なんとかなるよね
ここでまた、現在の一幕を語る。
この先の物語を語る前に。
キュクスは、変わらずそこにある。
えぐりぬいたような、谷の挟間。
訓練を終えたリアルトとピニオンは、訓練用の剣を片付けていた。
「で、どうだった。自分では」
「……付け焼刃でどうにかなる物でもなさそうですね。やっぱり。でも、振り回せるくらいにはなったのは収穫かもしれません。狩りと違って、弓が殆どじゃないし」
防衛側である以上、近接戦闘にまで持ち込まれれば旗色は悪くなっている状態だろう。
が、そこで踏みとどまれるかどうかだというなら、剣を握れるという事は無駄ではない。
「リアルトさん」
「何だ」
「あのことは、殿下に?」
「当然だ。これからではあるがな」
軍靴の響きだけが、こだまする。
偵察に出向いて知りえた事実。
解ってみれば、どうということもない。
そして、どうしようもない。
ピニオンが理解できるほど単純で、解りやすい理由だった。
リアルトが即座に諦めるほど明確で、救えない原因だった。
リアルトは、叩き潰すつもりだ。
それを、ピニオンが知れるはずもないが。
(・)
試合場を見下ろせる、三層目の屋上。
そこに、さっきまではいなかった人影がある。
「ディグニット!!!」
呼ばれた人物は振り返り、リアルトに気付くと顔をほころばせる。
「リアルト! 戻ったか。……あまり無茶をしないでくれ。この数日で胃の痛みがぶり返した」
「なら、こんな部下を迎えん事だ」
「言うな……」
リアルトは、王子であるディグニットに気に入られ、無理矢理に将となった、旅の騎士だ。
騎士というのも、格好や立ち居振る舞いがそれを連想させるというだけで、やっていたことは傭兵だった。
通常、どんな腕の立つものでも、こういうとり上げられ方はしないし、それを一度はけられなお執着するのは、さらにおかしかった。
しかし、ディグニットの王位継承の順位がかなり下であること、武が重視されるハルツで王子が魔道士である事もあるのか、噂には上っても、それをどうこうするものも少なかった。
彼自身、尋常な将軍ではない。
今回の偵察でもそうだ。
将軍自ら偵察に赴くというのは、考えられる事ではない。
それはともかく、報告だった。
「何か解ったのか?」
「大雑把に2つ」
「うん」
つい、と、エスハーンの方を見やる。
このあたりは、美しい。
木々も茂っているし、獲物も多そうだ。木の実も秋に入ったばかり。さぞ多く取れる。
気にならぬわけが無い。が、気にしている場合でもない。
「エスハーン帝国が攻めてくる理由と、戦いは避けられないという事、だ」
王子の顔が、曇る。
ディグニットはどちらかというと穏健派である。降りかかる火の粉は掃わねばならぬ、くらいの認識はあるが、戦いが避けられぬと聞いて、内心を隠せるほどでもない。
それに思い至ったリアルト。
「……ここは冷える。中で話そう」
胃薬どころか、頭痛薬が欲しくなるだろう。
((・))
コハクに二度目のただいまを言いに行った後、ピニオンは中庭で草笛を吹いていた。
周りはそれなりに慌しくしているが、何もする気になれない。
サリアもラトも、これからの事を、彼らの視点で考えているだろう。
「なんとかなるよね」
根拠は何も無い。
暢気なだけだ。
ピニオンは、彼らのしようとしている事が理解できるにもかかわらず、世界そのものの善性を信じているかのような、そんな思考停止をしていた。
自分でさえ、コハクの為ならどんなことでもすると誓った。その事を思い出そうともしない。
「戦わなくても、いい筈だよね」
ピニオンがそう考える事と、現実の流れは関係が無い。
それだって解っているはずだ。
「だって、隊長さんは。あの国で生まれ、あの国で生きてきた、あの国を守りたいあの人は」
( ((・)) )
「……優しい感じの人だった」
ならばこそ。守るべき物の為に、修羅となることもあるだろう。
それは、自分でさえかつて刻んだ誓い。
信じるという行為で生み出されるのは、信じたほうの心の安寧と、思いを受けた者の動く理由。
世の中の善性を信じるピニオンの思いを受けて、応える者とは、だれだ?
少なくとも世界は、ただそこにある。
興味は、ない。