鳥かごでの再会
鳥かごのような建物は、温室だった。
二つの階層に分かれていて、一階に木々、大きく採光用の隙間を作って、二階に鉢植えの草花を扱っているようだ。
「いい所だね」
そう言うと、エクレアは潤ませた瞳のまま、輝くような笑顔をする。
ライラックの花や時期はずれのネリネを見せてくる。綺麗だね、とか、この花、僕も好きだな、と言うたびに、私もだというように、何度も頷く。
なのに、ピニオンの言葉が続かないのを感じるたびに、少し顔が陰る。
(・・・・・・何か、欲しい言葉があるんだ)
彼女の名前であるはずの、エクレア、という言葉が一番そういう反応をする。嫌がるというよりも、落胆したみたいに。
ピニオンは、会話の中で、なるべくその名を呼ばないようにする。
「・・・・・・誰かいるの?」
「あ」
下の方から階段で登ってきたのは、なんとサリアだった。
「サリアさん!!」
「! やだ、ピニオンじゃない!! そ、そっか。今日着いたの?」
「はい、今朝のことです。・・・・・・いやー、海ってすごいですね。一日目は死ぬかと思いました」
「酔った?」
「さすがに。でも、次の日には平気でしたし、景色には感動しましたよ」
サリアは前に見た格好だった。大きな魔石の付いた杖も変わらない。
ついこないだのことなのに、ピニオンは懐かしく感じた。
「でも、どうしてこんなところに?」
「あ、はい。その・・・・・・ あれ?」
エクレアがいない。
しかし、下に行く階段は一つしかないようだったし、そこを今サリアが上がってきたという事は、まだここにいる筈だ。どこかに隠れているのだろうか。いろんな物が植えてあるし、なかなか広い温室だ。隠れる場所には事欠くまい。
「いや、ちょっと迷ってしまって。というか、目立つ建物だったので、ついふらふらと」
「ふうん? あなた、そういうタイプに見えないけどね」
エクレアは、多分サリアにも見つかりたくないのだろう。
「サリアさんはここへは何の用だったんですか? 珍しい果物の栽培でもしてて、水やりに来たとか?」
「実際ザクロとか育ててるけど、今はそうじゃないの。・・・・・・ええとその、人探しというか、迷子搜索というか」
・・・・・・なるほど。
「その子もここが好きだから、いるかもと思ったんだけど・・・・・・」
「うーん・・・・・・ でも、僕も来たのはついさっきですけど、僕より先に来た人はいませんでしたよ?」
嘘は言っていない。
ここへは先にピニオンが足を踏み入れた。
「そっか・・・・・・」
「僕も探しましょうか?」
「う、ううん、いいわ。目立つ子だし、すぐに見つかると思う。あ、でもごめんなさい。そういうわけだから、案内が出来ないわ。正面入口から入れば、受付もあるから、『カルファト教授の研究室』を訪ねてくれればいいはずよ」
「はい。もし、その子に偶然会ったりしたら、伝えておきますよ。どんな子です?」
サリアは少し逡巡した後、
「ここの制服を着てて、みつあみで、金色の目の子。エクレアっていうの」
(やっぱり)
「その子、喋れないから・・・・・・ あ、でも、耳は聞こえるの。もし見つけたら、そのまま研究室に連れて行って」
「分かりました」
そう言うと、サリアは他の場所を探しに行った。
しばらく間をおいて、後ろを向いて言う。
「で? 君はなんでサリアさんから逃げてるのさ。さっきの男の人の声も、グウィンさんじゃないの?」
どこかで聞いた声だと思ったが、多分そうだろう。ピニオンも一度会った。
大きな鉢植えの影から出てきたエクレアは、ほんの少し恨めしげな目でピニオンを見る。
「まあいいか。聞かないよ。
喋れないのはなんとなくわかってたし・・・・・・
でもさ、これからどうするの? 逃げ続けるわけにもいかないんじゃないの?
そりゃあ僕も、誰と何時に会うって約束をしてるわけじゃないし、いまさら急ぎの用でもなくなっちゃってるしね。こうなると」
こうなると、そうだ。
サリアがどういうつもりだったのかなんとなく分かった。
エクレアは、少ししゅんとしていたが、すぐに何かをひらめいたようで、パアッと顔を輝かせる。
ピニオンの手を取り、温室からだとよく見える、大きな門を指差した。
ピニオンが入ってきた、あの巨大な正門だ。
・・・・・・勿論、門がどうしたというわけではないだろう。
「・・・・・・本気?」
コクコクと頷くエクレア。
要するに、外に連れ出せというのだろう。
ピニオンは少し迷ったが、黙っていたのは向こうが先だし、義理立てすることもないだろう。
何より、彼女とのデートは魅力的だった。