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キュクスの叫び  作者: おかのん
第2章
21/50

押し込み強盗

「逆さまにはえた神獣の牙に、半円型の巨人の椅子みたいな壁、ね。なかなか面白い表現の仕方をするな」


 何かまずかっただろうか。ピニオンは不安になったが、不安そうにするのもまずいだろうかと思い、


「そ、そうですか?」


 ぎこちなく照れてみた。


「まあ知っているなら話は早い。・・・・・・そうだな。君の主観でいい。・・・・・・落とせると思うか?」


 ・・・・・・は?


 ピニオンは思わず固まった。

 一介の猟師に聞くことでもないし、そもそも落とすつもりでなければ、戦争など仕掛けてどうするのだ。


「そんなこと言われても・・・・・・」

「ははは。いや、冗談だ。落とすとなれば落とすさ。でなけりゃエスハーンがなくなるとなれば尚更な」


 ・・・・・・・・・・・・


 なくなる・・・・・・ なくなる?


「なくなる・・・・・・ですか?」

「知らんのか?」


 知らないのが不自然なことなのだろうか。

 しかし、今更知っているような顔も出来ないし、会話が不自然になる。知らないで押し通したほうがいいだろう。


「僕は、あまり国とかとは関係なく生きてるので・・・・・・」

「まあ、村にも属さずに生きるのなら、そういうこともあるか」


 勝手に納得してくれた。


「『干ばつ』だ。こちら側はそうでもないが、サルチェ平原辺りはまさに死の大地だ。あの穀倉地帯が全滅しているからには、今年の冬は絶対に越せない」


 !!!!!!!!


(エスハーンの穀倉地帯が干ばつで全滅しているだって!?)


 エスハーンは、名こそ帝国だが、その栄華を誇ったのは遠い昔のこと。属国であるはずのエウロープ王国に逆に支配される形を近年まで続けていた国である。

 その近年どうしたかというと、変な話独立したのだ。

 形としては、エウロープの独立を認めるという形で、である。

 エスハーンの中枢にまでエウロープの息のかかった役人が入り込んでいる状況を変えた。

 そのちぐはぐな独立を終え、やっと落ち着いたところに、干ばつという大災害が起きたことになる。


(エスハーンは豊かな国ってわけじゃない・・・・・・蓄えなんてあまりない筈だ。じゃあ・・・・・・ じゃあ、この戦争は!)


「餓死者は相当な数に上るだろう。その前に暴動やら革命やらが起きるだろうな。そして治めるもののいなくなった土地というのは、他国の格好の餌食になる。かろうじて生き残った国民も敗残者として扱われる。希望はないだろう」


 エスハーンは、戦争をしたい訳ではない。


 奪うしか、もう道がないのだ。


 ピニオンは、やりきれない思いが溢れて、思いついたままに喋り始めていた。


「なんとか・・・・・・なんとかならないんですか!? 戦争以外で! 殺し合って奪う以外に何か・・・・・・!」

「・・・・・・どうしろと?」

「例えば・・・・・・ハルツに、食料の援助をしてもらうとか!」


 その場の全員が固まった。

 名案だったからではない。

 

 ありえないからだ。彼らの考えの中では。


「はは。 ・・・・・・ハルツは他国だ。加えて今まで全く関わりのなかった国だ。向こうにしてみれば助ける義理もメリットもない」

「だからなんだって言うんですか。いつこっちを襲ってくるかもしれない得体のしれない国に借りを作らせるだけでも利益だと、向こうは考えるかもしれない。『帝国』なんでしょう?」


 誇りだけはある国だ。だからこそ、未だに、これからも、『帝国』などと名乗っているのだ。


 さすがに、この物言いには、青年もむっとした。

 兵士達にも緊張と怒気が走る。

 ピニオンも雰囲気には気づいた。

 失言したのも分かった。


 でも、もう引くわけにもいかなかった。


「じゃあ聞くが、お前・・・・・・ 隣村の赤の他人が、いきなりお前の家を訪ねてきて、『返すアテはないが、来月苦しいから金を貸せ』と言ってきたら、貸すか?」


 絶対に嫌だ。借りたものを返す気がない輩に貸す馬鹿はいない。そんなのは金どうこう以前の問題だ。だが、


「時と場合によりますよ!」


 金を借りるということは、ある意味恥だ。自分の世話を自分で出来てないと言っているのと同じだからだ。

 しかし、より大きなことをするために、今しなければならないことのために、今救わなければ失われてしまうもののために、矜持さえ押さえつけて頭を下げた時に、答えてくれる人はいる筈だ。


「明日にも死ぬかもしれない子供の薬代が要る、もうここしか頼る所がないんだと言われたら!? 口約束だって構わない、一生かかっても十倍にするってその人が誓ったら!? 持てるだけの蓄えをひっつかんで、麓の街まで走ります!!!」


 利子やお礼などというのは、貸す側が決めるものでは本来ない。

 自分の糧を譲ってでも助けてくれた人への感謝の形のはずだ。

 やくざ者の金貸しが『誠意を見せろ』などというのも、いわれのないことではない。


 真摯さにうたれて、真剣さに答えて、見るに見かねて同情、なんでもいい。

 心を動かされさえすれば、人は、明日の糧をゆずっても、他人を助けようと思えるのだ。

 

「でも・・・・・・ でも!!」


 しかし、より大きなことをするために、今しなければならないことのために、今救わなければ失われてしまうもののためにであっても、してしまったら、許されないことがある。


「どんな理由があったって! 押し込み強盗なんかやられたら、話し合いも出来ないじゃないですかぁっ!!!!!!!」


 今、エスハーンがしようとしている事は、そういうことなのだ。

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