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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
37/50

全てが削れてゆくこの時を変える力になれない

 心を削るほどに叫んだ。


 国にとって『人』とは、全てを生み出す宝で。

 人にとって『国』とは、そこに住む人々を仲間とする概念を具現化したものだ。


 同じ思いを持って存在する二つの『国』が、相手の全てを奪おうとして、自らの内なる宝物を失い続ける行為。

 

 『戦争』。


 その愚かしさを理解した上で、それでも『自分達』が消えてしまわないために、奪う事を止めないというのなら、ピニオンに出来る事は、もう後一つしか残されていなかった。


「・・・・・・けて、・・・・・・ぁい」


 ここにいる者達の殆どは、大切なものを持ち、守る為に己を磨き、罪を背負う事を知りつつも、命を懸けて戦える者達だ。

 だからこそ、納得出来なかった。許せなかった。

 こんな風に削れてゆく、お互いが。

 

 もう止まることはないと言われても、それでも。


 ピニオンは、最後に。


「助けて、・・・・・・下さい」


 懇願した。


 誰でもいい。誰をでもいい。ここから、誰かを。


 貴方自身が逃げ出すのでもいい。止めをさすのを一瞬躊躇うのでもいい。

 

 城壁から落ちる仲間を受け止めてあげて。矢は眉間を狙わずに腕や足を。


 もしかして神様が奇跡を起こして、もう戦わなくていいって言ってくれた時に、一人でも帰れる人が多いといい。


「助けて、下さい」


 お願いだから。


 僕一人が、神様に誓っても、悪魔に魂を売ろうとしても。


 持てる力の全てをどう振り絞っても。



 今、全てが削れてゆくこの時を変える力になれないのなら。



 誰か、頼むから!


「助けて下さいっ!!!!」



  (     (    (  ( ◎ )  )    )     )



 だって、もう既に返ってこないものが、これだけあるのに。



「失っていいような人達じゃ、なかったはずです・・・・・・!!!」



 だって、まだ失われていないものが、これだけあるのに。



「まだ、帰る事が出来る人達が、誰かが待ってる人が、死んでいないんです!!!」



 きっと、きっと。

 他の事が出来るはずだ。


 だって、命を懸けて、罪を背負ってでも・・・・・・

 

 守りたい人がいる人が、これだけいる!!!



「助けて下さいっ・・・・・・ 助けて下さい!!! 誰でもいいから! 誰をでもいいから!! 僕は出来ない・・・・・・ 僕だけじゃなんにも出来ない!! 

 だから、誰か聞いて下さい!! 僕は、助けたい。誰にも死んで欲しくない!!

 なのに、誰かを殺す誰かを止められないっ!!

 

 一度だけでいいから聞いて下さいっ!!!!!!!


 だって、同じはずだっ!!!!!」



 大切なものが、あるというなら。



「僕は、こんな所で死にたくなぃいっ!!!!!!!!!!」



         『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』



(  ((  (((    (  (◎)  )    )))  ))  )



         『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』





 その声は。



 戦場の喧騒の中で、戦士達の誰一人にも耳を傾けられることはなかった。


 子供がわめいているだけだとわかった瞬間、すぐに耳はそれ以外の有益な、生き残るために必要な情報を聞き分けるように切り替わる。

 

 そうでなければ、生き残る事など出来ないのだから。



 心を削るようにして、彼らの為に叫んだその声は、彼らの心に響くだけの意味を持つ前に、彼らの耳から締め出され、無意味な音の羅列になって、雲一つない青く青く澄んだ空にこだました。


 それこそ、何度も何度も。

 

{・・・ぃ・・・}



 剣戟は鳴り止まない。悲鳴も、怨嗟も、鬨の声も。

 もう誰一人としてそいつが仲間を殺せないように、脳を貫いて確実に殺すために、眉間を狙う鏃が空を切る。

 命乞いを見て躊躇えば、自分が命を落とすことになるだろう。

 そんな場所で戦っている仲間をおいて、一人逃げ出すなんて出来ない。

 自分が城壁を落ちる時は、その自分の胸板の分だけ、次に続く誰かが登りやすい事が最後の生きた証となる。

 

 次の時代の『自分達』の為に。

 次の次の時代の『自分達』の為に。

 俺が俺であるために積み重ねてくれた、遠い昔の親父の親父の親父の親父の・・・・・・

 その先人達の命の意味さえ、ここで証となる。


 俺がここで死ぬ事が、誰かを生かす事になるのだと・・・・・・



{いっ・・・・・・・・・・・・}




 叫んで、叫んで、叫んで、叫んで・・・・・・

 

 ピニオンはくずおれ、倒れ伏した。



「・・・・・・ぇて・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁさぃ・・・・・・」


 魂がまだ擦り切れきってはいなくとも、ピニオンの喉はとっくに潰れていた。

 叫び続け過ぎたせいで頭に血が登りすぎて、ショック症状をおこした。

 地にふしたまま、それでも・・・・・・


 助けてくださいと、そう言っていた。


 誰でも、いいから。


 誰をでも、いいから。



 掠れきった呟くような声が、戦場で誰かの耳に届くわけもなかった。


 が。



{いい加減に、しろぉぉおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!}



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 それは、『声』ではなかった。

 『音』ではなかったからだ。

 しかし、想いを伝えるという意味では、声とかわりのないものでもあった。


 幻聴のように、頭に直接響く声。

 

 少女のものらしき罵声が、戦場の時を止めた。

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