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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
26/50

ただいま

 ピニオンは、キュクスへ戻る道中、エスハーンの青年から聞いたことをそのまま話した。

 要点は簡潔である。干ばつによってエスハーン帝国の穀倉地帯が駄目になった事。

 蓄えの無い状態であるエスハーン帝国は、他国に侵略するしかなくなったという事。


「成程。よく分かった」


 聴き終えた後、リアルトは一言そう言って、横になった。

 もう、その日は暮れていたし、なるべく早く戻らないといけない。明日に備えて、体力の回復をはかるのは当然だった。

 

 次の日の朝、聞いた。

 エスハーン帝国の状態がわかった今、どうするのか、と。


「・・・・・・ディグニットの意見で変わることもある。俺がここで結論を言えるわけじゃない」


 ピニオンは、それもそうか、と思った。

 でも、なんとかなる、とも思っていた。

 

『明日にも死ぬかもしれない子供の薬代が要る、もうここしか頼る所がないんだと言われたら!? 口約束だって構わない、『一生かかっても十倍にする』ってその人が誓ったら!? 持てるだけの蓄えをひっつかんで、麓の街まで走ります!!!』


『でも・・・・・・ でもっ!! どんな理由があったって! 押し込み強盗なんかやられたら、話し合いも出来ないじゃないですかぁっ!!!!!!!』


 あの言葉は、エスハーンの民としての立場で言えただろうかと思わなくもない。

 でも、あの人はしばらく考え込んでいた。

 なら。

 話し合う事は、出来るんじゃないだろうか。


 リアルトさんも、そう思ってくれるはず。

 ディグニット王子も、優しそうな人だった。少なくとも、戦争なんかより、本を読んでいたいと言いそうな人だ。


 大丈夫だ。

 なんとかなる。

 ピニオンはそう思っていた。


 (  ((・))  )


 リアルトが、話し合いの可能性を無視したわけではない。

 ディグニットは、ピニオンの見立て通り、戦争を好む人間ではない。

 エスハーンの青年・・・・・・ エスハーン帝国第二師団、第四中隊騎士長フィアロウ=メピクスにしても、ピニオンの叫びは胸に突き刺さった。

 

 でも。

 それでも。


 守らねばならぬものがそれぞれにあって。

 さらけ出してしまえば、もしくは手を差し伸べることによって、それを守りきることができないかもしれないと思うなら。


(((戦争しかない)))


 ピニオンの信じた三人の男は、同じことを考えていた。

 それは、『誰かを信じて、失うという事がある』それを知る者の、当然の決意。


 

 ((・))


「・・・・・・ただいま」


 つぶやくような、帰還の報告。

 キュクスに戻ってきたピニオンは、ラトやサリアへの挨拶もそこそこに、コハクの居る、小さな中庭の林に向かった。

 蔓草が異様に太くなり、中庭の外観を変えてしまっているけど、琥珀の中のコハクは変わっていない。


((( ・ ))) ((・)) (( ((・)) ))


 波動がどんどん来る。押し寄せてくるように。彼女の存在感そのものが幾重にもピニオンを包み込み、滲むような嬉しさが胸に染み渡る。

 気持ちいい。

 

「きっと、もうすぐ学院にいけるよ。だって、原因は分かったんだから。まだ秋が始まったばかりだし、時間はあるもの」


 ((  ・  ))


「君の声を聞いてみたいよ。手を握ってみたい。その綺麗な髪も。ああでも、まだ君が閉じ込められているのか、自分で琥珀の中にいるのかもわからないんだった」


 ( (・) )


 ディグニットがしていたのと同じように、コハクを隠すように正面にある、木の根元にもたれかかって座る。


 ((  (  ・  )  ))


 ゆりかごの中で、母が自分の様子を伺っているような。

 逆しまに、ゆりかごの中のわが子を見つめるような。

 互いが存在しているだけで、守る者と守られる者が救われるような空間。

 ピニオンにとって、彼女の『波動』の中はそんな世界だ。


 いつまでもここに居たい気持ちと、早く学院でグウィンという人にあって、彼女の思いを聞かせて欲しいという気持ちが入り混じる。

 いつの間にかウトウトとしていたピニオンは、そのままコハクのそばで寝てしまった。

 もう顔もおぼろげになってしまった、母の胸に久しぶりに抱かれているように。

 

 ( ・ )


  

『エスハーン帝国の穀倉地帯が、干ばつにあったそうなんです。今回の侵略騒動はそれが原因です』


 それを聞いて、難しい顔をするラトとサリアに、ピニオンは言った。


『リアルトさんとディグニット王子が、なんとかしてくれますよ』


 ピニオンは、微笑んだ。

 

 その場は一緒に笑うしか出来なかったが、二人は同意できなかった。

 スケールが違いすぎるからだ。

 村の中で、ある家族の畑が、今年の実りが悪かったというならどうとでもなるだろう。

 ひとつの村が、例年にない不作であったというのでも、税率の引き下げや、国からの食糧援助という解決策がある。

 全ての領主がそういう方法をとるかどうかは別だ。

 中には『その村を見捨てる』判断をするかもしれない。

 どういう形であれ、規模はそのまま問題の重要性に繋がる。

 ならば。


 『国一つがこの冬、死ぬ』と結論づけられた、この問題。

 その国が、唯一の希望であると判断して起こした侵略戦争。

 

 一介の将軍や傍流の王子がなんとか出来るような話ではない。


 ・・・・・・時間だ。

 グウィンとの定時連絡。

 この時点で最速・・・・・・今やり始めて間に合うのか。

 戦端が開かれるのは三日後だ。


「よう。何か動きはあったか?」


 しかし、こうなれば自分達も無関係ではいられない。ラトとサリアは、賭けに出ることにした。

 ルージュにもノワールにもはる訳にはいかないなら、0か00しかないだろう。


「そのことで、頼みがあるんです」

「とりあえず、回れ右してください」

「は?」


 間の抜けた返答だったが、靴音のリズムの変化で、本当に回れ右をしたのがわかった。

 少し、気が軽くなる。

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