学院をめざして
コハクの出している、『広がりを見せる存在感』を『波動』だとするなら、『翼人』の能力であるそれをもつ彼女は『翼人』である・・・
という理屈は解る。
解るが…
「羽…」
「ん?」
「翼人は、羽を持った人間なんでしょう? 彼女には羽はありません」
サリアの『魔石』の糸で拘束され、手も足も出ない状態であるが、ピニオンは大分落ち着いてきた。
彼らの話をきちんと聞こうという気になってきていた。
悪い人間には見えないし、自分を利用する必要もないほど、賢くて強い。
にもかかわらず、彼女に関する、どうやら確からしい… 少なくともピニオンの納得できる話をしてくれている。
邪魔なら殺せば良いだけだ。でも、納得してもらおうとしている。
だから、ピニオンは質問を始めた。
彼女に羽がないのはどういうことか? と。
「…そこまでは解らない。しかし、似たような魔法があるにしても、同族であるグウィン先輩が『波動』を受け取って、確信した以上、俺たちはその仮定を前提に行動している。
とりあえず、この事態は予想していなかった。グウィン先輩も、『隠れ里から出てきたガキが、なんとなく出してるか、厄介ごとに巻き込まれたとかじゃないか?』くらいの認識だったしな。見世物小屋にでも捕まってるんだろうって話だったのに、森の中の聖域みたいな場所で眠る、琥珀に閉じ込められた美少女とはね」
この人たちにとっても想定外の話なのか。
となると、謎が全て解消される事は、この場ではありえない。
「ただ、腕を失っても人が生きていける場合があるように、この娘が何らかの原因で翼を失ったという事は考えられるかな。生まれつき翼のない突然変異だったのかもしれない。僕らは『波動』を出していた時点で『翼人』だと確信している、というだけのことさ。キミにとってそれが真実かどうかは解らないし、本当のことはこれから調べるしかないしね」
もっともな話であった。
「…駄目。読めない。断片的な映像や大まかな感情を拾う事は出来るけど…意思疎通までに至らない。グウィンに見てもらうしかないわ」
「『魔石』でも駄目か… ああ、説明しておくと、この『魔石』を変化させた物… 今はこの赤く透明な糸。これを互いに触れ合っている物同士は、心で会話が出来る」
聞いてもいないのに解説してくれる。
!
待ってくれ、と言う事は…
「そう、あなたの考えている事もわかっているわ。魔石の主人は私だから、私の心は読ませないし」
(こうやって、一方的に心に声を送る事も出来るの)
「ラトがあなたにそれなりに対応するのも、私が何も警告しないからよ。あなたは本当に、偶然見つけただけなのね。彼女を利用する気も全くない、と。それなら、ある程度話して、彼女のためになるのだと解って欲しかった訳なんだけど、……ラト、いい?」
「何?」
「多分だけど、彼女、『悟られ』…… というか、伝える方の能力が止まってるみたい。だからかしら。こちらで読もうとしても読めない状態なの」
「そうか…… でも、先輩は他の仕事もあるしな。切り離せるんだろ? それ」
「うん、大丈夫」
切り離す?
言うが早いか、サリアの『魔石』が、コハクの琥珀にめり込んでいたガジュマルを切り裂く。
突き出た糸からギュィィイイイと耳ざわりな音と火花が散る。あの細い糸のどこにそんな力があるのか、ガジュマルとコハクは切り離されて、数百本の赤く透明な糸が突き刺さった状態で、めこりと浮き上がる。
「な……!」
「うん、成功。……ああ、言っておくけど、この子が生きてこれたのは、このガジュマルが琥珀に枝ごとめり込んで栄養を直接分け与えていたからで、魔石を刺して、ガジュマルに力を注ぎ込む事で、同じ効果を生み出すように調整したから、今後道中この子の体調の心配は要らないから」
(……便利なのは間違いないんだろうけど、一方的に読まれる状態だとものすごく不快だ)
「それもそうね。ごめんなさい。今解放するわ」
しゅるん、と『魔石』がほどける。元の魔石のほうへかえっていった。
「で、彼女が…… 回復……じゃない。えーと……」
ラトがぼそりとはさむ。
「『復活』とかでいいか?」
「ん。それで。……で、ね? ピニオン君だっけ。今後の事だけど、私たちは、彼女を復活させるにはどうしたらいいかを仲間に聞きに行くために、一度本拠地に戻りたいと思っているの。このまま彼女ごと連れて行って、ね。 貴方はどうする?」
「僕は、彼女から目を離したくない。どうもこうも、無理矢理にでもついていきます」
「そうだろうね」
ピニオンは、サリア、ラトと共に、コハクを、彼らの本拠地……『カーリマンズ学院』の、カルファト教授の研究室に運ぶ事になった。
まずは街道まで出なければならない。
そこからすぐに、ハルツ・エスハーンの国境である、要塞『キュクス』が見えるはずであった。