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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
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平衡錘投石機トレビュシェット

 『てこ』というのは、誰もが知っていておかしくない、力学応用の利器である。

 その理屈を解説できるかどうかはともかく、『支えになるものを挟んで、棒を入れる。動かしたいもの側を短く、力を込める側を長くとれば、弱い力で物を動かせる』のは、生活の知恵レベルである。

 

 トレビュシェットは、それを逆に利用した投石機だ。

 重い物を少しだけ動かすエネルギーを、莫大な運動エネルギーに変換するのである。


 一抱えもある石を投げようと思っても、出来ない。数百人いたところで、その数百人の力を石を投げることにいっぺんに使うことが出来ない。しかし、巨大な石を持ち上げることは出来る。支えを作って、縄で縛り、みんなで引けばいい。そして、その石が落ちる力を使ってなら、一抱えもある石を要塞の壁の向こう側にさえ飛ばせるというわけだ。


「てっ(撃て)!!!!!!!」


 エスハーン側の将の号令がかかる。


 ズズズズ・・・・・・ヒュガオンッ!!!!!


 どうみてもバランスの間違っているような天秤の、短いほうに乗っている(おもり)が一気に下がる。馬が数頭入りそうな風呂桶のような木枠の中には、大量の砂袋が入っている。その錘が下がった事で、長いほうの先に引っ掛けてあった、一抱えほどもある石が、恐ろしい速さで飛んでいく。


 ッドコンッ!!!!!


 放物線に沿って飛び、見事に要塞の壁にぶち当たった。


「バリスタッ!! てっ!!!」


 ヒュゴンヒュゴンヒュゴンヒュゴンヒュゴンッ!!!!


 ゴッ!ゴゴッ!ゴッゴッ!!!


 トレビュシェットが投擲した程ではないが、そこそこに大きな石がバリスタから打ち出される。

 要塞の壁をいくらか崩し、煉瓦がパラパラと落ちてゆく。


 今度はリアルトが歯噛みをする番であった。


「成るほどな。当然あるだろうと思った攻城兵器。それを隠して持ってきたのは、輸送中の襲撃に備えるためか。

 確かに、有るという事が確認できればこちらも対策を打つ。攻城兵器の対策もいろいろあるが、一番簡単なのは、使われる場面までに使えなくする事。少数精鋭の遊撃に慣れた者達に、敵陣に忍び込ませ焼き払うのが手っ取り早い。手間をかけても存在自体を隠すのは有効なわけか・・・・・・

 いざ出せば、もうおいそれと収納は出来ない。あれだけの巨大機器だからな。こちらはこちらで崩れた壁の修理もせねばならんが、そんな時間を与えてくれるとは思えん」


 そんなリアルトの苦悶が聞こえたわけでもないだろうが、フィアロウも提案者として、向こうの心理を読んでいた。


「存在する事を確認さえすれば、取れる手段はどうしても出てくる。攻城兵器は出てくるまでが勝負だ。向こうが手段を整えるまでに、使えるだけ使っておく!!」


 フィアロウの持つ策は、ここまでであった。そして、効果はあった。


 そう信じたい。


 一番被害の出る先陣の指揮を命じられ、しかし頷くしかなかった。こういうのもなんだが、フィアロウとその部下達は、戦上手だ。だからこそこの第一陣で結果を残せねば、エスハーンに勝ち目はない。

 

 形に残る突破口を開いておく。それが役目だと思った。


 ハルツ東方面軍の将軍リアルトと、先陣を任された、エスハーン帝国第二師団第四中隊の騎士長フィアロウ。

 二人の思考が重なる。


「「これは、本当に今日中に終わるな」」


 想像以上の巨大さと、敵兵の練度に被害を大きくした。

 しかし、虎の子の、そして紛れ込ませた攻城兵器は、突破口たり得てくれそうである。


「トレビュ!! てっ!!!」


 ズズズズ・・・・・・ヒュガオンッ!!!!!


「バリスタッ!! てっ!!!」


 ヒュゴンヒュゴンヒュゴンヒュゴンヒュゴンッ!!!!


 ゴッ!ゴゴッ!ゴッゴッ!!!

 

 一方、今日さえ乗り切れば、闇に紛れて近づき、あの攻城兵器を破壊する事は可能だろう。

 この乱戦の中では無理があるが、夜にならば出来る。そして、攻城兵器以後の策があるとも思えなかった。


(いや・・・・・・)


 夜まで待たずとも・・・・・・


「ピニオン!!」


 遥か遠くから石を浴びせられるだけで、こちらからは何も出来ない状態であったこちらは、盾を構えて身を潜めているしかなかった。

 もちろんピニオンもそれに倣って小さくなっていたが・・・・・・


「お前、空中にある目標を射る事はできるか!?」

「・・・・・・はい」


 出来る。

 ある程度軌道が読めるなら、止まっている的と大して変わらない精度で貫けるだろう。

 それくらいの自負はある。


「よし。 ・・・・・・各々、薬ツボから薬を捨て、迎撃用の油を詰めて封をしろ!! それを矢に括りつけて、準備が出来次第、こちらも弩であの投石機に向かって射てっ!!!」


 投げても届く距離ではないだろう。が、方向さえある程度合えば、重なる点はあるはず。

 出来次第なので、散発的に、油壷を括られた矢が飛んでいく。


 ヒュォウン!!


 そして。

 投石機の頭上を過ぎる辺りで。


 カシャァアン!!


 油壺が貫かれて、割れる。

 ビチャリと油がトレビュシェットに撒かれる。


 ヒュォウン!!


 カシャァアン!!


 ヒュォウン!!


 カシャァアン!!


 ヒュォウン!!


 カシャァアン・・・・・・!!


 次々と割られてゆく油壷。

 トレビュシェットの上部は、既に油まみれだった。


 勿論、フィアロウはすぐに意図に気づく。

 これは想定していなかった。

 木組みの兵器ならば火矢は常套だ。

 しかし、トレビュシェットはかなりの遠距離からの攻撃が可能だ。矢は飛ばす(・ ・ ・)事が出来ても、当てる(・ ・ ・)事は難しい距離からだ。ましてや油の入った壺を投げて届く距離ではない。

 が。


(とにかくそちらに向けて飛ばせば、油を浴びせるタイミングで射ち貫くスナイパーだと!?)


 これだけの巨大機械である。

 水をかけようにもほとんど届かない。

 

(そうだ。よじ登らせて水をリレーすれば・・・・・・!!)


 それに気づいて準備に当たらせた時。


 ヒュゴッ!!!! 


 ゴオォォォオオオオウッ!!!!!!


 火矢がトレビュシェットに突き刺さり、染み込んだ油に燃え移った。

 その力を生み出す錘を支える事に費やされている上部の機構が炎に包まれ、炭化すれば、ほどなくこの攻城兵器は崩れ去る。要塞の壁の前に自らが自重で。


「トレビュ!! てっ!!」


 最後の一投になるだろう岩石が、弧を描き飛んでゆく。

 そのまま左に歪みながら、しかし錘は真下に落ちようとしてさらなる歪みを経て、ずしりと落ちる。

 再び作ることは出来るだろうが、この戦の最中には無理だろう。


 だが。



 ガゴッッツ!!!!



 最後の一投は、奇しくも一番最初に砕いた煉瓦のあった所にもう一度当たった。

 それは要塞を深く深く抉り、足場の一部分を突き崩していた。


 フィアロウは再び歓喜した。

 リアルトは再び歯噛みした。


 また、二人の思考が重なる。


「「早くも、第二幕というわけか」」


 切り札を活かしきれなかった、ともとれる。

 今日この日が終わるまで投じ続けられれば、要塞の壁はボロボロに出来ていた筈だ。

 しかし、綻びを作ることには成功した。

 足場まで崩れてしまったあの一点は、兵を配置することも出来まい。


 

  『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』


  

 感じ取れるのはピニオンとディグニットくらいとはいえ、その波動はここにいる全ての生き物に届き続けていた。

 意味を受け取れない、そもそも感じられない、しかし、確かにぶつけられる、広がってゆく、焦燥と怒り。

 その感情は戦争のさなかにあって相応しい物であった。

 望まれる物が全く逆しまであっても。

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