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キュクスの叫び  作者: おかのん
第2章
19/50

二万の殉教者

「・・・・・・見えました。あそこですよね」

「よく見つけた。哨戒任務の兵士と接触しないようにしろ。遠眼鏡は持っているな?」


 ピニオンは頷いた。


 少しだけ木々のある、森と平野の境目のような場所。

 水があるし、時間的にも今日はここで進軍を止めるだろう。

 見下ろすことの出来る小高い丘を見つけて、そちらにまわる。


 テントの大体の数や、後続の馬車の数、全体の雰囲気・・・・・・見るべきところを教えてもらって、そこを注意深く観察する。

 総兵力は2万ほど。リアルトの言うエスハーンの国力から換算すると、ほぼ全兵力という。これはかなり無謀な進軍らしい。


「・・・・・・わからんな。なぜここまでしてハルツと事を構えるのか」

「・・・・・・」


 わからないと言えばこの人も・・・・・・リアルトも相変わらずわからない。

 将軍自ら偵察任務というのが変なのはピニオンでもわかる。

 この人なりのやり方なのだろうと思ってしまえばそれまでかもしれないが。


「・・・・・・もう少し近づいてみるか」


 

 (( ・ ))

 


 もうかなり近くまで来た。

 見下ろす形ではあるが、神経を使う。

 もしピニオンがエスハーン側の位置にいたら間違いなく気付いている距離だ。

 リアルトは大丈夫だというが、気が気ではない。獲物だったらとっくに射掛けている。

 ただ、ここまで近づいたからこそ察することの出来たこともあった。


 兵士達の表情が、硬い。


 殺し合いに行くのだから当然と思うかもしれない。実際ピニオンは疑問を抱かなかった。が、そんなことはない。


「戦を祭りのように捉えているような人間もいるし、自分を英雄に変えるかもしれないチャンスと捉える人間もいる。特に、いざという時にこそ力の出せるタイプの人間というのはいるものだ。命を賭けるに見合った物と思えるかどうかはともかく、兵役の給金の額というのは、普通に働くより多いのは常識だ」


 言われてみればそうだ。

 誰もが一律やりたがらないというなら、傭兵なんて職業は無い。

 エスハーンの兵士達は漲る者や研ぎ澄ましている者より、どこか後暗そうな者が目立つ。昂揚している人間は一人も見かけなかった。全ての兵士を見たわけでもないが、全体の雰囲気は微妙におかしい。


「俺はもう少し奥の方の様子を見てくる。お前はここから観察しろ。違和感を見つけたら覚えておけ。多少抽象的でもいい」

「はい」


 一人になったピニオンは、観察を開始した。

 エスハーン軍の兵装は簡易的だ。キュクス攻略のためか、鏃を通さない布地を多用してある。キュクスの対策はまず矢の対策というのは正しいだろう。城壁にとりつき登りきるのに、余計な重さがあるのもいただけない。となると軽装なのは当然だ。

 攻城櫓の類があるかと思ったが、輸送隊らしき部隊がついて来ていて、それらしい荷車がないところを見ると、持ってきてはいないようだ。

 

「・・・・・・?」


 兵士達が食事を始めた。

 そこでピニオンは気になる部分を見つけた。

 食事の量だ。

 兵士というのは、全力で体を使う。戦の最中はそれはもう、まさに命懸けだ。いつ終わるともしれない殺し合いに休憩時間などあるわけがない。元来数分しか緊張感を保てないと言われる人間が、死と隣り合わせのプレッシャーの中で戦うのだ。

 そんな事を訓練なしでできるわけがない。だから普段から、いざというときにそれが出来るよう体を慣らしておく。体を鍛え、精神を鍛え、戦うことを習慣づける。

 行軍中も同じである。兵は神速を尊ぶ。いかに大きな兵力を重要な場所に早く送るかは戦術の基本だ。大きな兵力はそれは難しいが、その大きさそのものが力になる。足止めが難しく、恐怖も与える。小さな兵力は小回りがきくし運用もしやすいが、使いどころを間違えると意味のない行動をさせかねない。

 2万というエスハーン軍の数は大兵力だ。その数の人間をなるべく乱れなく行軍させるには、それ相応の食事が必要だ。何しろ鍛え抜いた成人男性がほぼ半日競歩の速さで歩く。目的地まで毎日。消耗する体力は並ではない。

 

 にしては、少ない。


 鍋を囲む人数と煮られている中身が釣り合わない。最低限はあるだろうが、満足する量とは思えない。その上、不満そうな顔を誰も見せない。むしろ噛み締めているように見える。

 まるで全員が殉教者のようだ。

 

 いきなり宣戦布告を、しかも互いに関わりを避けていたはずの国にいきなりしてきた軍のイメージではない。ではやる気のなさそうな雰囲気かというとそれも違う。昂揚とした空気がないだけで、皆、やるべきことを見据えている真剣な表情だけはあるのだ。


 何かあるはずだ。

 

 そう思ったピニオンは、わずかに身を乗り出し・・・・・・



 カツンッ


「!!」


 遠眼鏡を持ち替えそこねて、落とした。

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