彼女の持つ巾着袋
1 葦ヶ丘高校・正門前
季節は夏の終わり。二学期の始まり。
県立葦ヶ丘高校。
正門から見た校舎正面。築三十年程度のありふれたコンクリート建築。
2 廊下・三年二組の教室前
教室扉上に掲げられた「三年二組」のプレート。
3 三年二組の教室
ガヤガヤ、ゴトゴト、騒がしい教室。
黒板に「席替え」の文字。席を表わす枠に、1から順に数字が書かれている。
紙切れを指に挟んで、机を運んでいく、笠置浩廉。やや長い髪にひょろ長い背格好。
男子A「笠置、席どこよ?」
笠置「一番後ろ」
男子A「昼寝席かよ」
笠置「行いの差」
ニヤリと笑いながら、窓際から二列目の最後尾に机を降ろす。
笠置の隣である窓際の席で、無表情に外のグラウンドを眺めているのは大峰伊知。
肩にかかる黒いくせ毛。長いまつげに大きめの目。
伊知を見て、思わず動きが止まる笠置。
4 回想・住宅街の道(夜)
無表情な伊知の横顔。
その伊知を見る笠置。
二人の正面にいる長い髪の女。
5 元の教室
笠置が伊知に声をかける。
笠置「君って……」
顔だけ動かして笠置を見るが、すぐにまた窓の外へと顔をやる伊知。
ドカドカと音を立てながら、伊知の前に机を運んでくる女子、室生真奈。
赤みがかった髪を後ろで束ねて背中に垂らしている。口が大きく、愛嬌がある。
真奈「お伊知ー、また来ちゃったー」
伊知「真奈は押しかけ女房だ」
そう言いながらも少し笑う伊知。
真奈が自分達を見ている笠置に気付く。
真奈「隣は笠置君だね。一応自己紹介。私、室生真奈。この子、大峰伊知。お伊知、感じ悪く見えるけど、単に人見知りなだけだから。よろしくね」
そう言って、笑いかける。
そっぽを向いている伊知の顔を無理矢理笠置の方へ向けて、もう一度。
真奈「よ・ろ・し・く・ね!」
笠置「あ、ああ。こっちこそよろしく」
伊知「……(小声で)よろしく」
担任の若い女性教諭が手を叩く。
担任「よし、今日から二学期。新しい席で気分一新頑張れよ。いいな?」
クラス一同「おいーっす」
無言の伊知に真奈が迫る。
真奈「おいーっす」
伊知「……(小声で)おいーっす」
顔を赤くして従う伊知。
笠置に見られているのに気付いて、またそっぽを向く。
6 三年二組の教室(別の日)
数学の授業中。
板書を取りながら笠置がチラリと伊知を見る。
伊知は窓の外を見ながら首から提げた小さな赤い巾着袋を触っている。
7 回想・住宅街の道(夜)
伊知が首から提げた巾着袋を手に取る。
巾着袋が内側から光り出す。
8 元の教室
笠置が伊知の巾着袋を見ている。
赤い布地に金糸で刺繍の施された巾着袋。大きさは三、四センチ程。
それを伊知はずっと触っている。
9 三年二組の教室(昼休み)
好き好きに弁当やパンを食べるクラス一同。
マンガ雑誌を読みながらパンを食べている笠置。伊知の巾着袋が気になって目を遣る。
笠置の視界に真奈の顔がアップで入り込む。
真奈「何ですかな~?笠置殿」
笠置「何って何?」
真奈「ずっとお伊知を見てるでしょ?」
その言葉で初めて気付いた伊知が、お箸を口元に運んだ状態で笠置を見る。驚きの表情のまま固まっている。
唾を飲んで、覚悟を決める笠置。
笠置「その袋だけど……」
途端に伊知の顔が厳しくなり、お箸を置き、巾着袋を両手で掴む。
伊知「お前には関係ない」
笠置「いや、どうしても知りたいんだ」
笠置が椅子を伊知の席に近付ける。
伊知が壁際に身を寄せる。
笠置「まず、僕の事から言う」
伊知と真奈を見る。
笠置「僕は……霊が見えるんだ」
真奈が少し身を乗り出す。伊知は身動きしない。
10 回想・古い住宅街の道(夜)
古い住宅街の生活道。
夏の制服姿の笠置。学生鞄の他に、書店の袋を下げている。
足が止まる。
顔が歪む。
視線の先、街灯の下にたたずむ、髪の長い女。ゆっくりとこっちを向く。
笠置「悪いけど、何もしてやれない」
女が顔を上げる。顔色は真っ白、唇は紫色。
ゆっくりと近づいてくる。
笠置「僕は、見えるだけなんだ」
さらに近付く。両手を前に伸ばしてくる。
笠置は後ずさろうとするが、足が地面に張付いて動かない。
女の動きが止まり、笠置の横を見る。
そこにいるのは制服姿の伊知。無表情に女を見つめている。
伊知は、首から提げた巾着袋を手に取ると、女の方へとかざす。
伊知「シロ様。お願いします」
巾着袋が内側から光輝き出す。
笠置が驚いた顔でそれを見ている。
女が大きく口を開けて伊知を威嚇する。
巾着袋から白い粘り気のある塊が飛び出す。
塊は巾着袋から離れる事なく伸び続け、女の目の前で一メートル以上の球形を形作る。
球形が二つに裂けて口のようになり、その口から女に喰らい付いて、一気に呑み込む。
白い塊は吸い込まれるように巾着袋に戻る。
伊知は踵を返し、何事も無かったかのように立ち去る。
その後ろ姿を見つめる笠置。
11 元の教室
伊知は硬い表情のまま。
伊知を真剣な表情で見る笠置。
笠置「君は、霊を祓えるんだね」
伊知「お前には関係ない」
笠置のすぐ側にある弁当箱に手を伸ばして、そっとフタを閉める。
笠置「君に頼みがあるんだ」
伊知「私には関係ない」
二人を見比べている真奈。
真奈「いいじゃない、お伊知。話ぐらい聞こうよ。どんな話?」
笠置「祓って欲しい霊がいるんだ。家に取り付いていて、その家をずっと不幸にしている」
弁当箱が気になる伊知。笠置と見比べている。
真奈「その家って、君の家?」
笠置「いいや、近所の家。この前は奥さんが自殺未遂をした。見てられないんだ」
伊知「他所の家なら、お前に関係ないだろ」
弁当箱を机の端にいる自分の方へ寄せる伊知。
それをまた机の真ん中に戻す笠置。
笠置「関係ないで済ませられる訳無いだろ」
伊知に顔を近付ける笠置。
のけぞるが窓に頭を打ち付ける伊知。顔が赤い。目を逸らす。
伊知「でも関係ないだろ。私にはもっと関係ない」
真奈「でもシロ様ならチョロいでしょ?良いチャンスじゃない。お願い聞いてあげようよ」
笠置「チャンス?」
伊知「真奈!」
焦った様子で真奈に顔を寄せる伊知。
それを手で制し、伊知の耳元に何やらささやく真奈。
戸惑う顔のまま、しばらくしてうなずく伊知。
真奈「後でこっちのお願いも聞いてよ。交換条件」
伊知「それで霊を無くしてやる」
弁当箱を引き寄せる伊知。
12 住宅街(夕方)
一戸建てが並ぶ新興住宅地。その生活道に立つ、学校帰りの笠置と伊知、真奈。
三人の目の前、少し離れたところにある家は、そこだけ色彩が落ちて見える。
そして家の前に一人のショートカットの若い女が立っていて、家をジッと睨み付けている。
笠置「あれだよ」
真奈「いや、私は見えないんだけどね」
笠置「大峰さん、頼む」
伊知「何でも喰ってもらえばいいというものじゃない。まずはどういう霊か見る」
伊知が霊をジッと見る。
13 霊の内面
霊の内面がフラッシュバックで通り過ぎる。
× ×
オフィスのあるビルの廊下。
女と中年の男がキスをしている。
× ×
ラブホテル。
女と中年の男がベッドに横たわっている。男が何かを喋り、女が嬉しそうに男にすり寄る。
× ×
オフィスのあるビルの廊下。
冷たく女を置いて立ち去る中年の男。
× ×
家に押しかける女。
突き飛ばす中年の男
× ×
自分の部屋で暴れる女
男の家族写真を針で刺していく。
× ×
部屋の中で首を吊る女
14 元の住宅街
口元を抑えて吐きそうになる伊知。その背中をさする真奈。
真奈「また見たくないもの見ちゃった?」
うなずく伊知。
伊知「消えた方がいっそいい」
巾着袋を手に取る伊知。
伊知「シロ様。お願いします」
白い塊が飛び出し、一瞬で霊の女を頭から呑み込み、また元に戻る。
息を呑んで伊知を見る笠置。
視線に気付いて顔を背ける伊知。少し暗い顔。
伊知「終わりだ」
真奈「終わり? いつも早いね」
笠置「ありがとう。助かった」
伊知「お前には関係のない家なんだろ?」
笠置「でも助かった。ありがとう」
しばらく見つめ合うが、すぐに顔を逸らす伊知。
真奈「さて、と」
笠置の肩を後ろから掴む真奈。
真奈「次はこっちの番ですよ?」
笠置の顔を覗き込む真奈。