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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
38/50

キュクスの叫び

{どうして!?}


 二言目は問いであった。

 全く要領を得ない、しかし脳裏にその感情さえのせて響き渡るその声。

 苛立ちと、怒り。哀しみと、焦り。愛おしさと、決意。


 そのあまりの感情の大きさに、その場にいた誰もが、自分の心を吹き飛ばされそうな衝撃を受けた。


 『声』は、少女のものだった。

 舌足らずとまではいかないが、可愛らしい、感情を隠そうともしない、高い音。


{どうして誰も聞こうとしないの!? あんなに・・・・・・あんなに叫んでるのに!あれだけ苦しんで、まるで心を削るみたいに訴えてるのに!!}


 実際は、無理な話である。

 鬨の声こそ魂を燃やす様に、命を絞り出す様に叫ぶものだ。

 ピニオンの声が聞こえるわけがない。


 もちろんそんな事は少女は知る由も無いし、知った事でもない。

 『ピニオンの訴えを誰も聞こうとしない』事に逆上している今、その事実を理解した所で、それがなんだと言い出しそうだ。


{泣いてるじゃない・・・・・・ずっと泣いていたじゃない!! 気付いてあげてよ!!おじさん達の半分も生きてない様な男の子が、一所懸命に泣いてるのに!!

 ずっとずっと、助けてって、言ってたのに!!

 今からでもいいよ。聞いてあげてよ!!

 聞いてあげてよぉっ!!}


 ピニオンは、まだ、やめていなかった。

 声はとうに枯れ、つぶやきにもなっていなかったけれど。

 祈りのようなそれは、続いていた。


 皆、耳を傾けた。

 いや、『聞こう』と、意識した。

 音にはもうならないけれど。



 少女の能力、『脳神経パルス双方向性接続結界(コネクタ・フィールド)』(その場にいる人間全てが、テレパシーによって繋がる空間)が、ピニオンの思いをその感情ごと伝える。

 この場にいる、感情を持つ全ての生き物に。



 助けて。

 もう僕には何も出来ないから。

 どうにか出来る誰かに。

 僕が助けたいと思った貴方達こそ、ここで一番強い筈です。

 なんとか出来る、誰か。


 『自分達』を守りたいなら、やっぱり、死んじゃダメです。

 誰かを守りたいと思う自分を、絶やしちゃダメです。

 大切なものを守る力を失いあう、こんな場所は、作っちゃいけないんだ。


 僕の目の前で、人が死にました。


 まだ会ったばかりだけど、恰好いい人だった。

 兵士の一人一人の名前を覚えてるような、誰もを大事に出来る様な人だった。

 大切な人を守りたいのに、誰かの命を奪う事を怖がっていた僕を、最後まで諦めなかった。

 人の命を奪う事の意味を理解していてそれでも、守る事を躊躇うなと言ってくれました。


 もう一人は、一度会っただけの人。

 優しい感じの人だった。

 自分の住む国を、そこで生きる誰かを守る為に、出来るかどうかもわからない事を、やるって言い切ってた。

 それでも、僕が言い出した甘っちょろい理想論に、耳をかたむけてはくれました。




 失っていいような人達じゃ、なかった筈です。



 誰かを守る為に、命を懸ける事の出来る、そんな皆さんが、まだ、死なずに生きています。


 ・・・・・・お願いです。



 貴方の目の前で、貴方が敵だと決めて、誰かの為に殺そうとしているその人は!

 貴方と全く同じ想いでこの場にいる事はわかっているじゃないですか!?


 大事な誰かに、死んで欲しくないだけだって!!


 助けてあげて下さい!



 お願いですっ・・・・・・




 お願いですっ!!!





 ・・・・・・・・・・・・



 さわさわ、さわさわと、さざめくように。

 皆の心の声が入り混じり、心の音となる。


 目の前にいる人間が、『人』なのだと、各々が改めて自覚する。

 考えないようにしていた、あるいは、その罪を背負ってでも、守るべきものの為に、その全てを奪う事も厭わないと誓った筈の、名も知らぬ敵。


 『自分達』の、大事なものの為に、踏みにじると決めた、誰かを思って自らの命をかけて戦う、『自分』と同じ誰か。


 皆、何も出来ずに固まった。



{ちょっとっ!?}


 また、少女の声が響く。


{そこの馬鹿王子っ!! ピニオンが、死にかけてるっ!!}


 ディグニット王子は、我に帰った。

 そうだ、ピニオンは、そもそもショック症状をおこして倒れ伏していたのだ。

 彼女が言っていたように、心を削るみたいに叫んでいたのだ。


{ピニオン、ピニオン!!ピニオンっ!!

 ダメ、ダメぇっ! 死なないで、死んだらダメぇっ!!

 ピニオンが言ったんじゃない、大切な人を守る為に、そう思える自分を絶やしちゃダメだって!!

 私、死ぬからね!?絶対後を追うからね!?

 それがピニオンの一番悲しむ事でも、ピニオンのして来てくれた事を無駄にする最低最悪のことでも!!

 だって、ピニオンのいない世界なんか、私にとってなんの未練もないんだから!!

 これからどんな幸せが約束されても、未来が希望に満ち溢れてるって聞かされても!

 今、幸せがこの手にないなら、その先なんていらない!!

 ピニオンがいないなら、私なんて、要らないっ!!

 そんな事無いって、言い返して!!私は、やると言ったら本当にやるわよ!?

 もっと穏やかな、小さな妖精か天使みたいな娘だって思ってたのならおあいにく様!!私は食らいついたら離さないから!!

 貴方がこの半年間、琥珀の中の私を見ながら、何考えてたのかもこの場で全部ぶち撒けるからね!?

 私、覚えてるんだから!!最初の『なんて、綺麗なんだろう』

から、全部!!

 嫌なら、起きてぇーーーーーーーーーーーっ!!}


 少女の盛大な告白の最中、ディグニット王子は、ピニオンに気付けを施していた。

 兵士に持たせている救急用の小袋から丸薬を取り出し、飲ませる。

 心臓にショックを与え、口に布を当てて口から酸素を送る。二回。

 胸の中心を真上から強く押す。30回。


「げほっ・・・・・・ がっ」


 ピニオンが肩で息をし始めたのを見て、ディグニットは、


 ゆっくりと、立ち上がった。



「そうだな」




「もう、たくさんだ。

 仇をとったのに、欠片も気が晴れないよ。

 きっと、エスハーンを焼け野原に変えても、同じなんだろう。

 リアルト、君が望んでいないという以上に・・・・・・


 僕自身、思っていたよりもさらにずっと、戦争が嫌いだったみたいだよ」



 王子は、見上げた空が青いのさえ腹立たしく感じた。

 

  


{ピニオンっ!!}



 今だ琥珀の中にいるだろうコハクは、駆け寄ることも出来ない。

 意識はまだ戻ってはいないようだが、ピニオンは心配ないようではあった。



{・・・・・・ありがとう}



 ディグニットに、感謝を伝える。



「・・・・・・別に・・・・・・」


 彼にしてみれば、大したことをしたつもりもない。


{・・・・・・馬鹿って言って、ごめんなさい}


「ピニオンの状態に、まるで気付かなかった。言われても仕方ないさ」


 ディグニットは、実際そう思っていた。 




 戦場の方では、少女の声が落ち着くと同時に、皆がこの状況に・・・・・・

 心が通じ合ってしまう状況に慣れ出していた。





 ピニオンの言葉は、十分以上に皆に届いていた。

 



 さわさわ、さわさわと、さざめくように。

 皆の心の声が入り混じり、心の音となる。



 ・・・・・・




 わかったよ。 ・・・・・・わかってるよ。


 でも、 ・・・・・・どうすればいい?

 俺達は、ハルツから食糧を手に入れなきゃ、冬を越せないんだ。


 

 ・・・・・・? そうだったのか?

 お前らエウロープの元主国だろう? いくらかよこせって言えば・・・



 馬鹿。あっちのほうが国として強いってことが、どういうことかわからねえのか。


 あー・・・・・・ いや、だったら今のお前の言動は失礼だろ。


 ・・・・・・今のお前ほどかよ。


 

 いいよ。どっちにしろ恥ずかしい話さ。


 じゃあよ。こっちで都合つけりゃいいんじゃねえか?

 少しくらいなんとかなるだろうよ。


 少しで済むなら我慢して終わりでいいだろうよ。戦争仕掛けてきてるんだぞ、全部奪って足りないくらい大変なんだろ。 ・・・・・・あってるか?


 まあな。それにそっちだってそんな簡単な話でもないだろう。


 どういうことだ?


 ・・・・・・お前一から話さなきゃ分かんねえのかよ。

 俺らハルツだって、隣国がエスハーンだけなわけじゃねえだろうよ。


 ああ、そうか。


 いや、向こうのグループが話してるんだけどさ・・・・・・





 ・・・・・・





 戦場の中で、井戸端会議のような、しかしフィアロウやリアルトがピニオンにしていたような会話が交わされる。

 エスハーンは頼れる相手がいない。

 ハルツも国庫を空にすることは出来ない。


 どちらも自分たちのことは当然譲れない。

 しかし、このままではエスハーンは滅亡。

 それを回避するには、ハルツの奪取が必須。


 

 結局、状況はどうやっても変わらない。


 とはいえ、戦場の空気としては、これほどのグダグダ感も珍しい。



{ええい、うっとおしいわね!!}



 とりあえずピニオンが息を吹き返したことで、まだ涙声が混じりつつも、少女がこの空気を破りにかかる。



{今後のことは、今後考えればいいのよ。まだ冬までは間があるもの。

 今はこの場をなんとかしなさいよ}



 確かにそうなのだが。



 普通戦は、どちらかが負けねば終わらない。

 全滅にしろ、降伏にしろ、だ。


 

 どちらも、全滅してもいなければ、降伏するわけにもいかないだろう。

 ならば、どうすればいい?



 そんな意見が連鎖し、蔓延して、答えが出ない。

 感情の渦のような物が出来て、空気が膿んでくる。

 

 そんな状況に、コハクはキレた。


{貴方達、本当に馬鹿なんじゃないの!?

 先のことはこれから考えればいいって分かったばかりなのに、戦争は棚上げすればいいってみんながそう思ったのに!!

 だったらあからさまに今の状態がおかしいじゃない。どうすればいいかなんてわかるじゃない!!!

 戦争の時以外、絶対しちゃいけないことがあるでしょう!?

 やれば、憲兵に捕まるようなことが!


 だったら、今、まずすべき事は何よ!!!?


 貴方達、いつまで剣や槍を持ったままなのよ!!?


 

 戦を終わらせる方法なんて、殺さないって決めるだけでいいじゃないかぁっ!!!!}




 相手が武器を持ったままなのに、殺さないと決めて、武器を捨てる。

 こんな難しいことが、この世にあるだろうか。


 だが、ここにいる全ての人間が、もう誰も殺したくなどないという思いを持っている。

 そしてそれがわかるこの空間でなら、それが出来る。





 戦を終わらせる方法なんて、殺さないって決めるだけでいいじゃないか。





 中庭の茂みの中から発せられているその波動に乗せた声は、まるで要塞自体が発しているような感覚を覚えた。


 

 さながらそれは、キュクスの叫び。



 


 兵士達が、槍や剣を手放し、地面に落ちる音が、しばらく続いていた。


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