊知に近付く。その手をそっと握る。


笠置「温かいのに」

真奈「お伊知、遅くなったけど、クリスマスプレゼント」


   真奈がカバンから小さな陶器の人形を取り出し、手に握らす。


笠置「僕も」


   笠置もジャケットからネコのぬいぐるみを出す。


笠置「時計、ありがとう」


   胸ポケットから懐中時計を出す。それを伊知の目の前に吊すが、やはり伊知は無反応。

   笠置の顔に失望の色が広がる。


真奈「良いの貰ったんだ。私は参考書とお伊知の日記だったよ」

笠置「先代の人のだと思う」


   二重になっている裏蓋を開けると、「ALL MY LOVE,1900」と彫られている。




62 伊知の娘の部屋


   古い和室。

   二歳半の伊知の娘・伊佐が積み木で遊んでいる。その側に行って、真奈が一緒に遊び始める。


麻衣「男性は近寄ってはなりませんから」

笠置「ええ、分かっています」

伊佐「キリンさんをつくるの」

真奈「伊佐ちゃんはキリンさんが好きなの?」

伊佐「せがたかいから」

笠置「伊知さんの面影がありますね」

麻衣「内面は一切引き継がれていませんが」


   伊佐を見る笠置の表情は硬く、どこか怒りも垣間見える。

   伊佐の首には例の巾着袋がある。

   一応仲良く伊佐の相手をする真奈。

   伊佐は笠置を見るが、人見知りをして避ける。

   帰り際、伊佐に声をかける笠置。


笠置「さようなら、伊佐ちゃん」

伊知「笠置君」


   振り返ると、伊佐がジッと笠置を見ている。


伊知「真奈、笠置君、私、楽しかったよ」


   伊佐から発せられたのは、確かに伊知の声。


真奈「お伊知……」

伊佐「バイバイ」


   子供らしく無邪気に笑う伊佐。

   微笑みを浮かべる笠置と真奈。


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