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キュクスの叫び  作者: おかのん
幕間3
39/50

アルトリカ

 かつて、エウロープはエスハーンの一部であった。

 ヴァレリオ三世が新しい領土を欲し、北方の蛮国をエスハーンの為に平定すると宣言してから幾十、幾百年になるか。


 エウロープが大国にのし上がったその間に、エスハーンが守りとおせたのはその血筋のみ。


 ヴァレリオ四世が一人娘を溺愛したためとも、その一人娘が北方のとある勇者と恋に落ちたためとも、あるいはその両方とも言われる。

 どちらにしても、その後もエウロープは主国の王族に取り入って玉座を仰ぐよりも、平定した北方をないがしろにしない態度を取り続けた。

 その為、逆にエスハーンより信頼を得、北方の国々より支持を受けて、大陸北西部の殆どを手中に収めたのである。


 近年になって、といっても数十年の間となるが、エスハーンに送られてくる優秀な若者たちが、国の中枢を握るようになる。

 その権威だけが力であるエスハーンは、その権威さえもかつての従国に支配されかねぬ事態となった。


 エスハーン帝は、跡目争いの内乱が起きると見るや、中枢を担う、しかしエウロープの息のかかった者達を送りかえし、跡目争いの内乱を収めた時点で、エウロープを王国として……

 独立国家として認めると宣言した。

 その行為によって、逆に、国家を実質乗っ取られるという事態を防いだのである。



 そのこと自体は英断と言えた。

 その後続く大干ばつによる飢饉は運が悪かったとしか言いようがない。


 そして……


 この事態は、エウロープにとっても不本意であった。



 実は、エウロープは、すでにエスハーン自体に興味がなかった。

 こちらの強国ぶりを恐れてか、はたまた既に対等であると認めているのか、エスハーンはエウロープの国政に一切口を出さない。

 主国として、税やそれに類するものを取り立ててはいるが、エウロープの総国力と照らし合わせれば微々たるもの。

 息のかかった者達による実質乗っ取りというのも誤解であった。

 良かれと思って送りこんだ優秀な人材であったのだが、エウロープの方が大国であり華やかだった事で、左遷されたと思い込んだ、またはそれに類する不満があったのだろう。

 能力は高かった為、瞬く間に昇りつめたのはよいが、表に出てきた態度が悪すぎた。

 汚職、賄賂は当然に、遊び方も酷かったらしく、エスハーン帝の猜疑心に確信をもたらすに十分であった。


 彼らが送り返されてきた後、実状を調べ、厳しく処罰はした。

 しかし、エウロープ側が誤解だと言った所で説得力がない。


 エウロープ側はこれ以後、静観するしかなかったのである。


 ・


「殿下!! 王太子殿下!!」


 エウロープ王城、ツヴァイフリート城。

 二本の尖塔がその内部までシンメトリーとなっている、王国最大の城であり、王族の居城である。


 野太い声で呼びながら廊下を進むのは、壮年の男。

 なでつけた白髪交じりの髪と、切りそろえた髭。

 眼光鋭く、眉間にしわの寄った顔と、武人らしい巨躯。

 親衛隊と近衛軍を率いる重鎮、カニンガム将軍だ。


「カニンガム、ここだ」

「おお、殿下。先の戦の結果の報告が」

「・・・・・・早いな」


 ツヴァイフリート城の窓は、内側からだと座れる程度の奥行きがある。そこに腰掛けているのは行儀がいいとは言えないのだが、実際に座っているその男の姿は実に絵になっていた。


 青みがかった黒髪、挑むように見える鋭さの割に、少しタレ気味で凄みのない同じ色の瞳。

 狐と狼の中間のような、にもかかわらずどこか愛嬌のある細面と、その姿に整えられているのがわかる痩身。


 街にいれば、多少軽く見える男程度の容姿だが、何故かその立場に相応しい威厳にこと欠いていない。

 それがエウロープ第一王位継承権保持者、リークラフト=ワイズ=エウロープ・・・・・・

 リークラフト王子であった。

 読みかけの小説を閉じ、カニンガムの方を見ずにつづける。


「当ててみせるよ。ハルツだろ?」


 どちらが勝ったのか、という事だろう。

 今現在戦争をしている国は、ハルツとエスハーンしかない。

 そのあっさりとした物言いは、エウロープの国際的な態度と重なるほどに、興味なさげに見えた。


 が。


「いえ・・・・・・ 講和が成立しました」


 その一言を聞いた時、リークラフトは破顔した。


「は。 はははっ!!!

 はははははははははははははははっ!!!

 講和だと!?


 そうか!! まさか・・・・・・

 やってのけたというのか。いや、面白いな!!

 ハルツの王か!? もしくは王子か、将か!?

 どれであっても余程の馬鹿か、博奕打ちか!!」


 楽しくて堪らない。そんな笑い声が響く。

 興味のない戦だったというのなら、その結果が多少意外だったとして、どう楽しいだろう。


「で、どいつがやったんだ。何をもって話が纏まった。決め手は何だ。その後の話は?

 同盟などの話も出ているのか!?」


 興味は尽きないらしく、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 しかし、将軍は、


「確かなことはまだ。引き続き調べさせております」


 それだけ告げると、押し黙った。


「そうか。同盟がなるような事になれば、南への態度は改めねばなるまいよ。

 しかし残念だ。あそこまで追い詰められたエスハーンを、どうやって説得したのか聞きたかった。他国の交渉事の場に居られるわけもないが、頑なな彼の国がこうべを垂れた一言とはなんだ!?

 きっと、我々のような驕りの混ざる大国の王家からは想像もつかぬような、心を貫く一言のはず!!

世の動きを変える鮮烈なる科白!!

 くはははは。是非とも!!是非とも聴いてみたいよ!!」


 ご機嫌の彼を前に、カニンガム将軍は続けた。


「戦が始まるとほぼ同時期に、カーリュッフが動きを見せています。つまり、間に合わなかったということでしょう。しかし動いていた事自体は、実を結んだのかもしれません。

 そして、報告と重なるように、このようなものが」

「うん?」


 それは、カーリュッフからの親書であり、エスハーンの内情とハルツの心情をオブラートに包んだものがしたためられていた。

 誇りのために助けを求める事が出来ぬという、王族には慮るにやぶさかでない心理をくすぐり、他の外敵による備えの為に助くことの出来ぬという心苦しさを、『外敵』にこちらがかからないような表現だ。

 しかもこれと同じものを周辺各国に送ったと明記してある。


「・・・・・・ほう」


 ますます目を輝かせたリークラフト王子は、すぐに狙いに気づいた。

 この親書には、願わくば彼のなじみ深き国の民に、我らが助けとならんと名乗る国と共にならんとある。

 要するにカンパをしろと言ってきている。

 が、本当の狙いは、周辺諸国同士を牽制させることにあるのだろう。

 全ての周辺諸国がカンパをすれば、そうして助けた国を攻めるとなったら国際的批難の的になってしまう。

 実情は抜けがけを責めるだけのものだろうが、どちらにしても、どの国にとっても手を出しにくくなる。

 しかもまったく同じような親書が来ているという事は、カンパしなかった国は、『知らなかった』が通らない。

 出さねば、度量の狭い国、下手をすれば非人道的な国だというレッテルを貼られかねない。


「くくくくく。なんとまあカーリュッフ王も底意地が悪い。

 我らエウロープはなんとでもなるだろうが、他国はな。見栄のためとはいえ、この時期の国際援助というのはきついものがあろうに」


 そこまで読んだ時に、カニンガム将軍の、晴れぬ表情に気付いた。

 あまり感情を出さぬように見えて、根が正直な将軍である。リークラフト王子は気になった。


「他にも何かあるか?」

「一つ」


 どんな話であるか、良い話か悪い話か、重要かそうでないかも告げず、ただ重苦しく続ける。


「ハルツ側を率いたのは、ディグニット王太子、そして・・・・・・


 リアルト=ストーウィックと名乗る、若き将軍。


 旅の聖騎士から取り上げられた、黄金の髪を持つ、眼光鋭い長身の美丈夫だとか。

 今回の戦で命を落とし、それが講和のきっかけになったのではとの報告もございます」

 

 リークラフト王子の表情が強ばる。

 すこしだけ、胸を抑えるようにしながら、一言。


「そうか・・・・・・」


 先ほどは閉じただけの本を、片隅に置く。


 立ち上がって窓の方を向き、陽の光を頭に浴びるように顎を引く。


 そのまましばらく、リークラフト王子は微動だにしなかった。

 それはまるで、死者に捧げる黙祷のようであった。


 カニンガム将軍に向き直り、告げる。


「我が国からの援助は、惜しむな。ほかの周辺諸国には出させぬくらいのつもりでやれ。

 元主国に貢ぐのだ。理由はあるし、誰も嫌がるまい。

 貴族共から出させる時も、自由に出させろ。


 英霊を祀らせてほしいと、頼み込むのを忘れるな。


 それと・・・・・・

 カニンガム、付いてこいよ」

「御意。お供いたします」


 それ以上は何も言わず、カニンガムは去る。



 誰もいない廊下で、リークラフト王子は静かに拳を壁に叩きつけた。



「アルトリカの大馬鹿が・・・っ!!」


 それは、カニンガム将軍の息子の一人であり、リークラフト王子のかつての友の名であった。

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