開戦
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・・・・・
鬨の声が重苦しく、しかし大きく響く。
大きな堀には水も無く、しかし降りるのも登るのも一苦労だ。水がある方がマシだったかもしれない。
せっかくの堀に水がないのは、リアルトの指示だ。
後で煮え滾った油や、火薬壷を使いたいので、堀に水があっては効果が半減するから、と。
吶喊して来た時。
堀を降りる時、登る時。
梯子をかけて、登ろうとしてくる時。
ハルツ東方軍の放つ矢が、エスハーン軍の兵士の体に突き刺さり、落ちてゆく。
要塞の壁に張り付く兵士が多くなり、弓で対処できなくなりかけた時。予定通り、油が撒かれる。
「ぎゃぁぁああああああああああっ!!!!!!」
要塞の壁にびっしりと張り付いていたエスハーン軍が、ぼろぼろと剥がれていく。
大火傷をして、助けを求めて蠢いている兵士たちに向かって、火薬壷を投げつける。
油をたっぷりと浴びた上に、折り重なるように倒れていたのだ。火を点けられれば、一気に燃え上がる。第一陣は、その要塞に足をかけることもなく全滅した。
「くっ・・・・・・」
向こうが何をしてくるかなど分からない。それでもこの一陣で、何人かは一段目に登ってくれるとフィアロウは思っていた。
いや、堀があるのに水が入っていない時点で、火計があると気づくべきだったか・・・・・・
「第二陣!!全員、水をかぶれ!!吶喊ッツツ!!!!!」
だが、当然出てくるこの発想自体も、リアルトの思惑通りであった。
「・・・・・・奴等はスピードを重視して、鎧ではなく矢を通しにくい布を使っている。あくまで通しにくい布であって完全には防げない。それでも、物量作戦としてまず速く登り切る事、登りきった後の戦闘力を考えて、あえてそうしたのだろう。
しかし、水をかぶってしまえば、動きは各段に鈍る。それこそ初めから鎧で攻めた方がよかったくらいにな」
中段の奥は兵士補充用の連絡通路があるが、そこからはこの戦いが一望出来る。
自分の策が面白いように嵌っているというのに、リアルトはニコリともしない。
口ではどう言おうと、リアルトにもエスハーンの気持ちは分かるのだ。そう思っても攻めて来られる以上、譲れないというだけで。
動きの鈍ったエスハーン軍は、今度は要塞の壁にまともに取り付くことも出来ずに、次々と矢をくらって落ちてゆく。自分の失策に気づいたフィアロウは、一旦全軍を後退させた。
「加えて」
リアルトはボソリとつぶやく。
「このあたりはハルツ側にしか水源がない。今数千人がかぶった水は、もったいなかっただろうよ」
フィアロウもそれに気づき、歯噛みした。
『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』
そして、ピニオンは。
何もしなかった。・・・・・・出来なかった。
弓に矢をつがえて、立っていただけだ。
狩人などしているから、余計に出来なかった。
自分の放つ矢の先に、死がある。それを誰より知っている。そして、それを放てるのは、糧であるからだ。
他の生き物の命を奪って生きている、人の業と常に向き合っている。
そうして生きている自らは、それに見合ったものでなければならない。
ほかの人間たちも、その業からは逃れられない。
ならば、奪い合うために殺し合う『戦争』は、ピニオンにとって歪でしかなかった。
いや、それ以前に。
(『人』じゃないか)
あの『聖域』で、ラトとサリアを殺す覚悟があったのは、『コハクと自分』を引き離そうとする人間かもしれないと思っていたからだ。『自分達』に逃げ場はないと。
今は違う。きっと、リアルトとの約束を破って逃げ出せば、自分達だけはなんとかなる。
ラトとサリアも協力してくれるだろう。むしろ、ピニオンがいつそう言い出すか待っているかもしれない。
だからこそ、エスハーン軍の兵士達を悪者にみきれない。
ただの『人』として、敵としてでなく、分かり合えるはずの隣人としてみてしまう。
(『人』なんか、殺せないッ・・・・・・!!!)
そうしてうなだれている間に、エスハーンの再度の進撃が始まった。
「・・・・・・? あれは・・・・・・」
ピニオンの知識には無い物だった。
リアルトは見るなり、それがなんであるか理解した。
「馬鹿な!? その手のものは見なかった筈・・・・・・
・・・・・・輸送部隊の中に紛れ込ませていたか、いや・・・・・・
組み換え式ということか!!!」
フィアロウは、攻城兵器を持ち出していた。
エスハーンはそれなりに技術力のある国である。要塞『キュクス』を攻めるのに、使わない理由はない。
「一度設置するとおいそれとは動かせない。実験段階なので強度にも不安がある。が・・・・・・
今は後悔しているよ。最初から使えばよかったとな。
その分の礼はさせてもらうぞッ!!!!!!!!!」
巨大な弓を寝かせた、大型弩砲バリスタ、5機。
そして、最新型の虎の子。テコの原理を錘で応用した、平衡錘投石機トレビュシェット、1機。
絶対的にハルツ側に有利だった戦局が、変わろうとしていた。