真っ先に選ばれた最悪の方法
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・!!!
再び猛る鬨の声。
今度は要塞に綻びが出来ている。守るのは容易ではない。
しかもエスハーンは投石機を使っている間、殆どの兵士達は休憩が取れた。
ハルツ側はいつ来るか分からない岩石に怯えて緊張感を崩せなかった。
この差は小さくない。
要塞キュクスの壁が一部崩れているという事実は、エスハーン側に『あと少しだ』という思いを抱かせ、ハルツ側に『もしかしてもう駄目かも』と思わせるに足る。
要塞『キュクス』の第一の壁に、エスハーンの兵士の手が届くのは時間の問題であった。
『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』
(なんで・・・・・・)
ピニオンは、まだ、変われずにいた。
(どうしてだよ!?)
ハルツの兵装を身につけ防衛についているし、さっきは敵の虎の子の投石機トレビュシェットを焼き払うのに一役かった。
十分な働きだ。その点に文句を言う奴はいまい。
だが、彼自身は変われていなかった。
(どうなるか分からない未来まで憂いて)
弓に矢をつがえる。
引き絞って、狙いを定める。
・・・・・・手を離すことが出来ない。
(国と国との関わりを怖がって)
的なら是非もない。
獲物でも、恵みに感謝し、自分が『命』を口にすることを噛み締めながら射もしよう。
(奪い合いと意地の張り合いだけを前提にして)
けれど、今、その矢尻の向こうで消えるのは『人』だ。
『的』だろう。でも、『命』で、『人』で、『誰か』だ。
(なんで、『人が死ぬ』っていう部分が、そんなに軽いんだ!!!!)
軽くなどない。
それでも、それを選ぶしかなかっただけだ。
エスハーンは政治的に孤立している。
これまでのコネクションは全てエウロープ王国が間に入っていたのだ。そのエウロープ王国から縁を切ったのだからこれはしょうがない。
何もかもこれからだったのだ。
大国の支配からようやく離れ、その大国を恐れながらも支配を受け付けず対話し続ける他国に習い、共に手を取り合い、交流し、時には手を差し伸べて。そう出来るだけの国力を整えて。それを生かす人材を育んで。
(『死ぬ』ってことは、『その人の全てが無くなる』ってことなのに!!!)
国がなくなるという事は、その『その人』も含めた社会そのものの消滅を意味する。
そんなことが起きないように、せめてその『自分達』のいくらかでも生かすために、他国の兵の命を奪い、国土を、食料を奪い、戦争に勝とうとするのだ。
『自分自身』が死ぬかもしれない殺し合いに参加してでも、『自分達』を生かすために。
分かってる。そんなこと、少し考えればわかる。
誰だって感じることができる。
どんなに時代が変わっても、戦争が無くならなかった根源なのだ。
『その人の全てが無くなる』事態を招くかもしれない事に駆り立ててでも、国という『自分達』を守る為に戦うことを希望する者を募り、時には強制する。
誰だって、そうでなければ守れないならそうするんだ。
誰だって、そうでなければ守れないからそうするんだ。
でも。
(なんでこんな最悪の方法が!! 真っ先に選ばれなきゃならないんだっ!!!!)
勿論違う。
最後に残った方法なのだ。
これしかなかったのだ。
それでも。
ピニオンはわりきれなかった。
けれど。
決意してしまった者は止まらない。
許されようとも思わない。
救われようなどとおこがましい。
ただ。
守りたいものを守れたら、報われる。そう自分に言い聞かせて。
自分が倒れても、その後ろに続く誰かが、自分と同じように守るために戦って、きっと成し遂げてくれると信じて。
(なんで!? だって、それなら・・・・・・)
それならば、分かるはずだ。
今ここで、その自分達を迎え撃つ兵士達が、なぜここにいるのかを。
人を殺すのが楽しいというやつが、どれだけいる?
エスハーン人を憎んでいる者が何人いる?
この戦いで手柄を立ててのし上がるのを夢見て、嬉々として弓を引いているものはいるか!?
中にはいるだろう。
けれど、何人だ。
100人に一人か。
1000人に一人か。
少なくともピニオンの目に入っている兵士の中に、笑っている人間はいない。
皆歯を食いしばり、恐怖と戦い、それでも・・・・・・
当たり前じゃないか。守りたいんだ!!!
僕らだって、同じだ、同じに決まってる!!
(分かってる。同じだから!! なら、だからこそ・・・・・・)
思考が纏まらない。
やりきれない、答えが出ないと分かっている問いだけがループする。
「ピニオンッ!!!!!!!!!!!!!!」
!!!!
振り向けば、手薄になっていた別の場所から登りきっていた敵兵士が振りかぶっていた。
(あ)
よけられる体制ではない。
が、その兵士はその剣を振り下ろすことはなかった。
(・・・!?)
場違いなほどゆっくりと倒れるその敵の背中には、大剣でざっくりと切られた傷があった。
「矢をつがえたまま、いつまでそうしているつもりだ。まだわからんのか大馬鹿がっ!!!」
当然の叱咤。
戦いの最中だ。
どんなに相手の気持ちが分かってしまっても、彼らの『自分達』に、ハルツの人々は入っていない。だから、殺さなければ殺される。
『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』
僕にも、守らなきゃいけない『自分達』がある。
分かって、いるのに。