キュクス到着
キュクスは、エスハーン側にむけての防衛の要塞だ。
当然、ハルツ側に力は入れていない。
ごく普通の国境用の門構えがあるだけである。
どこまでも続くように見える、ザクス山脈。そこを抉り取ったようなデズフ峡谷。
門番はこころなしか緊張しているようだった。
「カーリュッフのカーリマンズ学院の遺物研究員、サリア=ハサハとラト=カルファトだ。こっちは地元の猟師で、ピニオン=コンスタンツァ。遺跡の発掘の名目で通行許可が出ているはずだ。よろしく」
門番達が困惑しだした。
「……少々お待ちください」
三人のうちの一人が門の中に走る。
「……手間取ってますね」
「ああ。たいした事は無いはずなんだが」
「そうなんですか? 古代遺跡の発掘物の中には、遺物という、国をひっくり返しかねないものが出ることもあるんでしょう?」
ピニオンの疑問はもっともだった。
「だが、その分危険な物もある。専門家に任せないと、まずい物もね。そういう物をきちんと安全に調べる役目を背負っているのが僕らだ。聞こえはいいけど、事故の時のリスクも一緒に背負う」
「そして、その恩恵は、出土した国が優先的に持つわ。このあたりの国は、カーリュッフを中心にそういう組織に入ってるのよ。だから、どこで何が出ようと、一旦はカーリマンズ学院や、その手の施設に送られるの。で、その研究員の私たちは、それなりに自由に国境を越えられるわけ」
それから、しばらく待たされた。
やっと出てきたのは、その豪奢な鎧にしては、若く見える男だった。
長身で金髪、碧い三白眼、雰囲気がピリピリとしている。
「すまないが、現在国境は越えられない」
「え!?」
「なんでですか! 私達はカーリュッフ王国カーリマンズ学院の……」
「報告は受けている。だが今は状勢が悪い。今の状況では、エスハーンで何事かあった時に我が国の損失になる可能性がある」
「そういうことが無いようにと条約を……」
「その条約がエスハーン側で守られるかどうかが、こちらの立場では確認できない」
サリアやラトは主張の前に聞くべきことを忘れている。ので、代わりにピニオンが聞いた。
「何があったんですか」
やっと聞いてくれたか、という顔で、男が告げる。
「エスハーンが宣戦布告をしてきた。つい2日前のことだ。開戦まで十日といったところだろう」
「「戦争……!?」」
「そんなわけで、エスハーン側のこの国境を開放するわけには行かない。終わるまで待つか別のルートを使ってくれ」
これは致し方なかった。
戦争状態では何がおこっても不思議ではない。
責任は取ることになっても、元通りにならないということは事のほか多いのだ。強引に進めてもいいことは無いだろう。
しかしこの旅は、問題がある。
いうまでも無く、コハクの存在と、それに伴うサリアの食費だ。
ラトとピニオンの二人では、何時終わるとも知れない間、10人強の消費をする二人を食わせていけない。いや、出来なくもないかもしれないが、状況が滞ったままではきつすぎる。
別のルートも難しい。
移動しながら稼ぐというのは大変なことだ。しかもサリアはコハクで手一杯で、戦闘、探索はまず無理だろう。
ラトもピニオンも冒険者として優秀な部類に入れるだけの能力は持っているが、どちらにしろ消耗の大きさが無視できない。
「……どうする? サリア姉がこの状況なのが一番マズイ。いっそのこと聖域に戻って元通りにして、報告だけするか?」
「最終的にそうなるとしても、指示を仰いでおいたほうがいいかも」
「それもそうか」
とりあえず、それからだ。ということになった。
「学院に連絡を取りたいので、『鏡』を貸してもらえますか」
「いいだろう」
男は身を翻すと、ついて来いとも言わずに歩き出した。
「失礼ですが、あなたは?」
ピニオンが気になって、聞いた。
「リアルト=ストーウィックだ。ここの責任者だと思ってくれていい」