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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
34/50

城壁の上での攻防

 『まだわからんのか大馬鹿がっ!!』


 分かっていた。リアルトに怒鳴られるまでもなく。

 もう、どうしようもないのだと。

 話し合ってどうこうの段階なぞとうに過ぎていると。

 分かっていても心がついていかない。

 自分が死ぬ事や、そのせいでコハクが守れなくなる事を恐怖しているのに、それでも立ち上がる事が出来ない。


 へたり込むピニオンに構っている暇はない。

 戦う気持ちを失っているような奴は無視される。

 が、ピニオンのいる場所は、要塞内部に続く中央の通路にあたる城壁だった。


 ここに踏み込まれてはまずい。

 皆必死にここを守っていた。

 皆、自分の『自分達』を守る為に戦っている。

 ピニオンには、ここにいる資格は無い。


 だが。


 どんなに何もしていなくても。


 『全てを救いたい』と思っているのはピニオンだけだった。


 そんな方法があるなら誰だってやる。

 皆、諦めて、近しい者から守ろうとして、戦争になった。

 

 『戦っている』という事は、全てを救うことはもう『諦めている』のだ。


 

 諦めていないのはピニオンだけだ。

 その方法は見つからないけれど。


 

 その間にも、剣戟は聞こえてくる。



 キィンッ!! ガッ・・・・・・ カィインッ!!



「ちっ・・・・・・!!」


 リアルトもピニオンの前で留まっている。

 ピニオンを守るようにそこにいるようにも見える。

 もちろん違うだろう。中央通路の方に敵を入れないために、この場所を守っているのだ。

 

 どれだけ尊い思いを持っていても、それがこの状況を変化させることがなければ邪魔なだけだ。

 ピニオンは、無意味になっていた。

 害悪にさえなっていた。

 ここにいると、兵士の補充や怪我人の搬送の時に本当に邪魔だ。

 『助けたい。ハルツもエスハーンも一人でも多く』その思いだけが尊い。


「はああっ!!」


 くずおれた敵兵士。足元には血だまりが出来る。

 目の前の若き将軍は、野菜でも切っているかのように、人間を切りつけ続ける。

 止めたいけれど、止めればリアルト自身が文字通り槍衾にされるだろう。

 本当に、何も出来ない。


 リアルトは、押し戻そうと、一歩前に出た。

 中央の訓練場部の広い部分を取り返したかった。

 ピニオンの後ろには第二陣の兵士達が来ていたのだ。

 展開するだけの空隙が必要だった。

 幸い、その強さを見せたのが功を奏したか、エスハーンの兵士達は腰が引けていた。

 

 いける、と思ってしまった。

 もう二歩、踏み込んで剣を振るう。


 突如、左側の敵兵士が盛り返し、槍を突いてくる。

 穂先を切り落とし、さらに踏み込んで切りつける。


 頭上から、友の・・・・・・ディグニット王子の声が響く。


「リアルトッ!!! 後ろ!!!!」


 敵の将らしき男が、数人の敵兵士と共に、リアルトが踏み込みすぎて開けた中央通路への空隙に殺到する。

 

 そこにはまだ、ピニオンがいた。


(あ・・・・・・)


 リアルトは振り向きざまに横凪ぎに剣閃を走らせた。

 その剣は敵将の槍の柄を切り裂くか叩き割るはずだった。

 が、その敵将は、殺気を見せたまま、前のめりに一歩引いてみせた。


「!?」


(よけた・・・・・・ いや! 誘われたっ!?)


 中央通路からの空隙を得たい思いと、咄嗟に凪いだ剣筋を読まれた。

 しかも、引けばもう一歩踏み込んでくるだろう事を読まれて、引きつけられた。

 

 敵将は、突きを繰り出す姿勢のまま。

 リアルトは、剣を振り切ってしまった。


「リアルトさんっ!!!!」


 間に合わない。

 敵はもう突く動作に入っている。

 リアルトは構え直さないといけない。

 ピニオンは。

 剣さえ取り落としている。


(ダメだ)

 

 リアルトがこんな所で死んでいいはずがない。

 エスハーンとの事では意見は合わなかったけど、立場も違うし背負っている物も違う。

 東方面軍の将軍としては、譲れない正義だったのは、ピニオンもわかるのだ。

 むしろ、方法も提示出来ずに、両方とも救いたいなどと宣うだけのピニオンの方がおかしいのだ。

 提示したらしたで、問題点以前の世上への疎さを晒しただけ。

 それでも、覚悟はしておけ、と、一言添えてくれた。

 

 これからのハルツに、欠いてはならない存在だ。

 こんな所で倒れてはならないはずだ。


 

 なのに。



 その敵将の『自分達』の中に、リアルトがいるはずがなかった。

 むしろ、当然に『倒さねばならない敵』であり、『最大の障害』だった。


「・・・・・・すまん」


 あまりにも小さくて、くぐもった声で、呟いたのが誰だったのかさえ分からなかった。



 ピニオンが、何も出来なかったその一瞬に、リアルトの広い背中から、敵の持っていた槍が生えた。

 ビシャア、と、貫かれた背中から吹き出した血が、ピニオンの顔を真紅に初めた。

 内蔵を傷つけたのだろう。血の出方は激しい。

 その槍先は、駆け寄ろうとして膝で立っているピニオンの目の前にあり・・・・・・


 それ以上、前にも後ろにも動かなかった。


「何を・・・・・・しているっ!! さっさと斬りつけに行け阿呆ゥッ!!!!」

「あ・・・・・ああ・・・・・・」


 致命傷なはずだ。

 激痛のはずだ。

 なのに。


 その槍の二撃目が誰かに向かわぬように。柄を掴んで離さない。

 敵将も焦りがあるのか、手を離すことを思いついていない。


「くっ・・・・・・ このぉっ!!」


 ・・・・・・何をしているのだ自分は。

 こんな人が諦めた事を、自分なら解決出来るとでも思ったのか。

 お題目だけ掲げて勝手に悩んで、付けておけと言われた覚悟もしないまま、のこのこ戦場に出て。

 

 死の向こう側でさえ部下と、ひいてはこの国を守る為に、今、敵の槍を制している、その男の姿を焼き付けてなお!! どうして敵に向かっていかない!!!


「あ!! ああ!! うああああああああああっ!!!!!」


 ちゃっ・・・・・・


 涙と血が混じり真っ赤な跡を頬に作る。

 立ち上がり、斬り付けようとした時。


 

 ゾクッ・・・・・・



 怒りの波動を感じた。


 コハクのものでは、なかった。

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