帝国の青年
(やばっ・・・・・・!!!)
遠眼鏡を取り落としたのはしょうがない。が、ここで、ピニオンは更にヘマをやらかした。
落とした遠眼鏡を取りに行ってしまったのだ。
(あの馬鹿ッ!!!!)
物音に気づいて振り向いたリアルトは青くなった。
もしあのまま放置していれば、敵は、落ちたものが遠眼鏡とは気づかなかったかもしれないのだ。
ただの落石と判断する確率の方が高かった。
だが、取りに出てきてしまっては、さすがに気づかれる。切り立った崖の様な場所で、一旦草むらから出てしまえば隠れることは出来ない。
さすがにピニオンも気付いて慌てるが、ここで戻ったらそれこそ偵察していたこと自体がばれる。
「何者だッ!!」
エスハーンの兵士の方がこちらに気づいた。
もう逃げるわけにはいかなかった。
「ひえ!? あ、あの・・・・・・ぼ、僕何かしましたか!?」
槍を持って詰め寄る兵士に、ピニオンは狼狽える。
リアルトに言われていた、もし接触してしまったら、と、聞かされていたことを思い出した。
普通の猟師として振舞う、という事。
任務やら偵察やら立場やらは全部忘れて、である。
例えば、森で偶然出会ったら、思わず隠れるかもしれない。が、相手に訝しまれて、出て来いと言われる前に、
「なんだ兵隊さんですかぁ。盗賊退治でもされてるんですか?」
と、まるで安心でもしたかのように話しかける、など。
実はなかなか難しいことなのだが、ピニオンは、ついこの間まで本当にただの猟師であった。普段通りに戻るというのは、彼には容易だった。
こういう状況・・・・・・ 槍を突きつけられた状況は、誰であろうと慌てるのが正解である。
自分は誰にも疑われるはずはないと思っているのはほぼ馬鹿である。どんな難癖をつけてくるかわからないからこそ、管理側の人間というのは基本嫌われる。
まず怯える。狼狽える。なぜこの状況なのか解らないという態度。
それを続けていれば、相手の方から状況を整理してくれる。
「我々はハルツ王国に侵略を開始した。その遠征の途中だ。貴様はここで何をしていた?」
これで、彼らの目的をしっているのは当然となった。
「お隣に攻め込むんですか?はあ・・・・・・それは、ご苦労様です」
まの抜けた答えで構わない。きちんと返せる方がおかしく感じるはずだ。
「僕は、この辺を狩場にしている猟師です。いつものように狩りをしていたら、動物たちがいつもより怯えているようなので、気になっていたら、兵隊さんたちが来たから、どうしたんだろうと思って・・・・・・」
二人の兵士は緊張を解き、ふたことみこと話すと、行けと言おうとした。
が、それを先ほどから近づいてきていた男が、遮る。
「・・・・・・このあたりを狩場にしている、といったな。どのへんまでだ?」
「え、ええと、国の境まで位でしょうか」
いざピニオンが行動できる範囲となると実際それくらいだ。これは普通の猟師と比べると多少広すぎる。しかしその男はそこまでは判断できず、怪しむことはなかった。
むしろ、『国の境』という言葉に反応した。
「立てるか?」
「あ、はい」
そういえば座ったままであった。
手を引かれて立ち上がり、そのまま離してもらえずに、敵の陣の中に連れ込まれる。
エスハーン人達は、特に特徴はない。人種は混合していて、ハルツと同じように、王侯貴族に若干金髪碧眼が多い程度である。
ピニオンの手を引く青年は、リアルトより若干若そうな印象を受ける。
金髪碧眼ということは、貴族なのかもしれない。というか物腰や、ほかの兵士の態度、兵士への態度から、騎士であろう。
指の長さ程に揃えた髪。人の良さそうな、たれ気味の目。
リアルトが上司であってほしい男なら、彼は兄であってほしい男という感じだろうか。
「お前の縄張りの話を聞かせてくれ。特に、西南にある国境、要塞『キュクス』のだ。
これから国境で一戦やらかす。情報はあるだけ欲しい」
・・・・・・とてもまずいことになった。
偵察、情報収集をしているというのに、このままだと逆に情報を引き出される側になってしまう。
変なことを喋ってしまうわけにいかないが、ある程度は喋らないと怪しまれるだろうか。
にしたところで、自分の知っていることのどれが重要でどれがそうでないかなどピニオンにはわからないのだ。
「分からない事まで無理に答えろというわけじゃないさ。難しい顔をしなくていい。早速だが、『キュクス』が、なんなのかは知っているな?」
これは見れば分かることだ。答えて構わないだろう。
「逆さまにはえた神獣の牙か、魔王の角かっていう岩山の切れ目に、半円型の巨人の椅子みたいな壁をはめ込んだお城ですよね?」
「ほう・・・・・・」
青年は、面白いおもちゃを見つけたような顔で笑った。