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キュクスの叫び  作者: おかのん
第4章
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もうひとつの三ヶ月

 キュクスでの戦いが、あの形で終わったその翌日。

 ピニオンにサリアは告げた。『理由は言えないけど、カーリュッフに・・・・・・ カーリマンズ学院にしばらく任せてもらえないかしら? 貴方にはやるべき事が出来たはずだし、そう長い間の事にはしないから』と。


 実はこれは、コハクの要望だったのだ。コハクはこの時すでに、ピニオンと生きる事を考えていた。ピニオンがそれを望んでいるのは分かっていたし、コハクもそれを望んでいた。

 だが、これからあるだろう幾多の困難の前に、既に一つハードルがあった。

 それは、この数百年琥珀の中にいた結果、コハクの体がどんな風に変化しているのかわからないという事だ。

 

 訓練を止めた人間は、能力が下がる。特に身体的に。年齢は無関係ではないが下がるのは確実だ。

 日常の変化という意味で精神に関しても如実なのは当然。例えば骨折などで寝たきりになっていた人間は、体を起こすだけでもその視点の違いにクラクラするという。恐怖さえ覚える者も少なくない。


 目を閉じ、全ての栄養素を木の枝を介して取り込み、体組織の循環さえ人任せにして数百年たった身体。

 どのような障害が残っていても不思議ではない。健康体を眠らせたのではなく、死にかけの体を復活させつつ封じた経緯もある。そしてその後、当然だが誰もそのことを調査していない。

 その事に、そこまで明確にでなくても気付いたコハクは、復活にピニオンが同席する事自体嫌がったのだ。


 {これからずっと一緒なのに、せっかく琥珀の中から出てくるミステリアスな美少女なのに、へたりこんで立てなかったり、光に慣れてない目のせいで叫びだしたりとかしたくない}


 女心であるとも言えたし、自分で『ミステリアスな美少女』とか思っているあたりが、いい性格をしていると言えなくもない。まあそれはともかく。


 サリアの魔石(ツェナ)のおかげで、点滴、経口摂取、排泄、電気刺激による筋肉の回復、網膜や眼球の慣らしなど、いろんな事が同時進行したし、また成果を表した。

 ひと月もすれば、とりあえずは琥珀の封印を解いても良い状態と判断され、ひとまずの復活を行なった。

 が、そこでサリアの見逃していた事実が判明する。


 コハクの声帯が失われていた点である。


 『生命活動の殆どをガジュマルと森そのものが補助、あるいは肩代わりする』形で生きながらえるにあたって、ガジュマルは可能な限り元の体を再現したのだろうが、どういう訳か声帯が復活していなかったのである。

 リハビリは同時進行でまだ続けねばならなかった。学院内にしばらくはいるとしても、現代の常識を身につけねばならなかったし、一般教養も必要であった。その中で声というのは、他の物に比べれば、筆談などで代用が利く分、ハンデとしては軽いようで、ハンデには違いなかった。

 それでもコハクは頑張った。二ヶ月も経てば歩くのに支障はなくなり、言葉と文字を覚えて筆談もスムーズになった。

 『悟られ』どころか『悟り』の能力まで消えてしまった為に、苦労は多かったが、調査対象そのものであるコハクを前に、研究室のメンバーは皆、彼女を『人』として扱った。グウィンの手前というのもあるだろうが、良い人間に囲まれたことは幸運であったと言える。



 ・



「・・・・・・で、『エクレア』っていうのは、彼女の元の名前なんですよね」


 ここ三ヶ月の説明をするサリアに、ピニオンは確認する。

 

「ええ、そうね。私達がほかの呼び方を知らなかったから、『コハク』でよんでいたら、彼女が筆談で最初に言ってきたのが『私は[エクレア]です』だったの」


 そんな会話を聞いて、コハクはもどかしげにジタバタしている。ラトがいつの間にかノートとペンを持ってきていて、それに礼をするなり、


「え!? ちょ、ちょっとエクレア!?」


 ピニオンの腕をひっつかんで、店の外に出ていった。


「・・・・・・どうしたのかしら」

「俺たちに[エクレア]を名乗った事自体に、彼女なりの理由があったってことさ」

「?」

「サリア姉にもあるだろ? 自分で[ハサハ]って名乗ったからにはさ」

「ああ・・・・・・」


 サリアは、孤児だった。名は、貰えてはいた。そして、名字は自分で付けた。

 『ハサハ』というのは、呼水都市タオザディートの第二地区の事だ。

 そう聞くと、自分の生まれ育った場所に愛着があるのだと思うだろうが、違う。

 愛着はあるが、決めたのは別の理由だ。


 変えやすいから。


 サリアは、親は現れるような気がしていた。状況からすると、サリアが捨て子なのはほぼ確実なのだが、サリア自身がそれを信じていなかった。事情を知る他人は、そう思いたいのだろうと同情するが、サリアは根拠なく本当の親のことを信じていた。


 名字というのは、どこの誰に連なる誰だということを表してしまう。サリアは働き者だったので、家柄などを気にしない家や男から、家族にならないかと言われたことはあった。だが、サリアという名は、別段珍しい名でもない。もし、サリアの親が探しに来た場合、どこかの家に世話になって名字をもらっていると、手がかりがひとつ減るのだ。


 『ハサハ』を名乗るのは、手ががりにするため。


 別れたその場所は、最初に探す場所だ。

 その土地の名を名字に名乗った女の子の話は、十分以上にその土地に振りまいておいた。追うのは難しくないはずだ。親に会えたら、サリアは直ぐにでも変える気でいる。私は、どこの誰に連なる『サリア』なのか示したいから。

 

「私達に[エクレア]を名乗る理由、か」


 言われてしまえば、サリアはすぐに想像が付いた。少し、自分に似た理由であったからかもしれない。


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