カーリマンズ学院
エスハーン城の大会議室前の廊下で、ディグニットとピニオンが、それぞれリアルトの意思を継ぐ事を決意した時。
彼らの話題にのぼった『二人組』・・・・・・
ラトとサリアは、カーリュッフに戻っていた。
「ふひひはへっへひははへ」
「ごめんサリア姉。鳥ならまだしも牛の足の丸焼きをかぶりつきながら喋るのは、いくらなんでもどうかと思う」
鳥ならまだしもなどと言っている時点で、ラトの感覚もおかしい。
実際にそれをやったら山賊にしか見えまい。長旅で薄汚れているため、なおさらだ。
大仰な、魔石付きのいかにもな魔法の杖も、十字をあしらって重ね合わせられたひたたれを巻いた、法衣にも見える麗しい衣服も、蒼い炎のような髪も、子猫のような金色の瞳も全部台無しである。
もぎゅもっぎゅ。ごっくん。
「ついに帰ってきたわね。苦労したわ」
「結局言い直すなら二度手間じゃないか。ともあれ確かに苦労したよな」
主に俺がね。とはラトは思っても言わない。
気持ちの上でどうだろうとはた目にどうだろうと、サリアも苦労したはずだからである。
こんな・・・・・・文字通り燃費の悪い状態のサリアを抱えて砂漠ごえはどっちにしろ出来ない。ならばやはり、エスハーン側の港町から船に乗るしかなかった。
そう。結局当初の予定通り、コハク入りの琥珀はカーリュッフに持ち込まれることになった。
なのでその手段も当初の通り、魔石からの供給による補給が必須となり、つまり・・・・・・
12,3人前の食糧が必要な旅をする事を強いられたのである。
((・))
二人が選んだのは旅漁船と呼ばれる、この地特有の旅する漁業船である。
このあたりは魚はその地その地で取れる魚が微妙に違いがあり、特にエスハーンからカーリュッフにつながる、外海への入口あたり・・・・・・ラスタージ自治区を中心に混沌としている。
そのため、このあたりを往復しながら、ラスタージに二国近くで取れるものを、二国にラスタージで取れるものを主に卸す事で効率よく商いをし、そのついでに管理の楽な荷物や、快適でなくてもいいから移動したい人間を乗せるわけである。
カーリュッフの王国立学院であるカーリマンズ学院の遺産研究員であるラトとサリアの立場からすれば、もっと快適な旅を約束する旅客船に乗っても経費はおちたろうが、旅漁船を選んだのには理由があった。
「マグロ一匹さばいてもらったのは感動ものだったわ」
「まあそうだな」
主な理由はやはり食糧である。
普通の旅客船だと、長期になればなるほどコストがかかる。
こちらにではない。船側にだ。
一食に12、3人前食べられては、いくらなんでも大赤字になりかねない。数日ならともかく、数週間となると、あまりに迷惑であろう。
しかし、漁船なら融通の利くことは多い。食べる分は働くといってもいいし、自分で獲るのも構うまい。実際ラトは厨房でも漁でも人並みに働いたし、サリアはサリアで漁師たちとすぐ仲良くなり、これも食えあれも食えと言われていろんな甲板料理を食べ漁っていた。
「むしろいつもより食える事実に、食欲に拍車がかかっていたように思う」
「気のせいよ!!」
そんなわけはないのは分かっているのだが、ラトはそれ以上言わない。
今更であっても、そこは乙女心というものだろう。
どうせ体型は殆ど任意で作れるという、世の女性から見れば殺したいかすがりたいかどちらかになるような能力の持ち主である。食べすぎに関してはコスト面に問題が出ない限り言うまい。
( ・ )
「ご苦労だった。学院の庭園の片隅に彼女用のスペースを設けたので、彼女の搬入作業を任せる」
「ラジャっす」
「軽すぎるだろうサリア姉。研究室の教授なんだぞ」
「なによう。可愛がってもらったおじさんだもん。構わないでしょ?
むしろラトの方がよそよそし過ぎるわよ。実の息子なんだからもっとくだけてて普通じゃないの?」
「足して二で割るとちょうど良さそうだな。親しき仲にもなんとやらという。他の研究員の手前、贔屓されてると思われたら互いにやりにくいだろう? かと言って学院内でしかあまり会わないのに、二人きりでも『教授』と呼ばれれば親として寂しいのは人情だろう。ん?」
そう言って二人の髪をくしゃくしゃとやるのは、その、ほかの研究員の筆頭であるグウィンであった。
「「すいません」」
「まあ、謝るほどのことでもあるまい。彼女を庭園に移したら、休暇を取るといい」
「「ありがとうございます」」
ようやく肩の荷が降りた形になる。
言われなくともたっぷり休みたかったが、ピニオンや、各国の動きも気になった。
部屋から出て、庭園に向かう為に、階段に続く廊下を歩く。
「ま、今日明日はがっつり休みましょう。その後の事はまたその時に」
「そうだな」
結局の所お互いがいればそれでいいような二人である。
目を伏せて、口元だけで笑うラトと、振り返ってはしゃぐような笑顔のサリア。
エウロープがあそこまで協力的な態度をとったのにはラトもサリアも驚いたが、流れを見る分には、何か裏でどうこうとかではなさそうだという事で懸念もない。
ラトは久しぶりに、何も考えず眠れる事を楽しみにしていた。
「ねえラト」
「ん?」
サリアの背は、ラトの頭半分下あたりだ。
背中をあずけようとすると、髪の分け目が目の前に来る。
首をそらすと、顔は目の前になる。
にぱぁ、と笑う、心から楽しそうな笑顔。
後ろ手で絡めるように両手で手をつないでいる。
歩きながらなので、時々親指がサリアの臀部に触れる。
普段、ラトはサリアへの好意を隠そうとしない。
そのせいか、サリアはこんな時全く臆さない。
「ね?」
ラトは、歩くのを止めて、窓側のサリアの体を、空いている方の手でこちらに向かせる。
「・・・・・・ラト?」
「歩きながらすると、歯に当たるだろ」
その涼やかな声色とセリフの内容に、サリアの心が蕩ける。
まあ、今日はむしろ寝ることは出来ないだろう。勿論それはラトも、それはそれで望むところなのだが。
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コハクからの『派動』が少し刺々しいのは、戻るのが遅いからだけではないだろう。