全てが削れてゆくこの時を変える力になれない
心を削るほどに叫んだ。
国にとって『人』とは、全てを生み出す宝で。
人にとって『国』とは、そこに住む人々を仲間とする概念を具現化したものだ。
同じ思いを持って存在する二つの『国』が、相手の全てを奪おうとして、自らの内なる宝物を失い続ける行為。
『戦争』。
その愚かしさを理解した上で、それでも『自分達』が消えてしまわないために、奪う事を止めないというのなら、ピニオンに出来る事は、もう後一つしか残されていなかった。
「・・・・・・けて、・・・・・・ぁい」
ここにいる者達の殆どは、大切なものを持ち、守る為に己を磨き、罪を背負う事を知りつつも、命を懸けて戦える者達だ。
だからこそ、納得出来なかった。許せなかった。
こんな風に削れてゆく、お互いが。
もう止まることはないと言われても、それでも。
ピニオンは、最後に。
「助けて、・・・・・・下さい」
懇願した。
誰でもいい。誰をでもいい。ここから、誰かを。
貴方自身が逃げ出すのでもいい。止めをさすのを一瞬躊躇うのでもいい。
城壁から落ちる仲間を受け止めてあげて。矢は眉間を狙わずに腕や足を。
もしかして神様が奇跡を起こして、もう戦わなくていいって言ってくれた時に、一人でも帰れる人が多いといい。
「助けて、下さい」
お願いだから。
僕一人が、神様に誓っても、悪魔に魂を売ろうとしても。
持てる力の全てをどう振り絞っても。
今、全てが削れてゆくこの時を変える力になれないのなら。
誰か、頼むから!
「助けて下さいっ!!!!」
( ( ( ( ◎ ) ) ) )
だって、もう既に返ってこないものが、これだけあるのに。
「失っていいような人達じゃ、なかったはずです・・・・・・!!!」
だって、まだ失われていないものが、これだけあるのに。
「まだ、帰る事が出来る人達が、誰かが待ってる人が、死んでいないんです!!!」
きっと、きっと。
他の事が出来るはずだ。
だって、命を懸けて、罪を背負ってでも・・・・・・
守りたい人がいる人が、これだけいる!!!
「助けて下さいっ・・・・・・ 助けて下さい!!! 誰でもいいから! 誰をでもいいから!! 僕は出来ない・・・・・・ 僕だけじゃなんにも出来ない!!
だから、誰か聞いて下さい!! 僕は、助けたい。誰にも死んで欲しくない!!
なのに、誰かを殺す誰かを止められないっ!!
一度だけでいいから聞いて下さいっ!!!!!!!
だって、同じはずだっ!!!!!」
大切なものが、あるというなら。
「僕は、こんな所で死にたくなぃいっ!!!!!!!!!!」
『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』
( (( ((( ( (◎) ) ))) )) )
『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』
その声は。
戦場の喧騒の中で、戦士達の誰一人にも耳を傾けられることはなかった。
子供がわめいているだけだとわかった瞬間、すぐに耳はそれ以外の有益な、生き残るために必要な情報を聞き分けるように切り替わる。
そうでなければ、生き残る事など出来ないのだから。
心を削るようにして、彼らの為に叫んだその声は、彼らの心に響くだけの意味を持つ前に、彼らの耳から締め出され、無意味な音の羅列になって、雲一つない青く青く澄んだ空にこだました。
それこそ、何度も何度も。
{・・・ぃ・・・}
剣戟は鳴り止まない。悲鳴も、怨嗟も、鬨の声も。
もう誰一人としてそいつが仲間を殺せないように、脳を貫いて確実に殺すために、眉間を狙う鏃が空を切る。
命乞いを見て躊躇えば、自分が命を落とすことになるだろう。
そんな場所で戦っている仲間をおいて、一人逃げ出すなんて出来ない。
自分が城壁を落ちる時は、その自分の胸板の分だけ、次に続く誰かが登りやすい事が最後の生きた証となる。
次の時代の『自分達』の為に。
次の次の時代の『自分達』の為に。
俺が俺であるために積み重ねてくれた、遠い昔の親父の親父の親父の親父の・・・・・・
その先人達の命の意味さえ、ここで証となる。
俺がここで死ぬ事が、誰かを生かす事になるのだと・・・・・・
{いっ・・・・・・・・・・・・}
叫んで、叫んで、叫んで、叫んで・・・・・・
ピニオンはくずおれ、倒れ伏した。
「・・・・・・ぇて・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁさぃ・・・・・・」
魂がまだ擦り切れきってはいなくとも、ピニオンの喉はとっくに潰れていた。
叫び続け過ぎたせいで頭に血が登りすぎて、ショック症状をおこした。
地にふしたまま、それでも・・・・・・
助けてくださいと、そう言っていた。
誰でも、いいから。
誰をでも、いいから。
掠れきった呟くような声が、戦場で誰かの耳に届くわけもなかった。
が。
{いい加減に、しろぉぉおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それは、『声』ではなかった。
『音』ではなかったからだ。
しかし、想いを伝えるという意味では、声とかわりのないものでもあった。
幻聴のように、頭に直接響く声。
少女のものらしき罵声が、戦場の時を止めた。




