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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
29/50

今日のパスタ

 次の日、朝が終わる頃。

 エスハーン帝国の旗が、要塞キュクスの前でたなびいていた。

 およそ2万。おそらく全戦力だ。

 ハルツ王国側は、今日つくはずの王都からの援軍1万5千が到着していない。

 が、地方領主からの増援などを合わせて8千。しかも正面に集中すればいいこの要塞で防衛する。

 見る者にもよるだろうが、互いの陣営の将軍の思いは重なっていた。


 『『この条件なら、互角以上に戦ってみせる』』


 と。


 エスハーン側は、長びいた分だけ不利になる。全戦力で来ているのだから、一気に決着をつけたい。

 対するハルツは、補給も増援も期待出来るだけに、『今日を乗り切れば』という思いがあった。


 つまるところ、どちらも正念場は今日この日なのだ。


 エスハーンにとっては、魔王の牙が逆しまに生えているような峡谷にそびえ立つ、玉座のような要塞はまさに邪神の城であったし、ハルツにとっては、2万に及ぶ長槍が乱れもせず近づいてくるそのさまは、ひざを震えさせた。


 だが、いかに恐ろしくとも、戦わねばならない。

 戦えば死ぬかもしれない。しかし戦わねば無意味に死ぬ。逃げれば故郷へは帰れなくなる。

 それが戦争というものだ。


 その中でピニオンだけが別のことを考えていた。



 そして。


 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』

 

 !!!!!!!!!!!!!!


 

 荒れ狂う『波動』。


 コハクの暴走は止まっていない。



 『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』



 厨房では、サリアがパスタをかき込んでいた。

 トマトソースが少し焦げ付いている、ミートボール入りのパスタ。乾燥パセリと粉チーズを一瓶入れて違和感のない、子供なら寝転べそうな皿に大盛りのパスタ。

 大好きな(嫌いなメニューというのがピンとこないが)はずのそれを食べながら、しかしサリアは苛ついた顔をしていた。

 原因の分かっているラトは何も言わない。3つだけあげると言われたミートボールをいつ食べるか考えながら、フォークの先をくるくる回す。 


「結局、間に合わなかった」


 今に至るまで、グウィンからの連絡はない。

 勿論、慎重に進めねばならないことなので、『鏡』を通してとなると時間もかかる。カーリュッフの陛下に了解を取れるかどうかも怪しい話だった。

 でも。そこまでこぎつければ、説得が出来た。

 一日、待ってもらえたかもしれない。

 そしたら、その間に変わったかもしれない。どこか、同調してくれる国があったかもしれない。話を進めているうちにも、またほかの国が・・・・・・


 戦わなくて、よくなったかもしれないのに。


「ひょうひへ、ほんはほほひふぁふほはは」

「一旦飲み込めサリア姉。いろんな意味で」


 ごっくん。


「・・・・・・どうして、こんなことになるのかな。ううん。私も、ピニオンがあんな風に周りを信じてなければ、こういう動き方はしなかった。なんであんな風に割り切れてたのか今じゃ不思議」


 戦争は国同士のケンカだ。そんなものを一研究員がどうこうできるわけがない。

 でも、いざ考えてみると、動くことは出来た。カーリマンズ学院には、ラトの父親のカルファト卿がいる。そこから辿れば王室に関わりのある知り合いくらいいるだろう。卿本人にも若干のツテはあるはずだ。陛下かそのご家族あたりが聞き届けて下されば、カーリュッフの外交力なら出来る事は大きい。ギリギリかもしれないが、今年の冬はどうにか出来るだけの話になるかもしれなかった。


 しかし、せめてカーリュッフが決断してくれないと、ディグニットに話せない。

 

 多少遅れても、この話自体は実りのあるものに出来るだろう。しかしだからこそ余計に、それまでに失われる誰かの事を考えるとサリアは胸が痛い。

 

 『リアルトさんとディグニット王子が、なんとかしてくれますよ』


 当事者達では無理だ。

 ラトとサリアを安心させようと、リアルトとディグニットを信頼しきってのその微笑み。

 サリアはそれを見て、たまらなくなってしまった。


「・・・・・・なんで、戦争なんだろう。どうして他の事が出来ないの? 明日はどうなるかなんてわかんないんだもん。だったら、今日のところは、お腹いっぱい食べて寝ちゃえばいいじゃない」


 答えが分かっていて、サリアは愚痴っている。それがわかるから、ラトは答えを聴かせる。

 

「それじゃ国は続いていかないよ。市井の人達はそれでいいけど、それは国が治めているからこそだ。その国が危機にあって、エスハーン帝国はこの選択をした。

 奪ってでも、と」

「間違ってるよ」

「他の解決法を示せないなら、そのセリフは吐いちゃダメだサリア姉」


 ダメなもんか。だって間違ってる。

 どうしてだろう。ほんの数日前までは、およそ自分に関わりのない人達の意地に口出しなんか出来ないと思っていた。

 今は、腹が立ってしょうがない。

 まるで、ラトが誰かに因縁付けられたみたいな、子供っぽくて、でも、なんか自分の根本を揺さぶられるみたいな憤り。


 「だって、・・・・・・だってさあ!! 来年のごはんが心配になって、誰かのものを盗むこととか考えてるより、今日のところはとりあえずお腹いっぱい食べて、何も考えずに寝ちゃった方が絶対幸せじゃない!!!!」


 ・・・・・・当たり前だ。

 そして、サリア姉。あなたは自分が孤児だった頃、似たような境遇の子供達の世話をしていた。

 明日のごはんを心配させないように、今日のところは何も考えずに寝られるように、みんながせめて何か食べられるようにと、必死で走り回って働いていた。

 エスハーン帝国もハルツ王国も、あなたと同じだ。

 明日も明後日も、世話している子供たちが、明日もいい日だって思いながら眠れるように、考えて考えて、最後にこれ(・ ・)を選んだ。


 だから、それを解決できるのは、もう他の大人たちしかいないと思って、始めたんじゃないか。


「「・・・・・・」」


 長い沈黙。


 その間にも、サリアは二本もったフォークを回し、パスタを口に入れていた。

 食えるときに食う。

 孤児の時からの、生きる鉄則。

 体が熱を持てないと、心も萎んでしまう。



 そんな思いは、誰にもさせたくない。


「・・・・・・サリア姉は、間違ってないよ」


 山盛りのパスタの向こうは見えない。

 今日のパスタは、塩味がちょっと強い。


 そして。


 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・!!!!!!


「「・・・・・・!!」」


 鬨の声が、ここまで響いてきた。

 始まってしまったのだ。

 

 出来る事は、何もない。

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