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イン・ザ・クローゼット 3

 汽車が停まっていたのはお城の中庭のようなところで、外に出てみると、全員似たような顔をした兵隊がずらり、あかあかとともされたランプを持ってならんでいて、その奥にクローバーの冠をかぶり、ウサギの耳を持つ男の人と女の人が立っている。二人はとてもえらそうだったので、アレットはあれが王様と女王様ね、と思った。それからその横に、鎖でつながれたシャルロットとルイーゼ。本で見た時は威勢よくけんかをしていたのに、今はすっかりしょんぼりとしている。

 思わず二人の名前をアレットが呼ぶと、それぞれ「ごめんなさぁい、アレット!」「もう勝手に遊びに行ったりしないわ、アレット!」と泣きながら叫んだ。ウサギ耳は、これは一体なんの騒ぎですか、と王様に顔をしかめてみせた。

「この二人は陛下をたばかったのだ! 川を渡らずにここに来るなど――それで王子と結婚しようとはなんたることか!」

 王様がなにか言うよりもずっと早く、女王様がきんきん声でわめきたてた。それで、なるほど、つまりあの子たちはズルしてここに来たのね、とアレットは納得した。女王様があんなしかめつらで怒る理由もわかるけど、だからってシャルロットとルイーゼをあんなふうに鎖でつなぐなんてひどいわ。アレットは思わずすがるようにウサギ耳を見やった。

 ウサギ耳は敏感にアレットの視線に気づいて、大丈夫だよ、お嬢さんというふうにウインクした。それから王様の方に向き直って、こう言った。

「その子たちはこのお嬢さんの妹さんなんだそうですよ。ちょっとしたまちがいなんだし、帰してあげていいんじゃないでしょうか――」

「はて、このお嬢さんと言うと?」

 またまた王様を押しのけ、ずいっと身を乗り出して、女王様はアレットをじろじろとながめた。それはもう、頭のてっぺんからつまさきまで。アレットは、ずいぶん失礼な人だわ、と思ったけれど、どうやらウサギ耳は王様とも女王様とも親しい知り合いのようだし、おとなしくしていないとシャルロットとルイーゼは返してもらえないかもしれないと思ってがまんした。

 女王様はずいぶん経ってから、これは、と感動したような声を上げ、となりの王様の肩をがくがくとゆさぶりながらやっぱりきんきん声でこう言った。

「冠をかぶっておる! 冠をかぶっておるではないか、この子は!」

 シャルロットとルイーゼが女王様の大声に飛び上がって、それからアレットを見てからきゃあ、と叫んだ。「本当だわ、冠よアレット!」「王子様と結婚するの、アレット!」――ちょっとはだまっててよ、わたしだってわけがわからないんだから、とアレットは混乱しながら思った。

「冠と言うと、女王よ」

 弱々しい声で言いながら、王様はなんとか女王様の手から――それと、その手が起こすとんでもない振動から。アレットは、王様だってムチウチにはなりたくないわよね、と妙に納得した――逃げ出そうとした。

「その子どもは、つまり王子と結婚しなくてはならないということだろうか」

 王様がそう言い終わるよりも早く、アレットは自分の頭をおそるおそるさわってみた。指になにかやわらかい草のようなものが当たって、さぐってみると、それはぐるりとアレットの頭をまわっていた。これってひょっとして、女王様の言うとおり、冠なのかしら。

 アレットがそれの正体を外してたしかめてみようとしたところで、ウサギ耳が哀しそうにほほえみながら鏡をわたしてくれた。のぞきこむと、アレットの頭の上には、ウサギ耳がかぶっているのとそっくりなクローバーの冠がちょこんと乗っかっていた。だから言っただろう、お嬢さんとウサギ耳が言った。

「君は僕の花嫁さんだって」

 アレットがなにか言うよりも早く、女王様は、それまで――このたいそうな騒ぎにもかかわらず!――だまってずらっとならんでいたたくさんの兵隊たちに重々しく宣言した(どうやらこの国では王様よりも女王様の方がえらいらしかった。少なくとも、そうふるまっている)。

「そういうことでございますな、陛下。さて、そうと決まれば、これよりこの娘と王子の結婚式を始める。だれか、神父を呼ぶがよい!」

「そんなのこまります!」

 みんなが――女王様も王様も二人の妹も兵隊たちも、みんなが。ウサギ耳だけは眉をぎゅっとよせて、こまった顔をしていたけれども――アレットの方をびっくりしたように見た。アレットはたくさんの人たちにいっせいに見つめられて、少し居心地が悪くなりながら続けた。

「だって、わたしはシャルロットとルイーゼを連れて家に帰らなきゃならないんです。そこの二人のことですけど」

 言いながら指さすと、二人はアレットぉ、と情けない――けれどもどこかうれしそうな――声でアレットを呼んだ。そうよ、わたし、やっぱり結婚なんてできないわ。ママンもパパもそれはとても心配するだろうし、なによりやっぱり、シャルロットとルイーゼを見捨てることはできなかった。

「娘よ」と王様が弱々しい声で言った。

「そなたがなんと言おうとも、これは決まりだ」

 女王様は大きくうなずいて、古い決まりごとなのだ、としかめつらをしてみせた(女王様はもともとしかめつらをしていたので、ものすごい顔になった)。

「規則四二七。冠をかぶってお城に来たものは、王子と結婚せねばならない――」

 ちなみに、とウサギ耳がこっそり言った。僕が出かける時には、そんな決まりはなかったよ、お嬢さん。ウサギ耳は汽車の中で忘れてくれてかまわないと言ったとおり、全面的にアレットの味方をしてくれるつもりらしかった。

「でたらめじゃない、そんなの! だいたい、古い決まりなら番号はもっと前のはずです!」

「おだまり! 神父はまだ着かぬのかえ――良い、お前たち歌をうたえ!」

 女王様が命令すると、兵隊たちは一斉にランプを高く掲げて「ハレルヤ! ハレルヤ!」と、ひとりずつ音も高さもめちゃめちゃな声でがなり出した。アレットとシャルロット、ルイーズは思わず耳をふさいだけれども、王様と女王様、そしてウサギ耳は大声にはまるで気をかけていないようだった。あの耳は飾り物なの、まったく! アレットは思わず顔をしかめた。おまけに停車したままだった汽車がボーゥボーゥと派手な汽笛の音を立てて、花火をどかどか打ち上げる。終いにはお城の鐘がガランゴロンと頭の割れるような鳴り方をして、これにはさすがにウサギ耳も耳をひょこりと動かした(うるさいな、くらいは思ったのかもしれない)。

「もう、こんなのがまんできない!」

 あんまりうるさすぎるし、人の話を聞かないにもほどがあるわ。アレットは叫んで、頭の上の冠をわしづかみにして地面に叩きつけた。するとやわらかい草でできているはずの冠は、がしゃんとガラスのような音を立ててこなごなになって砕けてしまった。

 その瞬間、いろいろなことが――本当にいろいろなことが!――一度に起きた。

 兵隊たちの持っていたランプからぼうっと火が飛び出して、近くの木や草だけでなく、兵隊たちにも燃え移った。兵隊たちはおたがいにぶつかり合ったり、転がったりして身体についた火を消そうとした――そんな状況なのに彼らはまだ歌をうたっていて、アレットはとんでもなくびっくりした――けれども、火はメラメラと燃え上がって、とうとう兵隊たちは消えてしまった(それでも歌声は消えなかった)。王様は、まるで風船の空気が抜けるように小さくなりながら、空でのんびり昼寝をしていた三日月の方へ飛んでいってやっとその端っこに引っかかって止まった。けれども月は王様が重すぎて、地面に向かってずるずると落ちてくる。ちゃんと停まっていたはずの汽車はまるでヘビのように勝手に動き出して、ボールのように弾んで落ちてきたお城の鐘と一緒にさっきアレットとウサギ耳が通ってきた川に、ものすごい音を立てて飛び込んでいった。全部、まばたきをする間に起きたことだった。

 まさかこんなことになるなんて思わなかったわ! アレットはちっとも消える様子のない火から妹たちをかばおうと、あわてて二人のところに走った。シャルロットを右手で、ルイーゼを左手でかかえて、女王様はどうしたのかしらと見てみると、

「なんということを――無礼な娘じゃ!」

 きぃきぃとわめきながら地団太を踏んでいた。ずいぶんマナーがなってないんじゃありませんこと、女王様? アレットが思わず顔をしかめた時、今度はぐらぐらと地面がゆれた。今まで遭ったこともないくらいの地震に、シャルロットとルイーゼが悲鳴を上げた(本当はアレットだってそうしたかったのだけれど、余計に二人をこわがらせるだけだと思ったので、がまんした)。

「結婚式が台無しではないか! なんたること――」

 女王様が叫ぶと、地面はまたぐらりと大きくゆれた。アレットはぎゅっと目を閉じて、妹たちをきつく抱きしめた。そのアレットの手の片方を、だれかがぐいっとつかんだ。

「しっかり僕の手をにぎってるんだよ、お嬢さん!」

 どこかで聞いたような言い方だわ、とアレットが思ったのと同時に、アレットとシャルロット、そしてルイーゼを一度にかかえて、ウサギ耳が力いっぱい地面を蹴った。お城のひときわ高い塔に向かって、軽々とウサギ耳は跳ねていく。きゃあっと長く、二人の妹が悲鳴を上げた。けれどもアレットは自分が今空中にいるのだということも忘れて、きりっと前だけを見ているウサギ耳を、ぼうっとなって見つめていた。

 とん、と塔の上、張り出したバルコニーに見事な着地を決めると、ウサギ耳はそこでやっとアレットの視線に気づいて、にっこりと笑った。ちょっと憎たらしいくらいにやさしげな笑顔に、アレットの腕の中で妹たちがほぅっとため息をついた。

「さあ、そろそろ君たちは帰る時間だよ、お嬢さん」

 アレットにはウサギ耳の言うことが、よくわからなかった。帰る時間って言うけれど、どうやって帰ればいいの? それにこんなめちゃくちゃなことにしちゃったままで、この人を放って帰るなんて。

「わたし――わたし、このままじゃ帰れないです」

「ねえ、お嬢さん、ひとつのことをつかむのはいいけれど、他のことからも手を放してはいけないって言ったじゃないか」

 ウサギ耳は言いながら、ポケットをさぐってガラスびんを取り出し、アレットの手にそれをにぎらせた。ガラスびんは、あいかわらずきらきらと赤いような金色のような色で光っている。それは塔の下で燃えている炎の色とも少しちがう、夜の暗がりに慣れた目を突き刺すような光だった。

「アレット、それ、なぁに?」と言いながらシャルロットがびんにさわってみて、「とってもきれいだし、なんだかあったかいわ、アレット」とルイーゼが甘えるように鼻を鳴らした。アレットは返事をすることもできずに、こまってウサギ耳を見上げた。「見てごらん、お嬢さん」と言いながら、ウサギ耳はひょこりと長い耳を動かして、空を指差した。月がさっきどこかに落ちてしまったから、それから空は真っ暗だ。星さえひとつも見当たらない。それに、なんだかさっきよりも空が近くなってる気がするわ。アレットは首をかしげた。

「月が落ちたからねえ、こっちが本当の方角かと思って、空も落ちてきてるんだよ!」

「え、じゃあ――」

「言いたいことはわかるよ、お嬢さん。その内僕ら、つぶれちゃうだろうね」

 だからそれより先に帰らなきゃ、とウサギ耳はウインクをしてみせた。あまり緊張感のないしぐさだった。

 ウサギ耳はアレットに、ガラスびんのコルクを抜くように言った。ふたを開ければ朝は勝手に出てくるから、とも言った。アレットは思わず言われたとおりにしようとしてちょっと力を入れてコルクを引っ張ってみてから、気づいた。

「それで、あなたはどうするの?」

 どうして今そんなことを言うのかなあ、とでも言いたそうな、少し情けない形に顔をしかめると、ウサギ耳は月の落ちて行った方――アレットは川よりもこっちだと思っていたのだけれど、ウサギ耳はもっとずっと遠くだと思ったらしかった――を指した。

「僕は月を元にもどしに行くんだよ、お嬢さん」

 ウサギ耳はずうっと、汽車に乗るよりも前から持っていて、あの大騒ぎの中でも絶対に落としたりはしなかった本の表紙を開いた。すると何百ページもある白い紙たちが、あるものは鳥になって、あるものは蝶になって一斉に空に飛んでいった。ああ、この人の物語はもう終わっちゃったのね。アレットは少しだけさみしくなった。

 さあ、早くしないともどれなくなる、とウサギ耳はアレットの手を取り、ガラスびんのコルクを抜かせた。そのとたん、びんの中に閉じ込められていた朝の光が飛び跳ねるようにあふれてあちこちに散って行った。ひときわ大きな光はびんの口がせますぎて、なかなか出てこられないようだ。

 ウサギ耳はそれを見届けると、さっとバルコニーの手すりに片足をかけた。まるで今にも月に向かって跳んで行ってしまいそうだ。アレットはびんをシャルロットに押し付けて、待って、とウサギ耳の腕をつかんだ。

「行かないで、……わたしまだ、あなたの名前も知らないのに!」

 ウサギ耳はびっくりしたように目を丸くしてから、ふとやさしい、ママンかパパのような顔をしてアレットの頭をぽんぽんとたたいた。だからアレットは、てっきりウサギ耳は彼の名前を教えてくれるのだと思った――悪かったね、お嬢さんとかなんとか、言いながら。

 けれどもウサギ耳はなにも言わずにさっと片手でアレットの前髪をかきあげて、ちゅ、とおでこにキスをした。そうして笑いながらアレットがポケットに入れていた写真――家族の写真。もちろんアレットもにっこり笑ってそこに写っている――を抜き取って、地面に向かって跳んだ。

「待って……ッ!」

「アレット、お日様が出たよ!」

「アレット、早く!」

 シャルロットとルイーゼがそれぞれアレットの右手と左手をぎゅっとにぎって、ガラスびんから飛び出したばかりの太陽に飛び込んだ。ああ、朝が来るわ! アレットは叫んだ――ひょっとしたら、ウサギ耳の、教えてももらえなかった名前を。

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