魔石使い
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その日のうちにコハクのガジュマルに無理矢理帰ったピニオンは、その二人組を見ていなかった。
サリアというナイラの女と、ラトと呼ばれた傭兵風剣士。
彼らもプロフの村まで来て、そこで宿を取っていた。
村で一番大きな家の二階。客室なのだろうが、殆どベッドだけの部屋だ。
もちろんベッドで寝れるだけでありがたくはある。
そこでサリアは逆枕で寝そべって食休みを取り、ラトはその横で壁にもたれて足を伸ばしていた。
「だいたい、町で集めたのと同じ情報ね。森の奥に行くほど、真っ白に枯れた木々が折り重なって、進めなくなってる。周りが十分豊かな森なので、わざわざ入る者はめったにいない…と」
「その、ピニオンという猟師の少年に話が聞けるとよかったけどな。最近森に入り浸りらしくて、あまり村の方にいないらしい」
北にある森は広大である。案内役は欲しいところだ。
「まあ、大丈夫よ。探し物の方が呼んでるみたいなものだしね。見つからないってことだけはないわ」
「確かにな」
村の中なぞに宿屋が必ずあるとは限らない。むしろなくて当たり前である。
定期的に人を呼ぶ何かがないなら、商売として成立しない。
それでも滞在する場合、軒先を貸してもらう、野宿するなど、方法は色々あるが、とりあえずは村の顔役に話を付ければいい。
外からの客に応対するのは役目の一つだし、そのまま泊めてくれる事もあれば、いくらか要求される事もある。
ここでは後者であったが、その分のもてなしはしてくれた。
ピニオンの話題はそのもてなしの内、メインのキジ肉の話から出た。
腕のいい猟師の少年で、森の奥に住んでいるとのこと。
彼のいる小屋まででも、慣れない者は半日以上かかるという。最近は、いつもいる時間に訪ねてもいないことが多いが、顔はそれなりに見せに来るらしい。
彼に会うまで待ってもよかったが、反応の正体が掴めていない以上、のん気には構えていられない。
数ヶ月続いている反応がいきなり消えるのも変ではあるし、考えすぎかもしれないが。
「さて、朝の霧が晴れる頃にはここを出るなら、そろそろ寝た方がいい。何より・・・・・・腹の減らないうちに」
「そうしよ。ここ毎日のこととはいえ、一日中歩いて疲れちゃった」
暫くぶりと言うほど、ベッドの寝心地から遠ざかっていたわけでもないのだが、サリアはそのセリフを最後に、早々に寝息を立て始めた。
男と見られていないとは思わない。そもそも抱いたことさえあるのだから、そこは疑うべくもない。それでもこの無防備さには毎回ため息が出る。
それでも耐えられるのは、信用されているのだと信じたいから。
そう思えれば、それはそれで幸せだ。
・
翌日、朝霧は暫く晴れなかったので、構わず森に入った。
小一時間も歩けば、森の様子も大体わかってきたし、そのうちに霧も晴れた。
森は、クヌギやカシなどが主な木で、キノコなども多い。クヌギの実はようはドングリであり、小動物の主な食べ物だ。
それがこの密度で植わっているという事は、成程豊かな森に違いない。わざわざ奥に行かないのも頷けた。
さらに奥に向かって、聞いたとおりの折り重なった木々がある。
どこまで続くのか解らない、枯れきった真っ白な木々。本当に邪魔だ。
が。
「ただの木ね。OK」
「熱はどうするんだ?」
「これ」
サリアは、いつの間に集めたのか、大量のドングリを袋に入れていた。
「これだけあれば、『食べ』なくても大丈夫よ」
「左様ですか」
サリアは杖を掲げた。
カラス口のような柄の部分を伝って、赤く輝く、粘り気のある何かが地面にゆっくりと広がる。まるで先についている、真紅の宝玉が溶け出したかのようだ。
その真っ赤なハチミツだまりの上に、ドングリをぶちまける。
ドングリは、ルビー色のハチミツのような物に触れたそばから溶けて消えていく。その度に、杖の先の宝玉ごと、ルビーのハチミツは輝きを増した。
この宝玉の名称は『ツェナ』。
ナイラの才ある者が使う事のできる、一族にとって重要な石。
「どうだ? サリア姉」
「…ダメ。一回じゃ無理。とりあえずつかんだとこまで退けるわ」
その瞬間。
ズズズズズズズズズズズズズズズッ!!!!
折り重なった木々が、まるで意思を持ったように左右に分かれ、目の前に道を作った。
「おし」
「…相変わらずスゲエよほんと」
ピニオンはぬけられる隙間を数年かけてこつこつ空けたというのに、彼女は一瞬で『道』を作ってしまった。
『彼女』は、サリア=ハサハ。
カルファト卿が息子であるラトと共にこの地に派遣した、ナイラの魔導士。自治区に籍をおかぬにもかかわらず、絶大な才を持つ操者… 高位の『魔石使い』なのである。