群生大樹
((・))
…その気配だけが膨らむ、波動のような物は、だんだんはっきりとしてきたように思った。
森の様子はいっそう鬱蒼としてくる。
何より…
今まで見えていた地面が見えない。
木の根や、競うように生える… 実際競っているのだろうが、草花に覆いつくされた森は、もう魔境と呼んだほうがふさわしい様相を示してきた。幹なのか根なのか分からない、天然の檻か柵のような木々の延長。所々に溜まっている水が、地面があるならばここの筈である高さを示すのみだ。
「何なんだろう…ここ」
熱帯地方の植物があること自体は珍しくもない。が、基本的に冬をきちんと迎えるこの地方では、ここまでの場所に自然になるというのは考えにくくもある。
だが、確かに暑い。
ここだけ年中この温度だというのなら、こんな所に魔境が出来ているというのも頷けるが、すると、祖父の言っていたことは正しかったのかもしれない。環境を変えてしまうような力を持つ古代遺跡が残っていたなら。そしてその歪みのせいで周りの木々が生命力を奪われたとかなら?
死の森の説明がついてしまうのだ。
( ((・)) )
「! …うわ…」
開けた場所に出た。
今までの水溜り程度の水源や、水の腐りきった沼のような物とは違う、生命の女神の祝福を受けたような美しい湖。町一つくらいありそうな水鏡の中心に、さっき目印にした、『ひと際大きい木』があった。
神秘的な光景に感嘆する。
…それはいいのだが。
「……参ったなあ。しかたないか」
ここまで離れていると、泳いで行くほかない。つたわれる木が無いのだ。
代えの服くらいはある。…が、誰がいるわけでもない。ピニオンは服を脱ぎ、裸で湖につかり、泳ぎ始める。
…気持ちいい。
熱帯の森とそれにふさわしい蒸し暑さの中にいたため、この清涼感は格別だ。
近づく間に思い出した。あれは、あの木は…
ガジュマルだ。バンヤンとも言ったか。
祖父が珍しいと面白がって育てていた、木に絡みつく木。『絞め殺しの木』などとも呼ばれ、太く長く絡みつくうちに絡み付いていたモノを埋め尽くしてしまうためにそう呼ばれる。熱帯の植物らしい逞し過ぎる樹木だ。
そのガジュマルにガジュマルが複雑に絡みつき、それぞれが日の光を奪い合い、寄り集まってまるで大樹のようになっているのだ。
「…すごい」
冒険家ならこの光景そのものが宝物で大発見だろう。またここまでの物があるなら、古代の魔法技術系の遺跡か、その系統の魔導機器の存在は確信してよさそうだ。普通の人間でも、なんとなくその辺のことは分かるし、その発見者としての功績はうやむやでも、領主や王に知らせれば、褒美が期待できるのは判断がつく。
ピニオンも当然分かる。が。
なんとなく、言いたくないと思った。誰にも知られたくない。
ここは、気持ちいい。
ピニオンは多少退屈に感じながらも、現状の暮らしにある程度満足していた。
猟師としてずっとあの森で暮らすつもりでいたし、これからもそうしたかった。
そして、こんな素敵な場所を見つけたのだ。
ほぼ確信に近いが、ここは冬でもこの感じなんじゃないだろうか。
もしここで暮らせる算段が付けれるなら、冬の間ここにいたっていい。火を使って暖を取らなくていいなら、薪割りはほとんどしなくてすむ。したらしたで売ればお金になる。ここで出来る仕事だっていくつか思いつくし、それで余裕がさらに出来れば、祖父がいた頃は忙しくて中途半端になっていた読み書きとか勉強できないだろうか。常々本という物を読めるようになりたいと思っていた。
…思考していく中で、ピニオンは気付いた。
自分は現状で満足などしていない。やりたいことがこれだけ出てくるのだから。
ただ、それは、この場所を見つけた今、この場所を独占した上でのことだ。
ここを誰かの物になんかしたくない。共有だってまっぴらだ。褒美や名誉がどれだけの物か知らないが、絶対にここの価値以上の物ではない。
(…こんなに心が沸き立つのはいつ以来だろう)
…そんなことを考えていたら、ガジュマルの大樹の根の一本に手がつく。
裸なのもあり、擦り傷を作らないように気をつけながら、水から上がって、木に登る。複雑に絡まっているだけにとっかかりも多く、とても登りやすい。
( ( ((・)) ) )
……今迄で一番強い波紋を感じた。
存在感そのものが広がるという感じも、よりはっきりと。
足を止め見渡すと、そこには空洞があった。
ガジュマルの木の表面にいられない部分は、枯れてしまう。中が空洞なのも別におかしくは無い。
複雑に絡み合う中で、表面に出ている部分もある木が、内部にも幹を張り巡らせている。褐色の気根を下に向けて垂らしていて、幾重にも重なったカーテンとなっていた。中の様子が全く探れない。
ピニオンはそこから、群生大樹となったガジュマルの中に入り込んだ。