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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
28/50

震える世界

『自分達が生きる』という正義は、絶対だ。少なくとも、それ以外の正義が戦場で通ることは絶対にない!!



 『少なくとも』。


 それが、リアルトのギリギリの妥協点なのは気付いた。

 戦場以外ではそうであって欲しくない。自分の出来る限りはそうはさせない。

 

 それが、リアルトの成そうとしていることなのだろう。

 

 だから、戦場で容赦はしない。守るべき者を守った上で、出来る限りを救っていく。そのつもりなのだろう。

 それは、正しいのだ。というより、当たり前だ。

 

 ピニオンにも、本当は分かっている。それは、自分もそうしていたことだ。

 狩りを生業とするという事は、命を奪うことで生きているのだ。いや、人が何かを口にして生きている以上、菜食主義者でも例外ではない。

 例えば、小麦は麦の種子そのものだ。それを潰して挽いて粉にするのだ。植物といえど、命に変わりない。玉ねぎなども球根そのもの。それを刻めば殺したことになるだろう。

 ジャガイモなどの地下茎や、木の実でさえも、自分以外の生き物の血肉や未来を奪う意味では同じだ。

 それが罪だと思う人は思うかもしれない。しかし多くの人にとってはそれさえも含めて当たり前のことだ。命によって自分が生かされ、その自分も命そのもの。


 誰が偉いわけでもない。ただ、人はいくらかの面で『強い』。


 弱肉強食の世界の理の中で、他人を、他の生き物を、世界そのものを思いやる者がいるほどに。


 ピニオンも、『自分達が生きる』為に、なんでもする気でいた。

 『聖域』で、ラトとサリアの二人に初めて会った時、コハクを傷つけに、いや、奪いに来たのであっても、否、自分と引き離そうとするならば。

 ピニオンはピニオンの正義の為に、『コハク』を含む『自分達』の為に、躊躇いもせず二人を殺しただろう。力が及ぶかどうかは別にして。


(でも・・・・・・ でもっ・・・・・・!!)


 エスハーン帝国の、あの人と、あの青年とピニオンは言葉を交わしてしまった。

 あの優しそうな人が、他国に攻め込むことを覚悟している事。そしてそれでも、その他のやり方があればときっと思っているという事も感じた。

 でなければ、ピニオンの話に考え込んだりなどしない。

 

『明日にも死ぬかもしれない子供の薬代が要る、もうここしか頼る所がないんだと言われたら!? 口約束だって構わない、一生かかっても十倍にするってその人が誓ったら!? 持てるだけの蓄えをひっつかんで、麓の街まで走ります!!!』


 別に十倍にする儲け話と踏んでではない。

 それぐらいしてでも、今何とかしたいという思いを感じるならばと思うのだ。

 それは国同士では成立しないことなのかもしれない。

 規模が大きすぎて、万の単位での命の形、『国』に責任を持つものが慎重になるのは当然だし、そうあらねばならないのだろう。

 心意気だけで民を危機に晒せばそれこそ愚王である。恥とか、後で責任が、とかではない。民とは、人そのもの。取り返しのつかない、命そのものなのだ。間違うわけにはいかない。

 まず力を保たねば、近隣諸国の(あぎと)に噛み砕かれるというのならなおさらだ。


 それでも。

 

 ピニオンは、彼らを助けたかった。

 言葉を交わし、心を交わし、そして、望まぬ戦いに手を染めながらも、守りたい者の為に、『自分達が生きる』正義の為に、許されぬ罪さえ背負って命をかける者達。

 それは尊くも、立派でもあると感じたし、そして当たり前でもあり、何より『同じ』だ。


 守りたいものがあって、その為に自らを賭けて戦う・・・・・・


 『自分達』と。


 

 そんな人たちが、どうして『自分達』を殺し、踏みにじりに来る『敵』なのか。


 

 ( (  (( ・ ))  ) )



 ピニオンは気がつくと、コハクの琥珀の前にいた。どこにいても、考えも纏まらなければ、晴れることもない。

 彼女は、守らねばならない存在だ。ピニオンの、『自分達』なのだ。

 

 どうしたらいい?


 ピニオンの『自分達』は、この数日で膨れ上がってしまった。

 


 コハクと、プロフ村の人々や、レイゲンの町の知り合い。二週間前には、それだけだった。


 ラトやサリアに会って、コハクをもっと知ることが出来るようになると思った。そして、彼ら自身にも好感を持った。ピニオンとコハクを引き離そうとはしなかったこと、コハクを連れ出す条件を突きつけられた時に、自分達の目的を後に回しても、ピニオンの事を考えてくれた事。


 おっとりとした感じのディグニット王子。コハクの為に中庭を貸して欲しいと頼んだ時に会ったくらいだが、嫌な顔一つしなかった。


 リアルトも、最初は硬い所もある、怖そうな将軍だったが、人に厳しくあるということは、それだけ期待をしているということだ。見限ったどうでもいい人間など、誰も関わろうとしない。そして、リアルトはその見限るラインが多分恐ろしく低い。

 訓練を見ているとわかる。彼が直接声をかけなかった兵士はいないだろう。誰を呼ぶにも「おい、貴様」というセリフを聞かない。必ず名を呼ぶ。

 一兵卒にとって、将軍に名を覚えてもらっているという事で、どれだけ身が引き締まるかわかるだろうか。そういう人なのだと分かっていても、自分の命を預ける者の心に、自分の名があるという事が、どれだけ力を引き出すか。


 『迷いを消さねばならなくなった時には、貴様は、一騎当千の勇者になれ!!!!!』


 あれも、きっとみんなに思っているのだ。

 人は、誰でも誰かを救う勇者となれると信じている、確信している。

 そんな人が、人を愛していない道理がない。

 これから自分達を殺しに来る敵達も、自分たちと同じ、何かを守りたいだけの勇者たちなのだと、もしかするとピニオン以上に分かっているのだ。

 だからこそ、彼らごと救い、生き続けることが不可能な今は、戦うしかない。より狭い『自分達』ハルツ王国を救うために。生き続けさせるために。


 守る、為に。




 どうすればいい?


 ピニオンはまだ、割り切れない。

 ピニオンは、一番狭い『自分達』、自分とコハクさえ守りきる自信はない。

 でも。

 他人の力を借りてしか誰かを守れない自分だからこそ。

 力を貸してくれる、目をかけてくれる、自分の話に耳を傾けてくれる誰かは、尊くて、大切だ。

 そんな大人達が殺し合う『戦争』は、ピニオンにとって、リアルトやディグニットが感じるものとは別の意味で地獄だ。

 

「・・・・・・ねえ」


 ((・))


「どうしたら、いい?」


 (・)


 コハクは答えない。

 弱い弱い波動が帰ってくるだけだ。

 まるで怖がっているような、密やかな波動。


「・・・・・・っ 答えてよ」


 無理だ。

 そんなことはピニオンは知っている。

 それでも言わずに居られなかった。そうでなくても、ピニオンが彼女にしてきた事は、言葉をかけてもらうくらいは許されるだけの働きではないのかとも思った。


 (・)


 いや・・・・・・

 彼女だって、『応え』ようとしているのかもしれない。そう思うくらいはいいだろうか。

 波動は相変わらず弱々しい。

 こんな時こそ、あの包み込むような暖かい波動で癒して欲しいのに。


 (・)


 ・・・・・・それも、甘えなのかもしれない。

 彼女は、『悟られ』の能力が不調なのであって、『悟り』の方は、語りかけに『波動』での反応がある以上、使えているだろうと二人・・・・・・ ラトとサリアが言っていた。

 ならば今、悩み苦しんでいるピニオンの思いを悟った時、あの暖かく包み込むような『波動』は、出したくても出せないのかもしれない。

 

 そうだ、きっと。

 

 じゃあ・・・・・・


 彼女に僕を救う力はない。

 それを期待するのは、本当に『甘え』なのだ。

 

 彼女は、守らなければならない者なのだ。自分で糧を探す事も、動く事も、意思をきちんと伝えることも出来ない者なのだから。


 コハクを、守る。

 たった今、それだけは誓った。

 この状況で、出来るかどうかも分からない。『自分達』以外は、自分とコハク以外はどうなろうと構わないとしても、守りきることが出来るだろうか。

 それでも。

 

 コハクを守ろうとする思いだけは違えない。

 その、この世界の何ひとつも動かせぬだろう誓いだけは。



(コハクを、守る)



 ( (( ((   ((   ( ・ )   ))   )) )) )





 この日、この時。


 世界そのものが、震えた。



「・・・・・・え?」


 物理的なものではない。しかし、万物に魂があるなら、少なくとも『命』にそれが宿るというなら。

 

 今確かに、震えたのだ。


 ピニオンは、その意味を理解出来なかった。

 そして、あれだけの覚悟を決めながら、それでも敵を倒す覚悟は、自分達を殺しに来る人間を殺す覚悟は出来なかった。

 なにひとつ解決出来ていない。しかし。



 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 


 誰一人気付かない戦いが始まった。

 

 その決意は、誰が、誰の為に・・・・・・


 『《「〔([[{{〈【:*:】〉}}]])〕」》』

 

 !!!!!!!!!!!!!!



 『波動』が、荒れ狂う。

 

  

 なのにそれは、何故だろう。荒れ狂う中に、確かに安らぎを感じた。

 まるで、証拠まで捏造された濡れ衣を着せられた時に、一人だけ信じてくれた者がいたような。

 野犬の群れに囲まれた時に、剣を持ち、自分を振り返って、笑いかける者が現れたような。

 路地裏で雨に打たれて凍えている時に、自分が薄汚れているのも気にせず、包み込むように抱きしめてくれたような。

 高揚感で自分が弾けそうになるほどの安らぎ。


 ピニオンは、訳も分からぬまま、コハクの琥珀にもたれかかって・・・・・・

 そのまま、眠ってしまった。

 

 秋の夜だというのに、とてもとても暖かかったのをピニオンは憶えている。

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