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キュクスの叫び  作者: おかのん
第4章
40/50

ザクス条約

 エスハーン城、大会議室。

 エスハーン帝国とハルツ王国間の講和条約・・・・・・別名『ザクス条約』調印がなされる。

 キュクス防衛戦から約ひと月後の、今日。

 つい、七分前。


 ディグニット王子は、大会議室の扉を自ら後ろ手で閉める。

 そのまま少しもたれかかり、小さくため息をついた。


「ディグニット王子!」


 ピニオンだった。

 もうすっかり回復し、調印式についてきたが、彼が会議に参加する事は出来なかった。

 勿論、最初から分かっていた事だ。ピニオン自身がじっとしていられなかっただけである。


「・・・・・・どうなったんですか?」

「条約の成立、調印は終わったさ。

 まあ、当然だけどね。見返りなしで助けてやろうというんだから」


 あからさまに毒々しい物言いだが、そんな言い方を許されるのはピニオンの前くらいだけだと分かっていての言動である。勿論自分で選んだ道だが、理解者が親族に少ないだけに、彼は苦労している。

 

 今回の件はハルツにとってみれば踏んだり蹴ったりだ。


 あそこで防衛戦に勝利する事は、さして難しいことではなかった。あの一日を乗り越えれば援軍は実際来ていたのだし、エスハーンは全力でかかって来ていただけに、キュクス防衛戦での勝利は、そのままハルツの勝利、すなわちエスハーン帝国の領土が手に入ったのだ。

 自国となってしまった後なら、自国民の救済に否はない。

 そして将来的には、エスハーンの持つ肥沃な穀倉地帯は、ハルツに多大な利をもたらしたろう。

 それを棒に振って、自国の兵にも少なくない死傷者を出して、結局講和。

 はるばるやって来た援軍やその将、ディグニットの兄君達からの嫌味はディグニットの心をささくれさせた。

 その戦いで命を落とした兵の遺族達からの抗議文も同様だ。


 救いは、キュクスに居た者達の声だった。

 

 『守りたいものを支える(ひと)を、失い合ってどうするんですか』


 ピニオンのこの言葉は、その場にいた人間の殆どが共感した。

 皆それぞれに、あったのだ。守りたいもの、成し遂げたい何か。

 大きいも小さいもあろう、ささやかなことも簡単なことも、夢のような話も、困難な挑戦も。

 

 生きているからこそ、続けられるのだ。

 それぞれ、自分がいるからこそ。

 

 『休戦を願いたいッ!!!』


 あの場でその言葉を発することが出来たのは、ディグニット王子だけだ。

 その後のいっさいを取り仕切るつもりにならなければ出ない言葉だ。

 皆が、同じ思いで武器を捨てたとしても、その一言がなければ場は収まらない。


 他人の運命を背負うということ。


 その重さが分かるからこそ、人の上に立つべきで、わかるような者は、その責に耐えられない。

 だが、その思いさえ伝わった上で、なお救うのだと決意したディグニットは、その時キュクスにいた者達にとって、本当の意味での主君となった。


 彼らはそれぞれ、故郷に戻った者も、とどまり働く者も、積極的に動いている。

 自らに繋がる者達に、かの国を恨まぬよう。理由がある者でも、動かぬよう。死んだ者が望むのは、復讐ではなく、残された・・・・・・彼らこそが守り続けたいと思っていたものが、守られ続けること。

 おためごかしに聞こえそうなその言葉も、実際に同じ死地から戻った者の言葉となれば重みが違った。

 また、まさに魂を懸けて語るキュクス帰還者は、厭戦感を膨らませるにも十分であった。


 それでも届く遺族達からの抗議文には、ピニオンも返答に参加している。

 普通、こういう物は黙殺されるか、政策そのもので返答される。今回抗議文や意見書を送り付けた者の中には、返信が送られてきた事自体に面食らった者も多かった。


「知っての通り、物資が行き渡るまでの時間の遅れで手遅れがあってはならないという理由で、特に食料などに関しては、既に配給がなされている。

 何より、カーリュッフ王国主体となって行われ、エウロープが協力を惜しまない姿勢を見せた『ユーロパ災害支援会議』が、この講和の段取りの途中で介入してきた。これは不成立にさせる雰囲気じゃないのは、政界や外交に造詣の深いと言えない僕でも分かる。

 ・・・・・・あの二人組、カーリュッフ王家そのものに泣きついてこんな事をやろうとしてたとはね。キュクス防衛戦に間に合わなかったとはいえ、やったことの影響はこれから膨れ上がっていくだろうさ」


 『ユーロパ災害支援会議』は、カーリュッフ、ハルツ、エスハーン、エウロープの他に、ダビア地帯の遊牧民や、ラスタージ自治区、新興国ポートリリリまで参加を表明した。

 この時期から栽培可能なイモや、長期保存が可能な果物、年中出る動物の乳・・・

 支援物資のあまり多く送れない周辺の小国家からも、惜しみない援助があった。

 勿論、相互扶助の見返りや保険の意味合いもあろうが、何より大きかったのは、エウロープの態度であった。エスハーンとは犬猿であったのかと思いきや、良かれと思って送ったはずの優秀な若者がやらかしたことを、全てこちらの責任であり、また彼らの想いをはかれなかった王家に非があると宣言した。

 舐められたら終わりと言われる外交で、大国がこうべをたれた事。それは、大国であるが故に出来たことかもいれないが、臣下の者や、強いナショナリズムを持つ者の中でも特に過激な人間達はともかく、一般の民達は賞賛し支持した。

 この行動自体がエスハーンの誤解を解く鍵となり、周辺諸国のエウロープの評価を変えた。

 それが、この支援会議の成功につながり、誰もがそれ以上の大きな損をすることもなく、皆がこの冬を越すことが出来そうであった。


「僕も、お供します」

「ああ」


 一応のけじめはついたと言えるが、やる事は山積みである。


「・・・・・・僕は、本当はどうでもいいんだ。それほど人が好きなタチじゃない。

 僕のやりたい事に、それなりに理解を示してくれる(ひと)と、気の置けない友人が一人二人居てくれればよかった。でも・・・・・・」

「リアルトさんは、そうじゃなかった。

 ですよね?」

「・・・・・・」


 この世界のすべての人を、救い導けるとは思っていなかったろう。

 だが、その両腕で抱えられるだけの人を守り抜ければそれでいいと思えるほど、穏やかな男でもなかった。

 その瞳に映る全ての人を、いつか救えるようになりたい。

 その思いを知っていたからこそ、今はディグニットは立ち止まれなかった。

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