彼女の願い
15 駅前の繁華街(別の日・昼過ぎ)
制服姿の三人が横一列に並んでいる。
笠置「ここ?」
真奈「ここ」
うなずく、真奈と伊知。
二人の前にはチェーン店の牛丼屋A。
16 牛丼屋A・店内
笠置の後を、怖々と入っていく伊知と真奈。
笠置がカウンターに座る。一つ開けて座ろうとする伊知の肩を掴んで、笠置の隣に座らせる真奈。何か言いたげに真奈を見る伊知だが、真奈は首を振って許さない。
店員「ご注文はお決まりですか?」
笠置「牛丼大盛り」
黙っている伊知。
覚悟を決めた顔でようやく口を開く。
伊知「牛丼並、つゆだく、……ギョク」
真奈「牛丼並、あ、ポテトサラダも」
店員が去る。
真奈を見て、嬉しそうに笑う伊知。ニヤリと笑う真奈。
真奈「言えたね」
伊知「言えた。ギョクまで頼んだ!」
覚めた顔で二人を見ている笠置。
笠置「え? 何なの?」
真奈「お伊知は牛丼屋さんに来たかったんだ。でも女子だけじゃ入りにくいじゃない?」
伊知「思ったほど殺伐としてないな」
真奈「カウンター越しで喧嘩が始まるって聞いてたのにね」
笠置「どこの情報だよ」
あきれ顔の笠置。しかしはしゃぎ気味の伊知を見て、少し笑う。
注文の品が来る。三人食べ始める。
嬉しそうに食べている伊知を見ている笠置。
伊知「何?」
笠置「そんなに美味そうに牛丼食べる人って初めて見るからさ」
伊知「人が食べてるところ見るなよ」
丼を笠置の反対側に移動させる伊知。
真奈「お伊知って、食べてるところ見られるの嫌がるよね」
伊知「食べかけを見られるのが嫌なんだよ」
真奈「自意識過剰だね」
笠置と真奈を睨んで牽制した後、食べるのを再開する伊知。
真奈「面白いでしょ?」
伊知を指さしながら、笠置に言う。
17 牛丼屋Aの外(夕方少し前)
店から出てくる三人。
真奈「あー、食った食った」
大きく伸びをする真奈。
伊知「そういうの、下品だって前から言ってるよな?」
真奈「はいはい、お嬢様」
笠置「じゃ、僕こっちだから、また明日」
右を指さし歩きかける笠置の肩を掴む真奈。
真奈「お伊知は逆方向なんだよ。そして私は電車。後は、分かるな?」
伊知「いいって、真奈」
伊知を片手で制する真奈。
真奈「分かるな?」
有無を言わさぬ迫力のある顔で笠置を見る真奈。
18 古い住宅街の道~伊知の屋敷の前(夕方)
古い住宅街を通る。
無言で歩く、笠置と伊知。
ようやく口を開く笠置。
笠置「室生と仲良いよな」
伊知「うん」
沈黙。
伊知「あ、ここだから」
笠置が見ると、結構なお屋敷。塀が高くて、中の様子が一切分からない。
大きな門の横の、通用門のインターホンを鳴らす伊知。
中から薄汚いジャケットを着た男・高城が出てくる。
笠置「あ、こんばんは」
伊知「こいつは関係ない奴だ」
鋭い目で高城を見る伊知。
高城「そうありたいものだ」
そのまま立ち去る高城。
次に中年女性が出てくる。伊知の母、麻衣だ。
麻衣「おかえりなさい」
伊知「ただいま」
そのまま通用門を潜ろうとする。
麻衣「送ってもらったお礼は?」
伊知「う、今日はアリガト」
笠置「また明日」
伊知「また明日」
伊知が通用門を潜る。
麻衣が自分を見ていることに気付く笠置。
麻衣「私、伊知の母です」
笠置「あ、どうも」
麻衣「今日は伊知の面倒を見て頂いたようで」
笠置「いや、面倒って程じゃ」
麻衣「今日を楽しみにしていたんですよ」
笠置「そうなんですか?」
麻衣「これからも、あの子と仲良くしてやって下さい」
深々と頭を下げる。
慌てて頭を下げ返す笠置。
麻衣「真奈ちゃんも良くしてくれていますが、あの子には、もっと人が必要なんです。側にいてくれる人が」
笠置「いや、僕は……」
麻衣「急にこんな事を言って驚かれるとは思いますが、あの子には時間がないんです」
笠置「それって、病気、とか?」
麻衣「いいえ、呪縛です」
笠置「呪縛、ですか?」
麻衣「そう言うしかありません。あの子がいつも下げている袋。あの中には、古くから伝わる神の依り代が入っているのです。そして神も共に」
笠置「あの、霊を食べる?」
麻衣「そう。神の強大な力の前には、ただの霊などものの数ではありません。そして生身の人間も。あの子は神に仕える運命。誰にも逆らえない運命なのです」
笠置「運命……ですか。よく分かりません」
麻衣「神に見初められた一族の女は、神に仕える、それが古代から続く運命。現代においてもなお、その運命から逃れる事は出来ないのです。ただ、高校卒業まで待ってもらうと言うのだけは、神の許しを得ることができたのです。おかしな話ですが」
麻衣はそう言って、少しだけ笑う。
笠置「高校を卒業すると?」
麻衣「一生この屋敷の中です。生涯出ることは許されません。神に仕え続けるのです」
笠置「でも、僕に何が出来るか……」
麻衣「思い出を。ただ、あの子に良き日々の記憶を」
笠置「思い出……」
麻衣「あなたの年では分かりにくいかもしれません。しかし、今この時の大切さは、何ものにも代えがたいものなのです。今の記憶は、きっとあの子の支えになってくれる」
笠置「そう、それが僕に出来ることなら」
麻衣「お願いします。いきなりこんなお願いをするのは、心苦しいのですが」
笠置「いいえ、僕はもう、無関係な人間ではありませんから」
笠置が笑みを浮かべる。
通用門の向こう側では、伊知がずっと話を聞いていた。そっと塀に背を預ける。
既に日は落ちている。
19 三年二組の教室(翌日)
放課後、真奈が帰り支度をしていた笠置に顔を近付けてくる。
真奈「さて、まだまだ終わりじゃありませんよ!」
笠置「いいよ、何すればいい?」
真奈「あれ? 理解あるね」
笠置「まぁね」
真奈「お伊知にはまだまだ行きたいところが一杯あるんだよ。でも女子二人で行くのは恥ずかしいとか言ってさ」
笠置が伊知を見る。
伊知は下を向く。
笠置「じゃあ、それの完全制覇か」
真奈「そう、その通り!」
真奈が天を指さす。
20 ラーメン屋A
ラーメンをすする三人。制服。(席順は、笠置、伊知、真奈の順で固定)
21 ゲーセンの前~二階(別の日)
店の前で私服で待つ笠置。
私服で来る真奈と伊知。伊知は真奈の後ろで恥ずかしげにしている。
笠置もちょっと照れる。
一階のプライズゲームのコーナーを指さす笠置。首を振る伊知。
三階のアーケードゲーム機コーナーに足を踏み入れる三人。薄暗い店内。
格闘ゲーム機で対戦に熱中する伊知と真奈。真奈が勝ってガッツポーズ。
22 牛丼屋B(別の日)
牛丼屋Aとは違う系列の店。
牛丼を食べる三人。制服
23 バッティングセンター(別の日)
私服。
ヘロヘロなスイングで空振りをする伊知。
それなりのスイングだが、やはり空振りをする笠置。
かっ飛ばす真奈。
真奈にスイングを教えてもらう伊知。
ヘロヘロながらも球に当てる伊知。
やはり空振りする笠置。
笑って指さす真奈と伊知。
24 ラーメン屋B(別の日)
ラーメン屋Aとは違う店。
ラーメンをすする三人。制服。
ひと息入れた伊知のゆで卵を失敬する真奈。
怒って真奈の具を狙う伊知。その隙を突いて、伊知のチャーシューを失敬する笠置。
恥ずかしさで顔を真っ赤にして震える伊知。
25 フィギュア屋(別の日)
私服。
フィギュア売り場で、アニメキャラのフィギュアを陶然と眺めている伊知。
26 焼き鳥屋(夜)
四人がけのテーブル。椅子の一つに大きい袋を置いてホクホク顔の伊知。
笠置「フィギュアとか好きなんだ? オタク?」
途端に膨れっ面の伊知。
伊知「可愛いからいいだろ」
真奈「可愛いもの好きなんだよ。今度部屋に行ってみるといいよ。面白いから」
伊知「駄目! 絶対駄目!」
顔を真っ赤にして拒否する伊知。
笠置「いや、別に見たくないけどさ」
それはそれで複雑な顔の伊知。
店員「お待たせ! ねぎま塩、もも塩、皮塩、手羽先、ねぎまタレ、ももタレ」
真奈「ではでは、カンパーイ」
烏龍茶、ジュースで乾杯。
伊知が串を前に首を傾げ、キョロキョロと周囲の客を見回す。
大人達は串にかぶり付いている。
でも伊知は、箸で身を串から落として食べる事にする。
真奈「お上品ですわね。お嬢様」
伊知「いいだろ、別に」
真奈「せっかく来たんだから、ガブッといっちゃいなよ」
そう言って、串にかぶり付く真奈。
串を手に取って悩む伊知。
大きく口を開けたところで、笠置の視線に気付く。
伊知「見るなよ」
わざと大げさに顔を背ける笠置。
思い切ってかぶり付く伊知。嬉しそう。
27 古い住宅街(夜)
伊知の家への帰り道。伊知と笠置が並んで歩く。伊知の荷物を笠置が持ってやっている。
伊知「ありがとう」
笠置「そんなに重くないよ」
伊知「そうじゃなくて。私の我が儘をずっと聞いてもらって」
笠置「ああ、それは僕が先に願いを聞いてもらったから」
伊知「あれにしても、君とは関係なかっただろ? 何でそんなに優しいんだ?」
笠置「優しい? 優しいか。別にそういうつもりはないんだけど」
伊知「でも優しい」
笠置「うーん、気になるのに放って置いたら後味が悪くなるだろ? それが嫌なんだよ。結局は自分の為だよ」
伊知「そうなのかな? 私は最初から何も見ない、何も気にしない。ずっとそうしてきた」
笠置「でも大峰さんは僕を助けてくれた。僕に迫ってきた霊を祓ってくれた」
伊知「あれは、その」
困ったように首を傾ける伊知。
28 伊知の回想・住宅街の道(夜)
学生鞄の他に書店の袋を下げた笠置が、片側一車線の道の歩道を歩いている。
車道を挟んで反対側を歩く伊知が、向こうから来る笠置に気付く。驚いた後に、ちょっと嬉しそうな顔。
笠置が住宅街の中の生活道に入っていくのを見る。
急に表情が険しくなる。
立ち止まって考え込むが、考えを決め、走って道路を横断する。
29 元の古い住宅街(夜)
うつむいて、顔を赤らめている伊知。
伊知「あれは、真奈のせいだ」
拳を握って決め付ける。
笠置「室生の?」
伊知「あいつはすごいお節介なんだ。それが私に伝染ったんだ」
笠置「でも良い事だよ」
伊知「つらいだけなんだ」
伊知が胸の巾着袋を握る。
伊知「シロ様の事は母から聞いてるな?」
笠置「その、神様の事?」
伊知「そう。私の神様。シロ様。私はもうすぐ独りになって、シロ様に仕え続けるんだ。もう、時間もあまりない」
笠置「それはどうにもならないの?」
伊知「どうにもならない。運命だ。最近、ちょっと忘れそうになるんだけど」
笠置「今だけは忘れていたら良いよ。そして今、この時をずっと憶えておくんだ」
伊知「そうだな。君はやっぱり優しい奴だ」
そう言って微笑む。
屋敷の前の二人。
伊知「じゃあ、今日もありがとう」
笠置「どう致しまして、お嬢様」
笠置が伊知に荷物を差し出す。笠置は袋の取っ手を持っているが、伊知は別の場所を掴んで受け取る。
伊知「あの!」
笠置「ん?」
伊知「あの、また明日」
笠置「うん、また明日」
手を振って立ち去る笠置を見送る伊知。巾着袋を握る。