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キュクスの叫び  作者: おかのん
第4章
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『自分達が生きる為の正義』

 『ザクス条約』調印がなされた大会議室の扉が、再び内側から開く。

 まだ中には数人残って雑談に興じていたようだ。会った時に良いつながりを築いておくのは外交では当然で社交界では基本だ。

 その時出てきたのは一人の女性であった。


「・・・・・・! 

 貴方は・・・・・・」


 ディグニットが振り返る。


 いくつかの宝玉をあしらってはいるが、基本はシンプルな雰囲気の慎ましいドレスである。エスハーンではよく見る衣装だ。

 貴族の子女なのは間違いない。だが、他に何も見えない。

 国の命運がかかっていると言える大会議に出席するような人間には見えないのだ。ピニオンの感覚でさえ、こんな会議に出てくるのは、老獪さが滲み出ているような壮年以上の男性だ。その意味ではディグニット王子でさえ違和感がある。

 人を魅了してやまないほどの美しさも、権力にかける執念も見えない。ただ社交界で、少しだけ家のしがらみのある、でも普通の恋をして。そのまま家を守っていきそうな。

 領民に愛されることこそを誇りに思って家をつないでゆく、その歯車の一つとなることこそ、しなやかで強い矜持であるような。

 少しだけ広めの世界の『母』。そんな印象。


「・・・・・・先ほどは、どうも。

 彼は、従者として来ていますが、今回の事には因縁浅からぬ、ピニオンという少年です。

 ピニオン、この女性は、ついさっきの会議で、進行を勤めていた女性でね。この会議の円滑な進行のために、何より僕の立場を慮った言葉をくれた人だ」


 エスハーン帝国内でのハルツの王子の立場というのは、かなり複雑と言える。

 先ほど本人が言ったように、なんの見返りもなく助けようとしているだけに、さらに難しい。

 後で法外な要求をしてきたとしても、国の存続より優先すべきことが王家にない以上、何を要求されても文句は言えない・・・・・・と考えているものは多いだろう。そしてそれだけに、向こうからすれば、好意的に出ることも、邪険にすることも難しい。

 その中で、実質『議長』の役割を持っていた人間が感謝を示してから始まった会議は、ディグニット王子にとって思ったより幾分楽な流れを見せたという。


「私は、ウィユーズ家のティアといいます。いえ・・・・・・

 この件に縁のある方であるというなら、先の戦で、騎士長としては唯一人命を落とした、フィアロウ=メピクスの婚約者であった女という方が、お互いの立場を明らかに出来ますかしらね」


 空気が、凍った。


 ディグニット王子も知らなかった事らしく、絶句していた。ピニオンもまともに反応出来ない。

 彼女にかける言葉など、そう軽々しくは発せられない。


 沈黙を破ったのは、フィアの方であった。


「・・・・・・ごめんなさい。嫌な言い方をしました・・・・・・

 どうしてでしょうね。こんな言い方をしなくても、察していただけるのは分かっているのに。

 こんな刺を付けても、誰も良い気持ちにはならないという分別くらい付けられるのに・・・・・・」


 彼女の表情は、ほんの少し沈んでいる。

 それはむしろ、疲れきっているような様子だ。

 ディグニットが先ほどの会議で見た、全ての国に対する謝罪と感謝と、条約のメリットや、これからエスハーンがどう他国と関わっていくかを明朗に話していた彼女からすれば正反対だ。


 この会議自体、婚約者の仇に物を乞わねばならない話し合いである。

 成功させねばならない理由はあったのだろう。だから全力だったのだろう。

 

 それでも。

 

 心が納得しないという事はある。


「わかっては、いるんです・・・・・・こちらから、勝手な都合で、国を奪いに出向いて。

 なのに・・・・・・助けていただく事になって・・・・・・

 にもかかわらず、誰も彼もが頑なで、醜くて・・・・・・


 ええ、勿論私も含めて。

 貴国の被害の話も、カーリュッフの尽力も耳に入っているというのに、それでも・・・・・・」


 それでも、と言った声は、掠れた。


「それでも、今ここに、フィアロウがいない事に耐えられない。彼を殺された事が許せない。

 許されないとすれば、それは私達で・・・・・・!

 そんな事は、分かっているのに・・・・・・!」


 震える声が、落涙を早める。

 彼女の前で、あの優しそうな騎士は、どんな顔をしていたのだろう。

 彼女にとって彼は、彼にとって彼女は、どんな意味を持って存在していたのだろう。

 その片方が欠けた今、その営みはもう紡がれる事もなく。

 良く知る者が志をつごうとしても、それは相違無いものである事は証明のしようがない。


 それは、神の言葉を聞ける者がいないのと同じくらいに確かな事だ。


 

 だからこそ。



「それで、いいですよ」


 ピニオンの、言葉だった。


 それは、固い決意でも、誰かの代弁でもなく。

 語りかけるような響きは、ただただピニオンの今の思いを表していた。


「僕達は、そういう思いを認め合わなきゃいけないんです」


 もう、起きてしまった事だ。

 情勢の変化も、残るわだかまりも、愛しき誰かがもういない現実も。

 

 ならば、誰かが受け止めなければならないのだ。


 傷つけられ、失った上に、許して、助けて、受け止めなければならない。こんな理不尽があるだろうか。それでも、もう失わないために、さらけ出してもらわないと始まらない。

 

 そんな事は、他人なんかには出来ない。


 でも、他人でいる限りは、守るべき『自分達』の外に誰かがいる限りは・・・・・・

 その誰かが、何かを奪おうとしに来ることを、疑わなければならないのなら。


「僕たちと一緒に、生きてください。きっとそれが、本当の、『自分達が生きる為の正義』なんです」


 『自分達が生きる』以上の正義が存在しないがために、その正義がぶつかりあった時に、争うしかないというのなら。

 その目に映る全ての人が、『自分達』になってしまえばいい。

 それはとても難しいことかもしれないけれど。

 それを避けようとして、大切なものを失いあうより良いはずだ。


「ええ」


 後に王家は形骸化し、ティア=フィーサリス=ウィユーズは、その王家を守る立場を取りながら、政治の中枢に席を置くようになる。

 復活した穀倉地帯の価値を最大限に利用し、周辺諸国とのつながりを確かなものへと変えた。

 そして、フィアロウの忘れ形見となった男子を産んだ。


 名を、フィル。

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