解き放つために
「動かないでください」
言葉は敬語だが、その声音は硬い。ピニオンは彼らがここまで来るまで気付かなかった事を自己嫌悪していた。
この場所どころか、森の奥に入ろうとする人間自体自分以外いなかったので、油断していたのだ。
だが、彼女の事を思うなら、それなりの仕掛けや警戒網をはっておくべきだった。ここまで進入を許してしまった後では何もかも遅い。
「キミが、この森で猟師をしている、ピニオンだな? なるほど、ここはすでにキミが見つけていたってことか」
「しゃべっていいって言ってませんよ。質問は僕がします」
彼らしからぬ鋭い目。断じるセリフ。彼らのペースにならないよう、気を張っている。
得意とはいえないのだ。こんなことは。しかし、他人に見つかったというこの現状では、この二人の始末も含めて、覚悟を決めないといけない。
サリアも杖を正面に構え、人質にとられたラトと、脅すピニオンから目を逸らさない。
「嘘だと感じたら即座に首をかき切ります。僕が理解できるように努力してしゃべってください。『あ、今肝心な部分を言わずにおいたな』と感じても同じようにしますから」
最初の質問だ。
「あなたたちは何者ですか」
「…俺が答えていいか」
「どうぞ」
「カーリュッフ王国国立の大学院、カーリマンズ学院は知っているか?」
ピニオンは知らないが、そこから来たのなら研究員ということは判る。
「元々考古学の権威であったトルク=フォマが、呼水都市タオザディートにて230年ぶりに第3封印の門の謎を解いて、今まで読めなかった27の言葉の翻訳が出来た。その功績で王家の覚えを良くした彼と、タオザディートに縁の深いカルファト家の4女が結ばれた。後ろ盾を得た彼は、そのまま国内でもトップのカーリマンズ学院で教授となり、近辺の遺跡の調査を主として活動している。
俺と彼女はそこで研究員として働いていて、遺跡の下見を主にやっている。
俺がラト=カルファト。彼女がサリア=ハサハ。
さて……
ここまでで質問はあるか?」
そう聞かれて、何を聞こうかと一瞬考えの方に意識を逸らした。その瞬間。
「あがぁあっ!?」
気がつくと、ピニオンの手に赤く透明な糸が絡み付いていた。ただの糸ではない。まったく動けない。力を入れようにも、全く遊びがない。
「……!?」
見れば、ピニオンはその糸で完全に拘束されていた。ナイフが落とされ、乾いた音を立てる。首から上以外はびくとも動かない。ラトはするりとピニオンの腕から抜け出す。
( (・) )
サリアは反応を感じてコハクを振り返る。反応だけなのを確認すると、またピニオンに向き直る。
「…ま、こんな事はしたくないけど、こっちも人質をとられて心穏やかでいられるわけもないしね。悪いけど、立場は逆にさせてもらうわ」
歯噛みするピニオンだが、どうにもならない。今まで常に狩る側だったのが良くない。自分より知恵や場数のある人間は、いくらなんでも相手が悪い。今、自分がどうやって拘束されたかさえわからない。
これまでか。
「…彼女に、手を出すな……!!」
「ま、この状況じゃ、宥めてみても聞き入れてはくれないでしょうから、そこでじっとしてて」
そういうと、ラトと呼ばれた剣士と一緒に、サリアという女もコハクの方に近づく。
「…サンキュ。わりぃ、手間かけた」
「大丈夫? 首筋、押し当てられてたみたいだけど…」
「問題ないよ。引き続き調べてみてくれ」
「ええ」
サリアが手にする杖の、真紅の宝玉が輝き始める。カラス口のような柄をつたって伸びる赤い水あめが、ガジュマルに突き刺さる。
「…? !!!!」
ピニオンは、少し考えて、青ざめた。
あれは、どういう理屈か知らないが、今自分を拘束している糸と同じ物だろう。この糸の力は凄まじい。しかもそれをサリアは自在に操っている。
ガジュマルはコハクと繋がっている。そのガジュマルに突き刺せるという事は、あの糸は彼女に届いてしまう!
「やめろぉぉおおおおおっ!!!!!! 殺す! 絶対に殺してやる! 彼女に触れるな! があっ…!! うがぁぁああごぶ…」
糸が変化し、猿ぐつわになる。
「…うるさいなあ。集中させてよ。話も出来ない…」
((((((・))))))
「ああ、こっちもなんだかめんどくさい子っぽそう。 …ふーん。やっぱ半年前なのね。これだけ微弱な波動を受け取れるって事は、グウィンとは同族なのかしら?」
「多分そうだろう。彼らは種族ごと隠れ住んでたし、幻ってわけでもないけど、こういう形で生き残ってるとなると、これはこれで凄いな…」
微弱な波動??何を言ってるんだこの人たちは。今の爆発的な存在感の広がりのどこが微弱なんだ。
そして、そんなことより気になったのは…
「……!!! !…! ! !」
「? なあに?」
猿ぐつわが取れる。
「ぶはっ!! …生きてる、の? 彼女は…」
サリアとラトは顔を見合わせ、ラトが答える。
「結論から言うと生きてる。と、思う。仮死状態だったということかな。半年前、俺の先輩にあたる研究員が、仲間の波動をとらえたらしくてね。彼の言うことには、生きてて、意識がないと、この波動は出ないらしい。つまり、逆説的に彼女は生きてる可能性が高い」
「波動は僕だってわかるさ。じゃあ、彼女は…コハクは!! …でも、どうやって?」
…波動が解る?
ぼそりとつぶやくと、ラトはそこで、一拍おいた。そしてぐるりと周囲を見回すと、ピニオンの問いにも一応の答えを返す。
「多分、この場所… この湖だけじゃなく、周りの熱帯雨林、白く枯れて折り重なった木々の続く死の森まで、の事だが… の、おかげだろう。ここは古代遺跡じゃない。環境系の遺物も眠ってない。ましてや忘れられた聖域でもない」
その言葉を、サリアが継ぐ。
「きっと、この子は、事故でここに落っこちたのよ。そして… この森を、かえた。そうよね?」
コハクにまるで話しかけるように問う。
((( (・) )))
サリアが、少し顔をゆがめる。
「…ダメだわ。何だろう… 言語の違い? でも、この反応は… グウィンが普通にしゃべってるんだし、うーん…」
「話せないのか?」
「こっちの言う事に、大きく、または小さく反応してるってことは、多分、伝わってはいるのよ。…まあいいわ。色々やってみる。 …そんなわけでさ、ピニオン君。この子は知り合いの同族かもしれないの。だから扱いには言われなくても注意してるの。危害をだなんてとんでもない。 …勿論、信用してもらわないと始まらない話だけど。私たちは、その波動をおってここに来たの。何があるか、誰がいるのか知るために。そして、この状態の… 琥珀の中にいる彼女に、ちゃんと生き返って欲しい。 ? じゃない、なんていうのか… 意思疎通をしたいというか」
この状態をわざわざ表す言葉というのは難しそうだったが、ニュアンスはピニオンにも解った。
「僕も… コハクと話したい。この石の中から出てきて欲しい。あなたたちには、それが出来るってことか? その、グウィンって誰だ? 先輩って言ってたけど、種族?」
サリアが手こずってるのをみて、ラトはしばらく語ることにした。
ここまでに自分達が知りえたことと、彼女についてしている予想。
さて、どこから話そうか。