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キュクスの叫び  作者: おかのん
終章
49/50

王と虎と白

「うわあ・・・・・・」

「すっげーーーーーー!!!!」


 そこは、聖域。



 森の奥に広がる、折り重なる骨のような枯れ木にも、既に蔓や他の木々、花などが根付いている。

 そこを『死の森』と呼ぶ者もそろそろ減ってきた。

 そのさらに奥には、何故か熱帯のジャングルが広がり、また普通の豊かなだけの森、そして・・・・・・



 また少し鬱蒼とした森を抜けたところに、それはあった。



「・・・・・・うん、すごいな・・・・・・ 私も、初めての時は、 ・・・・・・ううん。見るたびに心が震える。

 ・・・・・・すごいな・・・・・・」


 双子らしき男の子二人を連れているその女は、名をツァーリといった。彼らの姉にあたる。

 色合いの違う金色を髪と眼に宿している。腰まであるみつあみが特徴的だ。

 森の中を抜けてきたその姿は、きっちりとそれらしい装備がされていた。肌を出さない衣服、刃物や食料も少しだがある。少しで済んでいるのは、二人にたっぷり持たせているのと、どうせ日帰りなのだから多くはいらないというだけだ。

 双子は荷物の量は多めとはいえ、ずっと軽装ではある。ツァーリよりこの森に慣れているからか。

 二人はあまり似ていない。ティーガーは猫のような雰囲気があり、ツァーリと同じ金髪金目だ。ヴァイスはその名と逆しまに、極僅かに赤みがかった黒髪と黒瞳。何故か凄みの感じられない、可愛らしい三白眼をしている。落ち着いている雰囲気と相まって、犬のようだ。

 

「なあ、ヴァイス!! 泳いでみようぜ!!」

「そんな焦るなよティーガー。・・・・・・ツァーリ姉もいるんだから」

「いいわよヴァイス。私も泳ぐ。ここの水は、なんだか泳いでるうちに元気になる気がするの。だから平気」


 ツァーリも別に体が弱いわけではない。身重なのだ。

 しかし、まだそこまで腹は目立っていないし、ここの水ならという思いはあった。

 手を入れてみても、透明度の高さの割にそこまで冷たくはない。


「気をつけてね」


 ティーガーもヴァイスも心配そうに見ているが、ツァーリは笑顔で答えてゆっくり水に浸かる。

 そして、見上げた。


 生命の女神の祝福を受けたような美しい湖。町一つくらいありそうな水鏡の中心。

 太く長く絡みつくうちに絡み付いていたモノを埋め尽くしてしまう、熱帯の植物らしい逞し過ぎる樹木、ガジュマル。

 複雑に絡みつき、それぞれが日の光を奪い合い、寄り集まってまるで大樹のようになっている。


 三人は泳ぎきって、ツァーリだけは木の根に腰を下ろす。


「さて、私はここまで。行ってらっしゃい」

「・・・・・・うん」

「すぐ戻っから、待っててね。ツァーリ姉!!」


 ツァーリはひらひらと手を振る。

 ティーガーはひょいひょいと、ヴァイスは踏みしめるように登ってゆく。すぐに横穴を見つけ、入っていった。


 ツァーリは、ここにはついこの間も来た。一度来た一族の血縁者は別にいつ来てもいい。


 コンスタンツァ家の中で、ツァーリの祖父に連なる一族には、秘密の儀式がある。16になったら、その祖父が私有しているこの森の奥にゆく。そして宝を手にしてくる。

 心に決めた伴侶と子をもうけた時にのみ、その伴侶をここに連れてくる。そしてやはり宝を手にさせる。

 成る程確かに魔境とも呼べるほどの森ではあるが、一族の子は、ここまで奥にこないとしてもこの森で育つことが多い。まだ4世代目だが、その祖父が祖母に夢中で、子を8人も産ませたために、一族はちょっとした村くらいの規模になっている。この森を庭替わりに育つ子供にとっては、こんな儀式は『いつもよりちょっと贅沢な冒険』くらいでしかない。


「・・・・・・フィアロウも、感動してたな」


 フィアロウは、ツァーリを孕ませた男である。

 しかもその時は同意なしでだ。

 半世紀前に出来た、エスハーン共和国元首であるフィル=ウィユーズの第5子であり、実権を今も握る建国の母ティア=ウィユーズのお気に入りの孫。

 元首の父であり、元首が新生する前にあの『叫びの日』に命を落とした英雄の名を継がせるあたりが甘やかしぶりが想像できる。

 だが、泣き寝入りをするつもりだったツァーリを探し出し、非公式とはいえ土下座をした建国の母は、その後フィアロウの根性をきっちり叩き直し、一生をかけて償うとフィアロウに誓わせた。

 

 今ではそのフィアロウと夫婦である。腹の子は二人目だ。

 どうやらツァーリの祖父とティア女史は知り合いだったらしく、事実を知った時、ティア女史の激昂ぶりは凄まじいものだったらしい。ツァーリの祖父がその話を聞いたのは、ずいぶん後だったようだ。


 奇妙な縁だ。

 

 後で聞いた話といえば、ツァーリの親友のステイプラ=フォーチュンキッスだが、フィル元首の妾腹らしい。

 認知は最近され・・・・・・実はこれはツァーリの騒動がきっかけで、ティア女史が身内の恥をほじくり返しはじめ、清算を始めたからなのだが・・・・・・エウロープ王国の将軍家の分家筋で、あまり社交界に関わらないところで、のんびりと暮らしているという話だ。


 どうもコンスタンツァ家はハルツ王家の英雄、魔導王ディグニットの覚えが良いらしく、ハルツ王家に一族の女性が何人か嫁いでいる。

 勿論コンスタンツァ家が貴族となった事自体、祖父の代からである事を考えれば、そもそもは何らかの形で祖父が気に入られるのが先だったのだろう。それを考えれば、エスハーン共和国の建国の母が青ざめる理由が別にあったのかもしれない。

 隣国と付き合う上で、もみ消すことさえ恐ろしいスキャンダルであった可能性もあるし、祖父との関係がそうさせたのかもしれないし、または両方であったのかも。

 ツァーリは気にはしていたが、無理に聞き出す気はなかった。

 

 祖父が貴族となった事が、望んだ事か請われてかは知らない。

 でも、どのような形でも、選んだのは祖父だ。

 我慢してそうした事情があっても、我慢するのだと決めて選んだ。ならばとやかくは言わない。

 

 祖父の孫であったから、今私は幸せなのだと思えるくらいには世話になった。それ以上は、いい。


 いいのだ。


 ・


 ガジュマルの木の表面にいられない部分は、枯れてしまう。そのせいで、世界樹の中は大半が空洞だ。

 むろんポッカリと空間があるわけではなく、その殆どが複雑に絡み合う中で、表面に出ている部分もある木が、内部にも幹を張り巡らせている。褐色の気根を下に向けて垂らしていて、幾重にも重なったカーテンとなっていた。

 中の様子が全く探れず、さながら天然の迷路であるが、それもまた楽しい。ティーガーは勿論、ヴァイスも少なからず興奮していた。


 数メートル先もよく見えなくなるような、天然のカーテンが尽きる様子もなく続く。


 二人が入る隙間くらいはそこかしこにあるので、出られなくなるほど複雑でもないだろうが、内部の全体を把握しにくい。

 外からの見た限りでは、少し大きめの家がすっぽり入る程度の広さがあったし、高さは… 見当がつかない。

 しばらく道なりに進むうちに、二人は気付く。


「ヴァイス、あれ!!」

「・・・・・・ああ」


 真ん中に、大黒柱のように、支えとなるガジュマルがある。

 これもいくつものガジュマルが寄り集まって一本の柱を形成している。

 柱にそって見上げると、少し上のほうで、先っぽが広がるようになっていた。花を茎にそって下から見上げる感じに似ている。気のせいか、てっぺんが明るい気がする。

 二人はそれを目印に、一緒に駆け上がった。


「「!! ……あ」」


 二人は言葉を失った。

 そこには、山のように積まれた宝石があった。

 種類は一つだけ。琥珀だ。


 コンスタンツァ家の人間が16の時にここで得る宝とは、これだ。

 大ぶりだが、なんの変哲もない琥珀。

 それは所持しているならどうしようと構わないのだが、この儀式でしか貰えない。

 ただ、そんなことより・・・・・・


 そこには、女の子が一人いた。

 どことなく二人の姉、ツァーリに似た娘。

 髪の色も瞳の色も全く同じ。


「君は。 ・・・・・・どうして」


 ヴァイスはこの子を知っていた。

 屋敷で、時々見かけたことがある。

 

 一族の子の中には、普通に居そうな子だ。髪と瞳だけ言えばティーガーだってそうだ。どうも祖母がそういう人だったらしい。

 レモン色が透明感を増したような、透き通った瞳。

 キラキラの蜂蜜みたいな髪をした女の子。


 でも、一族の中には今、ヴァイスとティーガーの同世代はいなかった。

 もっと小さいのは何人かいる。上はツァーリの下に一人いるがもう21だ。


 その女の子は、ゆっくりと手を叩いた。

 そして、微笑んだ。


 ヴァイスはその笑顔に、心臓を掻き回されたような衝撃を受けた。



 いつもみたいに。


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