ただいま
ピニオンは、キュクスへ戻る道中、エスハーンの青年から聞いたことをそのまま話した。
要点は簡潔である。干ばつによってエスハーン帝国の穀倉地帯が駄目になった事。
蓄えの無い状態であるエスハーン帝国は、他国に侵略するしかなくなったという事。
「成程。よく分かった」
聴き終えた後、リアルトは一言そう言って、横になった。
もう、その日は暮れていたし、なるべく早く戻らないといけない。明日に備えて、体力の回復をはかるのは当然だった。
次の日の朝、聞いた。
エスハーン帝国の状態がわかった今、どうするのか、と。
「・・・・・・ディグニットの意見で変わることもある。俺がここで結論を言えるわけじゃない」
ピニオンは、それもそうか、と思った。
でも、なんとかなる、とも思っていた。
『明日にも死ぬかもしれない子供の薬代が要る、もうここしか頼る所がないんだと言われたら!? 口約束だって構わない、『一生かかっても十倍にする』ってその人が誓ったら!? 持てるだけの蓄えをひっつかんで、麓の街まで走ります!!!』
『でも・・・・・・ でもっ!! どんな理由があったって! 押し込み強盗なんかやられたら、話し合いも出来ないじゃないですかぁっ!!!!!!!』
あの言葉は、エスハーンの民としての立場で言えただろうかと思わなくもない。
でも、あの人はしばらく考え込んでいた。
なら。
話し合う事は、出来るんじゃないだろうか。
リアルトさんも、そう思ってくれるはず。
ディグニット王子も、優しそうな人だった。少なくとも、戦争なんかより、本を読んでいたいと言いそうな人だ。
大丈夫だ。
なんとかなる。
ピニオンはそう思っていた。
( ((・)) )
リアルトが、話し合いの可能性を無視したわけではない。
ディグニットは、ピニオンの見立て通り、戦争を好む人間ではない。
エスハーンの青年・・・・・・ エスハーン帝国第二師団、第四中隊騎士長フィアロウ=メピクスにしても、ピニオンの叫びは胸に突き刺さった。
でも。
それでも。
守らねばならぬものがそれぞれにあって。
さらけ出してしまえば、もしくは手を差し伸べることによって、それを守りきることができないかもしれないと思うなら。
(((戦争しかない)))
ピニオンの信じた三人の男は、同じことを考えていた。
それは、『誰かを信じて、失うという事がある』それを知る者の、当然の決意。
((・))
「・・・・・・ただいま」
つぶやくような、帰還の報告。
キュクスに戻ってきたピニオンは、ラトやサリアへの挨拶もそこそこに、コハクの居る、小さな中庭の林に向かった。
蔓草が異様に太くなり、中庭の外観を変えてしまっているけど、琥珀の中のコハクは変わっていない。
((( ・ ))) ((・)) (( ((・)) ))
波動がどんどん来る。押し寄せてくるように。彼女の存在感そのものが幾重にもピニオンを包み込み、滲むような嬉しさが胸に染み渡る。
気持ちいい。
「きっと、もうすぐ学院にいけるよ。だって、原因は分かったんだから。まだ秋が始まったばかりだし、時間はあるもの」
(( ・ ))
「君の声を聞いてみたいよ。手を握ってみたい。その綺麗な髪も。ああでも、まだ君が閉じ込められているのか、自分で琥珀の中にいるのかもわからないんだった」
( (・) )
ディグニットがしていたのと同じように、コハクを隠すように正面にある、木の根元にもたれかかって座る。
(( ( ・ ) ))
ゆりかごの中で、母が自分の様子を伺っているような。
逆しまに、ゆりかごの中のわが子を見つめるような。
互いが存在しているだけで、守る者と守られる者が救われるような空間。
ピニオンにとって、彼女の『波動』の中はそんな世界だ。
いつまでもここに居たい気持ちと、早く学院でグウィンという人にあって、彼女の思いを聞かせて欲しいという気持ちが入り混じる。
いつの間にかウトウトとしていたピニオンは、そのままコハクのそばで寝てしまった。
もう顔もおぼろげになってしまった、母の胸に久しぶりに抱かれているように。
( ・ )
『エスハーン帝国の穀倉地帯が、干ばつにあったそうなんです。今回の侵略騒動はそれが原因です』
それを聞いて、難しい顔をするラトとサリアに、ピニオンは言った。
『リアルトさんとディグニット王子が、なんとかしてくれますよ』
ピニオンは、微笑んだ。
その場は一緒に笑うしか出来なかったが、二人は同意できなかった。
スケールが違いすぎるからだ。
村の中で、ある家族の畑が、今年の実りが悪かったというならどうとでもなるだろう。
ひとつの村が、例年にない不作であったというのでも、税率の引き下げや、国からの食糧援助という解決策がある。
全ての領主がそういう方法をとるかどうかは別だ。
中には『その村を見捨てる』判断をするかもしれない。
どういう形であれ、規模はそのまま問題の重要性に繋がる。
ならば。
『国一つがこの冬、死ぬ』と結論づけられた、この問題。
その国が、唯一の希望であると判断して起こした侵略戦争。
一介の将軍や傍流の王子がなんとか出来るような話ではない。
・・・・・・時間だ。
グウィンとの定時連絡。
この時点で最速・・・・・・今やり始めて間に合うのか。
戦端が開かれるのは三日後だ。
「よう。何か動きはあったか?」
しかし、こうなれば自分達も無関係ではいられない。ラトとサリアは、賭けに出ることにした。
ルージュにもノワールにもはる訳にはいかないなら、0か00しかないだろう。
「そのことで、頼みがあるんです」
「とりあえず、回れ右してください」
「は?」
間の抜けた返答だったが、靴音のリズムの変化で、本当に回れ右をしたのがわかった。
少し、気が軽くなる。




