訓練場の二人
達人との対峙…
それはそれだけで神経をすり減らす。
どこから来るか。
右か。左か。袈裟切りか、薙ぎか。
訓練用といっても、鉄の塊だ。鈍器でどつき合えば人は死ぬ。
「「………」」
訓練場といっても、要は城砦の屋上だ。
シンメトリーになった峡谷を臨む、即席の試合場。
城壁と同じ煉瓦の床。秋らしい高い空に、まばらな雲。
互いに無言だが、様子は明らかに違う。
腰の引けた正眼と、側面を向けた無形。
こわばり、肩で息をし、構えを維持するだけで疲労している傍ら、
相手は…
リアルト=ストーウィックは、剣の先を見つめるだけだ。
それはあまりにも自然体で、全く無駄がない。
一方、ピニオン=コンスタンツァの疲労は限界に近い。
だが、動くことも出来ない。
先に受けた疾風と鉄槌の合わさった剣戟の恐怖は、時間を負うごとに圧し掛かる。
守りに徹して手加減されて、ようやく受けきれるのだ。
後の先にまわられては手の出しようがない。
どうしようもなかった。
リアルトは、この国の…ハルツ王国の将軍である。
やっと三十路に入ったばかりで、東方面軍の将軍なのだから大したものだ。
金色の長髪なので高貴な雰囲気かと思えば、碧い三白眼が思いの他、人をすくませる。
その髪も日焼けしているのか、くすみが見て取れる。
狼に王族がいればあんな感じだろうという評価は褒め言葉なのだろうか。
対するピニオンは…ザクス山脈のハルツ領側で猟師を営んでいた少年だ。
定義次第では、16なのだから青年でもかまわなそうだが、若干平均以下の背が、それをなんとなく躊躇わせる。本人もそれは気にしていない。
極僅かに赤みがかってはいるが、黒髪の範疇だろう。
伸びてきたなと思ったら自分で切る程度の手入れなので、肩までかかりそうな髪。
大きな瞳とあいまって、女の子に見えそうだ。
ここまでくると彼自身も多少気にしている。
同じように動物にたとえれば羊かヤギか。
角がなさそうなのでメスのほうのイメージだという話を聞けば、さすがに彼も怒り出しそうである。
クンッ…
わずかにリアルトの剣が右上に上がる。
片足を下がらせることで踏み込みの形になる。
距離は変わらず間合いが変わる。
────来る!!!!!
思う間もなく左下に潜り込まれる。
振り下ろす間に左を制され、そのまま逆袈裟に切り上げる時には後ろにまわられる。
切り上げた剣は逆手で縦に構えられた剣にさえぎられ、
「……!!!」
喉元には短剣が突きつけられる。
「す…
すいません…」
「『まいりました』だ」
「ま、まいりました!」
ふう、と、小さなため息が漏れる。
「…疲れていると思っておいてやる。最初の踏み込みが見えるだけで上出来だ。ピニオン」
自分でもそう思うピニオンだったが、リアルトが直々に稽古をつけている以上、プレッシャーは圧し掛かる。
それに応えるだけの技量を身に付けねば、申し訳ない。
「…ありがとうございます」
ここは、『キュクス』
要塞キュクスだ。
ザクス山脈をはさんで分かれる二つの国。
ハルツ王国とエスハーン帝国は、今は国交が殆どない。
互いに他方面の強国との関係に力を入れていたこと。
ハルツ側が持つこの要塞、『キュクス』のあまりの堅牢さに、エスハーンが攻めあぐねた末に、不干渉の条約を結んだこと、ハルツ側に領土拡大の熱意が薄いことから、良くも悪くも衝突がなかった。
キュクスは、デズフ峡谷の間隙を埋める形で作られている。
まるで山の中腹が、砂山に穴を掘ろうとして掘り過ぎたような、もしくは猛獣の牙が逆さまに生えているような奇妙な形。深く掘られた堀と、半円形と直方の二段の壁。
向こうから見れば魔王の城に見えそうだ。
そんな関係と、静寂が破られたのが二週間前。
秋の初めの宣戦布告。
エスハーンからの宣言であった。