最恐の幼馴染2
俺に起こされた本城は、そのまま枕元のボタンで屋敷のトラップを全て解除すると(この光景を見るたびに泣きたくなる。俺の苦労は一体…!)二人で朝食の用意してある俺の家へ向かう。我が家にたどり着くまでの時間、僅か二分。そこに二十分かけなくてはいけなかった俺の苦労がどれだけのものだったか!
家に着くと俺が温めなおした朝食を本城と一緒に食べる。今日の献立はアジの開きとワカメの味噌汁、白米にナスの浅漬けというオーソドックスなものだ。このときだけは本城も普通に俺の事を称賛する。こいつは万能タイプの天才だが、料理だけはからっきしなのだ。
「うむ、さすがは夏樹。今日の朝食もうまいぞ」
いつもこのくらい素直なら、俺もこんなかわいい幼馴染を持てて幸せだったかもしれない。だが、もしそんなことを言えば、後でどんなしっぺ返しが来るかわかったものではないので自重する。
「そんなに偉そうじゃなく、もう少しありがたそうに言ってくれ」
そんなこんなで朝食を終えると、本城の奴はなぜか家の風呂でシャワーを浴びる。あいつはなぜか洗面所の扉を開けっぱなしでシャワーを浴びるので、食器の片付けをしている俺にも水音がはっきり聞こえる。まるでどこかのエロゲーに出てきそうな状況だが、あんな気違い女に欲情するほど俺は追いつめられていない。
その間に、俺は食器を片づけ制服に着替える。学校指定のセンスがいいのか悪いのか微妙な紺色のブレザーだ。
シャワーを終えてこちらも下がスカートなだけで同じ制服に着替えた本城が出て来たところで学校へ向かう。
うちの学校は家から徒歩で十五分程度のところにあるまだ新しい新設校なのだが、このあたりでは場違いな七階建ての高層建築なので家から普通に見える。しかも一階から。このあたりにどれだけ建物が少ないか理解できると思う。
校門までは二人で一緒に歩く。俺としては猛烈に嫌なのだが、本城が『奴隷は主人についていくものだろ?』と言って強制してくる。見た目美少女の本城と歩いているから周囲の視線が痛い。お前らもこいつの性格を知ったら、周囲十キロ圏から逃げだすだろうに。
高校の授業は新設校らしく単位制だったが、さすがに一年生はほとんどが必修で選択の余地はない。本城ともクラスが違うのでここでお別れである。
「他の女の子に色目使ったら駄目だからね?」
別れ際にとんでもないことをのたまっていきやがった!
今のこいつの言葉は明らかに俺ではなく周囲の人間に対して言っていた。直後に俺にだけ見えるようにニヤリと笑っていたから間違いない!どれだけ俺の学生生活を邪魔するつもりだ!
聞いた瞬間、周囲の視線(特に男の)が痛いから激痛に代わった。というか物理的に刺されるんじゃね?というレベルの濃密な殺気が立ち込めている。
責任を取らせるべく本城を呼ぼうとするが、すでに奴の姿は無く、代わりに周囲から隠すように一部の男子が俺の周りにスクリーンを作り始めている。
「…なんでこう次から次へと…」
腕まくりをして血の涙を流しながら迫ってくる学友たちを前にして、天を仰ぐ夏樹。
俺はただ、平和な学園生活を送りたいだけなのに!
「畜生!やってやるさ!」
朝に続いて決死の戦い。勝利条件は授業が始まる八時半まで生き残る事。
二度目の戦いが、今幕を開けた。
昼休み。
休み時間の度にフォックスハントを決行する同級生達(もちろんキツネは俺だ)から死に物狂いで逃げ回り、今は連中を振り切って部室棟の屋上に避難して昼食をとっている。
「しかし夏樹、ホントにその弁当自分で作ってるのか?」
そんな俺と一緒にいる二人。いや、だからなんでここがわかるんだよ。
問いかけてきた男の名前は山田太郎。書類の見本にのってそうな名前からあだ名は『モブ』なかなかかわいそうな奴である。ちょっと同情。
イケメンとは言い難いが愛嬌のあるその顔に驚きの表情を浮かべている。
「ターくん、食べながらしゃべるのは行儀が悪いよ?」
そう言いながら山田の口元をナプキンで拭いているのは風間祥子。本城とは違い、本物の癒し系キャラである。入学早々行われた恋人にしたい子ランキングで二位を獲得している。ついでに一位は本城である。お前らの目は腐っている。
この行動を見れば分かるが、風間は山田の事が好きらしい。はっきり言って東京に富士山を超える巨大火山が発生するよりあり得ない事態だが、なぜか起こってしまっているので仕方がない。畜生!
「おい、夏樹!何しやがる!」
世界のあまりの理不尽さに山田の奴にサソリ固めをかけていると、風間さんが俺に本城はどうしたのかと尋ねてきた。
そう、普段はここにいる三人と本城を合わせた四人で食事を取るのだが、今日は山田の奴があいつが来る前に食いだしたのでなし崩しに俺たちも食べだしていたのだ。
「さあ、またわけのわからない発明でもしてるんじゃないかな?」
どうでもよさそうに俺が答える。はっきり言って自分に火の粉が降りかからない限り、あいつの行動には干渉したくない。
そこに山田の奴が爆弾発言を放り込んだ。
「そういえば本城さんは今日早退するって言ってたぞ。なんでも新しい実験が最終段階だとかなんとか言ってたけど」
「!!!」
はたから聞けば、これはなんでもない発言だろう。
しかし、俺の脳内では急速にあるパズルが組み上がっている。
そう、思い出してみれば今日のあいつは妙にハイテンションだったではないか!朝シャワーを浴びてる時は下手くそな鼻歌を歌っていたし、校門のところでの行動も普段ならあそこまではしない。そしていつもなら必ず一緒に取る昼食もパスしている。
これはマズイ。あいつが普段と違う行動をするときは決まって何かが起こる。去年の大晦日はあいつが人工温泉を作るとか言って巨大なマイクロ波発生装置を庭に設置。あと一歩でゆで上がるところだった。その前は謎の密林で、火炎放射機片手に俺が必死で焼き払った。人食い人参はともかく、人食いドングリはヤバイ。いくらなんでも多すぎる。隊列を組んで街に進軍するのを必死になって食い止めたものだ(遠い目)。
違う。そんなことは今はどうでもいい。問題は今のあいつの行動だ。野放しにしたら確実に俺にシワ寄せがやってくる。それだけは阻止したい。
「すまん!俺も早退すると先生に言っといてくれ!」
「お、おい夏樹!いきなりどうした!?」
突然立ち上がって帰ると言いだした俺に山田が驚いた声を上げる。
「悪い!説明は今度する!」
この時、俺はまだ間に合うと思っていたのだ。本城の暴走を食い止めて、被害を最小に出来ると。
現実は非情だ。
まさか俺のこの行為が最悪の事態を引き起こしてしまうとは、想像もしていなかったのだ。