ゴールデン・デート
カーリマンズ学院があるのはカーリュッフの首都である都市、ダマバンドである。
砂漠の国であるからだろう。人の都合よりも植物の生育が優先され、それに合わせた街づくり、家づくりが見られ、土地に木があれば、それに合わせて石を組む。
そもそも、この都市の始まりはとある男の思い込みから始まった。
彼は、保存食や家畜の乳などが主な食文化では、人が定着しにくい為、都市化が難しいと考えていた。かなり乱暴な理屈である。
むしろそれは逆だ。人が定着することなど出来そうにないから、そうなったのだ。
わずかな草を家畜が食べきる前に、別の土地に移る。それを繰り返すために、保存のきく食料が必須だったのだ。
しかし理屈が乱暴でも、結果的にそれは正解だった。
都市型の大量消費経済、特に食糧事情をそれで定着させるということは、人が永住する意識を持つことに自然とつながるのだ。
エインシャント聖王国の街並みを知るカーリマンズ一世には、そこが見えていたのかもしれない。
ここダマバンドは、初代カーリマンズ公国国王、カーリマンズ一世によって首都とされた。その時にまず行われたのは、食文化の矯正であった。
先住民の暮らしには極力干渉せず、対価を払って土地を譲り受け、そこで新しくそれまでの『都市』のありようにそった開発計画を推し進めた。
勿論、どこかからそのまま持ち込んだり、同じようなものを作ろうとしても駄目だ。
その近辺で取れる生産性の高いものを更に安定供給が出来るようにし、ルートの整備を行なって交流をしやすくする。異文化を適度に取り入れ、刺激や知恵をも交換し合う。
段々と増えていく、大量消費前提、保存を考えないメニューの数々。
常に冷却しておくという、異常なほどの大量エネルギー消費によって保たれる品質と、それ前提の商品。
人が常にいるからこそ需要の作ることの出来る快楽を先に文化としてしまう。
やたら強引が過ぎる方法であったが、めでたく成功した。
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「あいすくりーむ?」
やたらとはしゃぐエクレアが指差すのは、聞き慣れない名だが甘味の様だった。
幸い、自分で使うあてもあまり無いのに、ディグニットからはそれなりの禄を得ている。
こんな小さな甘味一つには、70ワークスというのは随分高価だが、(安い定食なら食べられるほどの値である)別に気後れするほどの事でもなかった。
「!?っ ・・・・・・冷たくて、甘い」
初めての食べ物だったが、美味かった。
凍っているオレンジを少し溶かした物がかろうじて近いが、あれは冬にしかないし、寒いときにわざわざ食べたいものではない。
今も季節は冬なのだが、砂漠の国カーリュッフには冬らしい冬は来ない。来ても氷を見ることもない。
なのに、凍った何かを菓子として売っている。
「魔法・・・・・・なのかな」
どうも動物の乳に甘味を足したもののようだ。それを凍らせているのだろう。
しかし、ただ乳を凍らせただけでは、そのままカチカチになった乳が出来るだけのはずだ。
なめらかに口の中で溶けていくこの感じと、コクのある舌触りがなんとも言えない。これはまだ何か想像を超えた秘密がありそうだ。
アイスクリームをねだったエクレアは、別のものを食べていた。
どうみても雪そのもので、これには果汁と蜜がかけてあるようだ。
冬のこない、一年の半分が乾ききった暑さで過ぎる砂漠の国で、これらは確かに千金を払う価値があるだろう。
・・・・・・それはともかく。
しゃくしゃくとその彼女の顔ほどもある雪山が削られてゆく中で、突発的におこるらしい頭痛に身悶えする様は、最初は慌てたが、なれると微笑ましい。
そして、思い出したように、そのレモンと蜂蜜の混ざった雪を匙ですくって差し出す。
少し分けてくれるのかと思って、そのまま匙をくわえて雪を堪能し、おいしいね、と微笑んでみせる。
そのことを喜んでくれたり、ピニオンのくわえた匙を見て、顔を真っ赤にして悶えたりしたかと思うと、そうじゃないのと言いたげに腕を振り回して、ぷるぷると首を振る。
どうも、どこか噛み合っていないようだ。
ボタンを掛け違えたような、今ひとつ通じない二人。
彼女が焦っているようなのに対して、ピニオンはこんな時間が楽しくて、今ひとつその事を考えるのに集中できないでいた。
この店に入る前にもいろいろあった。
太陽をモチーフにしたステンドグラスのある教会。
しかし、照りつける日差しを悪魔の吐息と呼んで、憎んでさえいると言える教えまである砂漠の文化の中、聖エインシャントを中心に布教しているクルアム教会は寂れていた。
勿論、そのクルアム教を信仰する国などの商人や旅人もいるので消えるまではいかないようだが。
露店や宝石店で、琥珀やトパーズやイエローサファイアを盛んに指さす。
その後で自分を指差すのだから、プレゼントして欲しいのだろう。是非そうしたいとは思うが、流石に宝石には手が出ない。
「い、いつか必ず」
断る時の最悪の常套句だとは自分でも思うピニオンだったが、ちゃんとそのつもり・・・・・・いつかプレゼントしようとは思っているのだから、勘弁して欲しかった。ない袖は振れない。
その後やはりぷるぷると首を振った。買えというのではないようだ。
やはりどうにも分からなかった。
そんな事を思い出しながらぼうっとしていると、エクレアはピニオンのアイスクリームに蜂蜜を大量にかけていた。何かもう意地のようなものが見え隠れしている。
甘ったる過ぎる蜂蜜漬けのアイスを食べきって、美味しかったねと微笑んでも、エクレアがぷるぷると首を振ったのは言うまでもない。
そして。
「みーぃぃつけーたーァァああーーー」
怒りの炎をしょって、刺すような眼光をこちらに向ける女性が、入口から入ってきていた。礫炎火竜でも出現したようなていである。
エクレアの顔が引きつった。
ピニオンは落ち着いていた。
殺気をあれだけ振り撒けば、狩人に気づかれないわけもない。というか、エクレアは気づいていないようだったが、実はずいぶん前から監視はされていたのだ。
青筋を浮かべながらニコニコと微笑むサリアを無視し、カウンターの奥の方に座っている短髪の男に手を振る。
ラトである。
ラトも気づかれているのは気づいていたのだろう。だから尾行は途中からぞんざいだった。今も驚きもせず手を振り返す。
ピニオンとしては、エクレアが目立ちすぎるのと、自分もあまりこの街の雰囲気に馴染んでいないのを感じていたので、無理にまこうとするよりも、おとなしく遊んでいたほうが、ラトが気を利かせてくれるだろうとふんで、事実十分堪能した。
信用できる人間に位置を掴んでいてもらえるほど安心なこともない。
「ふふふふふ。やってくれるじゃないピニオン。おかげで町中を走り回ったわ」
「サリア姉、どうどう」
むしろ気を利かせてくれたラトが走り回らせたのだろうが、それくらいの事はこちらでかぶろう。
切り札もあることだし。
そして切り札とは、出し時というものがある。
セオリーで行けば少し早いのだが、キレかけているサリアの様子からすればここいらがギリギリでもある。出す前に終わるというのは最悪の手なのだから。
「そちらこそ、というところですね。僕に言わせてもらえば。
エクレア、もう復活してるなんて聞いてませんでしたよ? だからこれはある意味報復です。これで恨みっこなしってことで。
ちゃんと話してもらいますよ。なんで彼女、話せないんですか?
しかも、『波動』も出せなくなってるみたいだし」
このセリフに凍りついたのは、サリアだけでなく、エクレアもだった。
いや、『コハク』も、と言うべきか。




