室町時代の腐女子が書いた『源氏物語』の同人誌www
『源氏物語』は超絶イケメンの貴公子ヒカルが美少女を次々と攻略していく元祖ハーレムもの小説である。しかし腐女子はやはり視点が違った。ヒカルの兄、スザクとヒカルの「スザク×ヒカル」のカップリングものをどうしても書きたかったようだ。
作者不明『雲隠六帖』
誰もがまだ寝静まっている静かな明け方、ヒカルは山奥の寺に到着した。
そこは出家したスザクが隠居生活を送っている寺だ。
ヒカルの突然の訪問にスザクは驚いた。ヒカルのボロボロの姿に、何事かと問いただした。
「だ、大丈夫か?こんな朝早くに、君ほどの人間がどうして…」
問いただしながら、スザクの胸は高鳴った。
『こうしてヒカルに会うのは、一体いつぶりになるのだろう?あのとき僕はなにもかもが嫌になってしまって、こうして山奥の寺に出家してしまった。もしかしてヒカルは、そんな僕のことを追いかけて…?』
二人はひさしぶりの再開を抱き合って喜び合った。しかし、ヒカルの顔はさえない。
青白くて生気の欠けるヒカルの顔を見て、スザクは心配になった。
沈黙が二人を包む…。
「弟よ、いったいどうしたというのだ?君ほどの男が、訳もなくこんな人里離れた山奥の寺を訪れるわけがない。理由を教えてくれないか?」
スザクの質問に、ヒカルは重い口を開く。
「…兄さんの後を追いかけてきたんだよ」
その言葉にスザクはドキッとした。
「兄さんが地位も名誉も捨てて、お坊さんになってしまった理由が僕にも分かったんだ。…イケメン?それがどうした。金持ち?それがどうした。天才?それがどうした。僕は最愛の妻を、彼女を守ることすらできなかったんだ!」
こうしてヒカルは愛する妻が病気になって死んでしまったこと、それが悲しくてこの世の全てがバカバカしくなってしまったこと、兄と一緒に自分も出家してしまおうと思ったこと…などをスザクに打ち明けた。
「愛する者の死が、悟りへの道のきっかけになったんだね」
スザクは優しい口調で続ける。
「彼女は最愛の妻どころか、君にとってはこの世の全てだったんだね。貴公子としてその名を轟かせたあの光源氏がここまで落ちぶれてしまうなんて…。ああ、女という生き物はなんて恐ろしいんだ。でも、落ち込んでいる君も……」
「え?」
「…いや、なんでもない」
落ち込んでいる君も美しいと言いかけて、スザクはやめた。
『私はもう俗世を捨てて出家した身なのだ。何をいまさら…』
さまざまな感情が、山暮らしの静かな生活の中で培われたスザクの澄み切った心をかき乱した。
「い、今はもう…、彼女の話をするのはやめよう!」
胸を押さえながらスザクは叫んだ。
彼の突然の変貌にヒカルはきょとんとしている。
「…いや、これ以上君の奥さんの話を続けても、ただ悲しいだけじゃないか。君のためにも、彼女のことはもう忘れてしまおう」
スザクは涙ぐんでいる。
そんなスザクを見て、なんて優しい兄なんだ…とヒカルは感動した。
主の不在が発覚したヒカルの邸宅は大騒ぎだった。
一月一日だというのに、主人公のヒカルがいないのでは盛り上がらない。人気者の居ないパーティーほどむなしい物はないのだ。
「人が病気になって死んでしまうのが世の常なら、大切な人を失った人間が出家してしまうのもまた世の常か。こればかりはどうしようもない…。でも、せめて事前に行き先を伝えてから出家するのが昔からの常識じゃないか。いったいヒカル様はどこへ行ってしまったんでしょう?」
そういってヒカルの子供達は嘆き悲しんだ。
残された彼らも出家してしまいたい気分だった。
いつの時代も悲しみの連鎖は止まらない。この世の全ての罪と悲しみを背負って十字架に磔にされたキリスト様を西洋人たちがありがたがる理由が、今の彼らには分かるような気がした。
天皇にいたっては、ヒカルの失踪を聞くとそのまま寝込んでしまった。
「ああ…。僕が小さい頃から、ヒカルさんは本当に良く僕の面倒を見てくれた。お琴を弾かせても超一流、和歌をつくっても超一流、おまけにイケメン…。ヒカルさんは僕の憧れだったんだ。そんなヒカルさんを僕はいつかこの国のトップにしたい…そう思ってさえいたのに、消えてしまうなんて」
そう、ヒカルは消えてしまった。
夜空の月が西の山奥に沈んで、夜明けと同時に跡形もなく消えてしまうように…どこかの山の中に、ヒカルは消えてしまったのだ。
『せめてどこの山に居るのか…それだけでも知りたい…』
そう思った天皇はあれこれ調べさせたが、手がかりはつかめない。
しかしついにある夜、天皇はヒカルの夢を見た。
…夢の中で、ヒカルは美男子の胸にうずくまって泣きじゃくっている。そんな二人の様子を、幽霊のような美女が見守っている。これはきっと、ヒカルさん、兄のスザクさん、ヒカルさんの奥さんの三人に違いないな、と天皇は思った。そしてそこで彼は目を覚ました。
天皇のヒカルへの気持ちは募った。
しかし肝心の、どこの山にいるのかが最後まで分からなかった。
『ああ、ヒカルさん…。お元気にしていますか?』
天皇は遠い目をした。
『私はあなたが恋しくて、ついにあなたの夢を見ました。夢の中であなたは泣いていましたが、心の傷はもう癒えましたか?…どうか三人で、静かにお幸せに暮らしてください。残されたもの達のことはどうか私に任せて、心安らかに……』
そんな世間の喧噪から離れた山奥で、ヒカルとスザクはいつまでも語り明かした。
『今頃みんな大騒ぎだろうな…』とスザクは思った。ヒカルほどの人間が突然失踪したのだ…波が立たないわけがない。しかし彼は他の誰にもヒカルの居場所を教えなかった。
そのまま二人は幸せに暮らした。
そこは二人だけの、秘密の花園だった。