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キュクスの叫び  作者: おかのん
第3章
25/50

ディグニットと『彼女』

 ディグニットは、中庭に来ていた。

 峡谷の狭間に作られたキュクスは、あまり日が当たらない部分も多い。日の光を求めて散歩するのは日課になっていた。

 自分が魔導士なだけに、他人と比べればあまり外出もせず本を読む時間が多いのは分かっている。

 だが、それは自分の研鑽や知的好奇心を満たすためにそういう偏りがあるだけで、日光が嫌いなわけでもなければ、コミニュケーションが苦手なわけでもない。

 

 散歩は好きだ。

 ここに詰めるようになってからは、あまり変わった景色を見ることも出来なくなったし、自分としては都会の喧騒の方が性に合っている。だから満足できるコースとは言えない。

 それでも、お気に入りの場所というのは出来てくるものだ。

 中庭は、そんな場所の一つだった。


(王子、か)


 ディグニットにとって、つくづく要らない地位である。

 魔導士としてそこそこの腕を持っているから、市井に紛れたところで食い逸れることもないだろう。魔術研究をしていることもあり、知りたいことは多いのだから、有効に使えないこともないが、自由が少ないことと差し引きするとやはり邪魔だ。特に今のこの状態は、図書館の奥からなら引っ張り出せる程度の本を読みたいだけでも、使いを送って二週間かかるので研究が進まない。

 友となれた者達には殆ど会う機会がない。ここだって、リアルトがいなければ逃げ出していただろう。


 そんな毎日に、最近少しだけ変化があった。

 もう一週間もして、エスハーンとの戦争が始まればいなくなるだろう客人達。

 そして。

 彼らが運び込んだ『彼女』。


 ( (・) )


 今日も『波動』が心地いい。

 ピニオンという少年もこれが分かるらしい。

 どうやら彼と僕が分かるだけらしく、リアルトと、ほかの客人・・・・・・ ラトとサリアは分からないようだった。

 

 中庭の一区画に、木を多めに生やした場所がある。誰がそうさせたのか知らないが、こんな場所でも森林浴の雰囲気だけでも得たかったのだろうか。ディグニットとしても実は欲しいのでありがたい限りではあった。

 その、ほんの少し枝葉をどけて入った先。


 そこには、『彼女』がいた。

 

 彼女が何者なのかは、彼等にも分からないそうだ。

 彼女は琥珀の中にいながら、生きているという。波動を感じる時点で疑うべくもないが、それでもどうやって生きてきたのか、生きてこられたのかと考えるとやはり驚く。

 まるで世界樹のような、ガジュマルという木の群生体の中心で眠っていたというけれど、そのこと自体があまりに神秘的で現実感がない。

 今、彼女は、太く変化した蔓草の群生に埋もれている。

 琥珀の中に一緒に埋まっているガジュマルの枝が、彼女に生きるためのもろもろを供給しているらしい。そこにまた何らかの方法でエネルギーを送ることが出来れば、彼女は生き続けられるのだという。

 旅の途中は、『魔石使い』であるサリア女史が供給するしかなかったが、多少の緑がある所に数日居られるなら、この方が安定するからと、滞在中は『彼女』にここにいてもらう事にしたいという。その許可を求めてきた時にそのことを聞かせてもらった。

 誰が困るわけでもないので、許可した。

 それから何となく、散歩の時はここに来ている。

 気のせいだろうか。この近くを通るたびに、『波動』を感じる。

 そして、誘われるように毎回ふらふらと彼女の前に立つ。


(ああ、心地いいな)


 ((( ・ )))


 また、『波動』だ。

 対面にある、『彼女』を隠すような位置にある木にもたれかかるようにして座る。

 

「宝石に封印された少女、か」


 衝撃的であるし、想像を掻き立てられる。幾多の物語の中でも、たまに見かける題材だ。

 どうしてそこに、そんな形でいるのか。

 生きているのか、死んでいるのか。

 どんな声で、どんな風に喋る?

 彼女をめぐって、どんな物語があった?

 地下の奥深く、神殿の最奥、伝説にしか名を残さぬ山の頂。ふさわしい場所は幾多も思いつく。

 それにまつわる物語も。

 彼女は世界樹の中心だったわけだが。


 ( ( ・ ) )


 その波動が、何に似ているのか思い出した。

 乳母の微笑みだ。

 ディグニットが生まれたのは、一番上の優秀な兄が成人しようとしている時だった。

 兄殿下が王位を継ぐ流れになるのは目に見えていたし、ディグニットは本流から外れるのもほぼ間違いなかった。

 だからこそ、権力闘争からは一歩引いた形で育てられ、乳母は、自分の子のように育てた。

 育てるために必要なものは、全て王室預りの予算が出る。


『貴方は、自分が幸せになるために生きようとすればいいのです』


 口癖のようにそう言っていた乳母。

 彼女は、ディグニットの姿を認めると、必ず微笑んだ。

 そのことが、どれだけ得難いことなのかを知ったのは、居なくなってずっと後。


 その微笑みと、この波動は似ていた。


 ((  (・)  ))


『あなたと向かい合う今この時が本当に嬉しい』


 まるでそう言われているような、胸の中で滲むような暖かさが、ディグニットをまたここに呼ぶ。

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