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キュクスの叫び  作者: おかのん
第1章
5/50

『ナイラ』の女と傭兵剣士

 コハクと出会ってから、五ヶ月強の月日が流れていた。

 行くのと戻るのを合わせて半日かかる所に通えば、当然狩りという本業が成り立たない。

 そこで、2、3日泊り込む形にして、湖の周辺の森の方で狩りをする事が多くなった。

 

 (  (    (  ・  )    )  )


 彼女の波動は、日に日に強くなっていっている気がした。

 まるで、麻薬だ。

 しかも身体に悪い影響はない。


 あるとすれば。

 

 その依存性による彼の社会性の崩壊の懸念くらいだろうか。



  (・)


「ピニオン!」


 獲物を卸すなり、明日の準備のため、さっさと戻ろうとするピニオンに、この店の主人の娘が声をかけてきた。

 主人の遺伝子は内面しか授からなかったようで、背の低い、小リスのような女の子。かわりに受け継いだ方は深刻(?)で、かなり気が強い。ピニオンより一つ年上だが、ピニオンは自分より背の低い同世代の知り合いは彼女しかいない。


「ラシィ。何?」

「何って… もう少しゆっくりしていったっていいじゃない。どうしてそんな急いで帰っちゃうの?」


 無駄な時間を過ごしたくないからだった。

 一刻も早く彼女に会いに行きたい。

 が、その態度のせいで勘繰られて、万が一にでも彼女の事を知られるのは嫌だった。


「ちょっとね。いい狩場を見つけたから、そこに行くのが面白くて。でもそうだな。ちょっと夢中になりすぎてたかも」


 言いたくない事があって、それを悟らせないためには、今の行動と矛盾しない事を言わないといけない。

 隠し事をするなら、半分くらいは本当のことを混ぜて話すと、それらしい話に聞こえる。


「ここんとこ、そういう事が多いと思ったら、そんな理由? そりゃあ、こっちも商売だし、この半年くらい、貴方の持ってくる獲物が妙に質がいいのには気付いてたけど… せっかく町に卸に来た時くらい、御得意様に愛想振りまいてもバチは当たらないと思うけどなあ」


 ブラッシカはここのところのピニオンのつれない態度が気に入らないようである。


 ここはピニオンのすむプロフから一番近い町、レイゲン。

 獲物の殆どはプロフ村で引き取ってもらうが、道具の買い替えや特殊な薬などの消耗品などを月1で買い足すので、その時には直接ここに卸しに行く。

 ちょっとした宿場町、というだけなので、たいした規模でもないが、一通りの物はそろえられるし、巡回の見世物や季節ごとの祭、遊技場などもある。


 で、よろず取り扱いのラパ商店のブラッシカ。ここの看板娘だ。

 微妙に雄々しく聞こえる自分の名前がキライらしく、会う人会う人に『ラシィと呼べ』と言って回る娘である。


 ピニオンにしてみれば、生命力が強い割に、素朴でかわいらしい花と同じその名は、こまごまと良く働き、元気で明るい彼女によく合っていると思う。

 しかしそれなら確かになおの事、その雄々しい響きは合ってはいない。

 ので、ピニオンは要望どおり、いつも『ラシィ』と呼ぶ。

 そしたらやたら懐かれた。


 よく、『あれだけ頼んでるのに誰もそう呼んでくれないのよ!? 理不尽だわ!!』と、愚痴をこぼす。


 …実はピニオンは解る気がしていた。

 彼女はなんだかんだで商売人の娘だ。愛嬌を振りまく事の大切さを知っている。白々しくならないようにしながらも、お世辞も言うし、愛想笑いもする。

 だが、こと名前に関してはムキになる。

 そしてそれは、お手軽に見れる彼女の『本音』だ。

 怒った顔がまた可愛く、次の日には気にした様子もないとなれば、男は挨拶代わりに嫌がる本名を呼びたがるのは当然だった。


 しかし、素直に要望に応えるピニオンに好意を持つということは、気にしてないようで随分気にしているのだろう。



   ・


 「それでね、言ってやったのよ。なんであたしみたいな小娘が、先輩のアンタに商売のイロハの講義をしなきゃなんねーですかーって…」


 もうお茶は4杯目である。

 半分も飲まないうちに注ぎ足すのは、『まだ当分話を終わらせるつもりはない』というサインだ。


 無意識の。


 ラパ商店の他にも立ち寄る所はあるし、このままだと今日中にコハクの所に着くのは無理だろう。

 それでも、嫌な顔も、聞いてるふりでやり過ごす事もせず、きちんと相槌をうちながら、共感できる所はそう言い、意見は否定せず包み込む。

 実はピニオンのファンは、プロフ村、レイゲンの町をあわせて数十人いる。

 聞き上手の人間というのは好かれるものだ。


 もっともこの半年、コハクの所に通いつめたせいで、交流の薄れた知り合いが多くなってしまったが。


    ・


 2時間もブラッシカの話を聞くと、彼女はようやく満足したようで、お茶でたぷたぷのお腹をかかえて、ピニオンはラパ商店を後にする。


 殆ど入れ替わりに、旅の者らしき一組の男女が店に入ってくる。

「いらっしゃいませー」

 …と。

 ブラッシカは態度には出さず驚く。

 『ナイラ』だ。


 ブラッシカが子供の頃の異国の出来事。西の方のカーリュッフ公国の、砂漠の中にある都市、呼水都市タオザディートで、数百年続いた水が急に枯れ、都市は滅んだ。

 その都市の先住民といわれる、金色の目をした蒼髪の一族が『ナイラ』である。


 今では一族ごと自治区を持って、閉鎖的な暮らしをしているが、混血も多少進んでいて、純血の人間もたまに自治区から出てきているという。

 最近タオザディートの水が復活したという噂もあるがこちらは眉唾だ。

 まあ、珍しい客というだけで、問題はないのだが。



 ブラッシカは気付かれないように、なんとなく目で追う。単に物珍しさだ。

 一目で解ったとおり、純血のようだ。ナイラの血は割と強く出るといわれるので解りやすいが、目の金色も、髪の蒼さも、混じり気がない。

 わざとなのか、少し雑にも見える髪の切り方だが、本人の目の大きさ、活動的そうな雰囲気とあいまって、かわいらしく、似合っている。

 反面その服装は、柔らかく広がるスカートと、固めの布に補強をした、前後左右にある十字の紋章の草ずり、護符などを入れるのだろう、色分けして重ねた胸当てと、魔導士然としている。魔導士をひ弱なイメージに見ているブラッシカには、雰囲気の重ならない格好に思えた。


 だが、カラス(ぐち)のような変な握りの杖の先には、大人の握り拳ほどもある、真紅の宝玉がついていた。その、炎が揺らめくような輝きの真球の、神秘的とも禍々しさともとれるオーラは、彼女が確かに、魔導士であることを物語っている。 


「…ラト。何を買うの?」

「ああ。ま、色々だよ。たしか反応は、北にあった森の方なんだろう? それなりに準備が要るさ」


 一緒にいるのは、短く切った金髪の、傭兵風の剣士の男。

 急所のみを覆うレザーアーマーに、小手や具足だけ金属を使っている。

 三白眼で、背も高く、一目見れば威圧的かもしれないが、なんだろう。物腰とか視線が柔らかい。

 一目見てピンときた。恋人同士だ。きょろきょろとしていて、警戒心のなさそうなナイラの女性。ゆっくりと品定めしながらも、常に彼女を気にしている剣士。

「あ、ねえねえ。この虫除けクリームどうかな。けっこういい匂い」

「虫除けがいい匂いでどうするんだよサリア(ねえ)

 姉と弟!? …全く似ていない。

「えー。でもそんなら虫除けとして売ってるわけないじゃない」

 …あ。それは。

「…ん? …これはハーブか。まあ羽虫程度ならな。足元に別のを塗るなら使えるか。いいよ、買っても」

「やった。へへー、ありがと」

 気付いた。…しかしそれにしても、恋人にしか見えない。

 

 結局、その虫除けと、別の虫除けを一緒に、後は保存食を買っていった。

 さっきの会話で、少しだけ気になる部分があった。


『たしか反応は、北にあった森の方なんだろう?』


 なんの反応だろう。魔術的な話だろうけど、見当はつかない。

 ただ、北の森は、ピニオンが狩場にしている所だ。

 さっきの二人の雰囲気には、殺伐とした感じは微塵もない。

 でも、彼と何か関係する事なのか…


 一応、ピニオンに知らせておこうかと思ったが、日が暮れかけて、これからお客が増える時間帯だ。店をぬけられない。

 知らせることは、出来なかった。



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